初出動(地上→戦闘開始!)
グォォォン!
赤い巨岩を思わせる大怪獣の雄叫びにタンク群も付随施設もビリビリと振動する。
これに応えるかのように座りこんでいた怪獣もまたのそりと立ちあがり咆哮を上げる。
キュウォォォッ!
二つの鳴き声が重なりあい、現場は異様な空気に包まれた……というのは一般人の視点だ。
怪獣の言葉を理解できる弾太郎の視点から見たやりとりはこうなる。
「そこのおじさん!ここは一般の方は立ち入り禁止の施設です!」
「ん~?うるせぇなぁ、俺ぁまだ若いんだ。おじさんじゃなくておにーさんなの」
「あなたの行為は無断侵入、器物破損、それからええと?無銭飲食、じゃなくて窃盗!窃盗にあたります」
「あ~?かわいいお嬢ちゃんじゃないの。あんた誰?」
アルコール臭たっぷりの息を吹きかけられてルキィは思わず鼻を押さえた。
体毛でよくわからなかったのだが、よく見るとかなり赤ら顔している。
相当に酔いがまわっているのは明らかだ。
凶悪なテロリストでなかったのは幸いだが、結構タチの悪そうな酔っ払いらしい。
「お嬢ちゃん?失礼ですね、こう見えてもわたしは銀パトの警官なんです!まだ見習ですけど」
「ほぉー、銀パトの婦警さんか。そりゃたいしたもんだ。どうだい、俺ともう一杯呑もーぜ」
「あのですね!私は勤務中だからお酒は……無銭飲食、じゃなくて窃盗行為をやめなさい!」
「まーまー、おかたいコトいわねーでさぁ」
アル中怪獣はタンクの上半分を引き裂いて作った杯をグッと差し出してくる。
話を全然聞こうとしない態度にルキィはいらつきはじめた。
「ほんと頭痛がひどくなってきたよ……」
鼻の穴にティッシュをつめて操縦席に戻った弾太郎は残っていた気力が抜けていくのを感じた。
廃棄処分寸前のボロ輸送機での出撃も、まともな装備がひとつもなしという情けない状況も、対怪獣戦への初出動という緊張と市民を守るという使命感でなんとかもちこたえてきた。
「でも実態は凶悪怪獣逮捕じゃなくて、酔っ払いの取締りなのか?」
かつての同級生たちは他の怪獣出現地点で凶悪犯怪獣を相手に命がけの戦いを続けているのだろう。
それに比べて自分は……情けなかった、思いきり泣きたくなった。
「あー!ホントにもう仕方ありませんねー。ダンタロさん聞こえますか?」
「え?あ、うん、聞こえてます」
機外から響いてきた大音量の咆哮ではなく、弾太郎の耳の奥に直接ルキィの声が響いた。
これは生体シンクロに使用されたナノマシンのオプション機能のひとつだ。
契約者を結んだ者の間で直接通信が可能になっているのだ。
もちろん契約当事者同士でしか通話できないし、距離も五キロメートル以内でないと届かない。
しかしジャミングに強く盗聴も不可能なので機密性の高い通信方法でもある。
「ダンタロさん、被疑者は説得に応じそうもありません。実力行使すべきと思います!」
「実力行使?つまり……」
つまり戦うということだ。巨大な怪獣同士が可燃物満載のタンクに囲まれて。
「待って?ここで戦えば爆発の危険が!」
『いや、大規模な爆発の危険はもうない』
海人からの通信が割りこんで入ってきた。
通信を聞いているのは弾太郎だけなのだが、脳波通信でリンクされているルキィの耳にも届いている。
『さっき連絡が入った。タンク内のアルコール燃料はすべて地下の緊急避難槽に移された。残ったアルコール燃料程度なら大惨事にはならん』
「じゃあ、戦っても大丈夫なのか?」
『火気厳禁には違いないがな。肉弾戦なら可能だろうな』
肉弾戦と聞いて弾太郎は迷った。
特殊能力のない怪獣とはいうが、武器を隠し持っていないとも限らない。
(ここは身元が判明するまで待つべきかな)
「了解しました!ただちに被疑者を取り押さえます」
「ああ、こら?ルキィさん!ちょっと待って」
脳波通信を介してやりとりを聞いていたルキィは『肉弾戦なら可能』までで、ただちに行動に入った。
短距離走選手みたいな前傾姿勢を取ると、大地を蹴った。
コンクリートを深くえぐるほどの爆発的ダッシュで突進し、アル中怪獣に猛然たるタックルを仕掛けた。
「およよ?」
トロンとした目を大きく開いてアル中怪獣は驚いている。
かわせるスピードではない、確実にキャッチできるはずだった。
「捕まえまし……あれ?」
敵の胴体に巻きつくはずだったルキィの腕は空振りした。
アル中怪獣の体がグニャッと曲がって地面に貼りつくほど姿勢を下げていた。
低い姿勢でタックルを仕掛けたルキィのさらに下に潜りこんでしまったのだ。
驚異的な柔軟性だった。
「ななな?なんて柔らかい体……。キャッ?」
ブォン。ルキィの巨体が持ち上げられた。
アル中怪獣は頭を振り上げてルキィの腹に頭突きをブチかまし、その勢いでルキィを後方に投げ飛ばしたのだ。
自分の突進の勢いでルキィは空中に投げ出され、コンビナートを飛び越して対岸の崖に激突した。
この激突で高さ百メートルを越す絶壁は崩壊し、大量の土砂がルキィの上に落ちてきた。
舞いあがった砂が海岸に立ちこめ、ルキィは数千トンはあろうかという岩石に埋もれてしまった。
「ルキィさん!ルキィ!応答して!」
顔面蒼白になって呼びかける弾太郎の声に応えはなかった……と思いきや土砂の山が爆発したように四散した。
その下から四つん這いになって這い出してくるルキィの姿があった。
「うー、油断したぁ。あの動き、素人じゃないですねー」
積もった土砂をふっとばしてルキィは首をもたげた。見たところ怪我はなさそうだ。
「大丈夫なの?ルキィさん!」
「あ?はい!このくらいなら問題なし、ぜんぜん平気です!」
思いっきり元気な声が返ってきた。
幸いにもダメージはなかったようだ。
それどころか実にいきいきした声で、ガッツポーズまできめている。
なんだかはしゃいでいるみたいに見える。
(うーん?久しぶりに散歩に連れてってもらった犬みたいな感じだな)
事実、ルキィは久々に昂ぶってくる自分を感じていた。
彼女の種族は生まれついての戦闘生物だ。
平和な日々が一番とは思うものの、やはり体を動かして戦うことが大好きなのだ。
「それにしても、アイツ……只の酔っ払いじゃないな」
弾太郎は窓から相手の様子を見た。
アル中怪獣は追撃をかけようとはしていなかった。
それどころか……だらしなく寝そべっていびきをかいている。
「ええ、さっきの動きからみて素人さんじゃないと思うんですけど」
『その通りだ。奴はアマチュアではない。今、身元照会ができた』




