大怪鳥空中戦!力、及ばず…………
ルキィは目を、人間よりも巨大な瞳を、これ以上はないというくらい大きく見開いた。
驚きに、プラス恐怖の感情。
十分な強度のあるはずのロープがギリギリと不快な音を上げて捻じれ、キィン、キンと繊維が弾けてバラけていく感覚が手に伝わってくる。
(ロープが……切れちゃう?!)
キィン!キン、ギン!ギィィィン!
ロープが弾けていくポイントはルキィが握る手よりも数十メートルも上!
手を伸ばしたとしても届くことはない。
一方、連絡艇内のジンも突然の緊急事態に蒼白になっていた。
ウィンチから異音、と思った次の瞬間には火花を噴いてモーターが停止したのだ!
「クソッ!あと少しだというのに!」
ギャリ、ギジギジギジジジッ。
ロープの超繊維が弾ける不協和音が船に響く。
ついさっきまで好調に回転していたメインエンジンが再びダウン!
怪獣たちを吊り上げるどころか、連絡艇は操縦不能に陥った。
ジンは暴れまわる操縦桿にしがみついて必死に押さえ込む。
「だ、ダメだッ?!」
持ち直すどころか、船体は右へ左へ大きく傾き激しく振り回された。
墜落寸前の状態であっても、ロープを切断して自分だけでも脱出する、という考えは浮かばない。
ジンの、本来の彼の職務からすれば、真っ先にそうすべきなのだが。
「まったく、厄介な、友人を、持ったもの……だよ!」
だが、必死の努力も無駄だった。
キン!と、ひときわ高い大きな音が船内にこだました。
ギチギチと限界までパワーを発揮していたウィンチがガタガタガタッ空回りを始めた。
揺れ、どころか船体が飛び跳ね、吹っ飛ばされたジンは天井に叩きつけられた。
「グフッ……ッッッ!」
衝撃で肺が硬直し、絶息し意識が遠くなる。
気絶だけはするまいと苦しさをこらえるも、窓から見える光景の中でルキィたちの姿は小さくなっていく。
加速を再開した彼らの落下に追いつくことは、もうできない。
「わわっ?だだだ、ダメですっ!」
ロープが切れて、支える力の一部を失ったルキィはバランスを失った。
前のめりに傾き、ひっくり返りそうになり、腕を無茶苦茶振り回して姿勢を保とうとしたが、失敗した。
ほとんど半回転しかけたところで何とか止められた。
だがルキィの下で支えてくれていた乙音が転がるように空中に放り出されてしまった。
「ルキィちゃん!」「乙音ちゃん!」
互に手を伸ばしあうが指先に触れることすらなく、乙音はあっという間に上空へ吹き飛ばされて見えなくなった。
軟着水に必要な上昇力を一度にふたつも失って、落下は急加速した。
残された上昇力はルパルスの翼だけ、しかしそれは……
あまりにも弱く、小さく、頼りない翼であった。
「グッ……」
「が、がんばって、ルパルスくん」
絶体絶命&絶望的状況に関わらず、怯むことなくルパルスは重力場生成と羽ばたきをを繰り返す。
少し前のルパルスならば、とっくに逃げ出してしまっただろう。
「くぞっ、くそっくそっ!上がれ、上がれ、あがれぇっ!」
翼が痛む、全身の骨が軋む、酷使しすぎた筋肉が爆発しそうだ!
そこまでしても落ちる速度は増す一方だ。
(重力場生成だ、もっと早く、もっと早く!)
翼の力だけではもう追っつかない、重力飛行を限界まで……
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「ふ―――む……無理だな、これは」
暗算を終えた凶子は、とくに悩むでもなく興奮するでもなく、淡々と結論をつぶやいた。
紙コップを手に取り、冷めたコーヒーを口に流し込み、不味さに顔をしかめる。
結末のイメージは既に彼女の頭の中に明確に具現化していた。
「推定重量10万トンの物体が時速200キロ以上で海面に衝突、か。あのルキィとかいう怪獣娘は頑丈そうだが。怪獣王子様も弾太郎を抱えていては離脱するしかあるまい。あの白い怪鳥は、ええと……ハイエンとかいったか。人の顔と名前を覚えるのはどうも苦手、おっと怪獣だったか?」
脳内イメージでルパルスは着水2秒前に離脱、ルキィは血を吐きながらも海面に自力で浮上、しかしハイエンは……
着水の衝撃で片翼が根元からもげる。
羽毛が空中と海面一面に広がり、背骨と首が異常な方向に曲がり、沈んだきり浮かんでこない。
波間に引きちぎられた片翼と大量の血だけを残して。
「飛行する怪獣は骨格が軽量重視の低強度仕様だからな。助かる方法は…………いや」
もう一口、コーヒーを飲もうとしていたところで、凶子の手が止まった。
うつむき、再度計算し直しかけてやめた。
「あの王子様にアレができれば可能性があるのか……」
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社務所で海人は黙って座っていた。
監視衛星からの違法映像は消えて、今は防衛警察の偵察ドローンから盗聴映像に変わっている。
どちらにせよ違法なのは変わりないが。
「そうだ、ルパルスに重力子グラビトン攻撃が使えれば、助かる可能性はある」
重力子攻撃、さっきまでの空中戦でハイエンが使った、スターバード種怪獣の最強必殺技だ。
スターバード種が体内で生成する重力子。
それを使って前方に1秒以下の時間だけ数Gの重力場を生み出すことで真空の宇宙を飛ぶ。
重力場を更に高め数万分の1秒だけマイクロブラックホールを生み出せば、ワームホールを開き光速をも超えることも可能。
それを数十G程度の重力に留めて数秒間維持、敵に向かって発射するのが重力子攻撃だ。
聞くだけなら超空間飛行の方が高度で難しい技術に思える。
「実はそうではない。瞬間的な集中力を要求されるマイクロブラックホールと違い、数秒間とはいえ、極限の集中持続を要求される重力子攻撃は、著しくスタミナと精神力を消耗する」
誰も聞く者がいない解説を海人は淡々と続けた。
「ルパルスは大したものだ。あの年齢で超空間飛行を会得したのだからな。だが重力子攻撃を身に着けるには5年早い。あのぐらいの年頃で成功した者はひとりも……」
そこで海人は言葉を切った。
何か、思い当たることでもあったのだろうか。
「…………例外はなくもないが。奇跡を期待するには希薄すぎるな」
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「ルパルス君……重力子攻撃を、真上に」
「無理です、弾太郎さん」
苦しい息をつぎ込んで、絞り出した弾太郎の言葉をルパルスは即座に冷静に否定した。
確かに重力子攻撃を真上に放てば、重力飛行とは比較にならないパワーで落下速度を完全に相殺することが可能だ。
「僕はまだ……重力子攻撃を会得していないんです」
ルパルスの疲労もピークに近いが、たとえ万全の状態でも重力子攻撃は不可能だ。
成獣になる前のスターバードで重力子攻撃を成し遂げた者は皆無。
方法やコツはハイエンに教わって、こっそり練習もしているが、成功しそうな兆しは、まだない。
「すいません、ここまでです。弾太郎さんを犠牲にはできませんから」
チラリとハイエンを見る。
瞬きもせずルパルスを見つめていたハイエンだが、2度だけ瞬きをしてから目を閉じた。
穏やかな顔は穏やかで満足げだ。
自分の運命を悟っているのだろう。
「離れます……って?」
足爪をハイエン緒の両肩から離そうとした瞬間に弾太郎が触覚羽を引っ張ったのだ。
あるかないかの刺激だが翼と足が硬直し、離脱し損ねた。
「何をするんです!もう時間が……」
「君は……やれば……できる子…………」
ルパルスは驚き、というより呆れた。
この期に及んで弾太郎は何を考えているのか。
見込みはないと、たった今いったばかりなのに!
そんなヒーロー気取りの思い上がりで余計な犠牲を出せというのか?
なんとか浅はかで、無思慮な行動を言い出すの……
「…………行きますよ、弾太郎さん」
ルパルスは落ち着いた表情、落ち着いた声で翼を円を描くように固定した。
さっきまでハイエンが見せた重力子攻撃の体勢だ。
異変に気付いたハイエンが目を開けて、状況を理解し驚いている。
もし声を出せるなら、こう叫んだろう。
危険です、殿下!おやめください、と。
声にもならない言葉に、ルパルスは答える。
「お前は黙って見てろ」
それっきりルパルスも沈黙する。
頭上、翼と翼の間の空気が歪み始める。
さっきまで使っていた重力飛行と同じだ、そこまでは。
重力飛行での空気の歪みは間を置かずに蒸発してしまっていた。
だが今度は消えない、どころか歪みは大きくなっていく。
「グ、グゥゥゥ……」
空気の歪み以上にルパルスの顔が歪む。
未成熟の骨格が軋み、全身の血管が破裂しそうになる。
考えていた以上の負担と、血液全て流れ出すような脱力感がルパルスを襲う。
(昨日までの自分なら、さっさと逃げ出していたな―――……)
ふと、そんな考えが浮かんでルパルスは笑った。
そして背中を見る。
羽にしがみついて、ぐったりしている弾太郎を見る。
弱い、頼りない、無力で、遅い。
怪獣同士の戦いの場に居てはいけない存在だ。
(あなたがいなければ、僕はここまでこれなかった。けど、ここからは)
「僕がみんなを防衛します!」
目の前の、空気の歪みが、キューッと丸く大きく膨らんだ。
ルパルスの体よりも大きなレンズのような空気球。
その歪んだ球体に向かって風が、空気が集まっていく。
ハイエンの嘴がわずかに開いて、ほとんど聞き取れない声を絞り出す。
「…………ル……様」
「ハイエン。ちょっと、待ってろ……」
声は出せないようだが、ハイエンの目は大きく見開かれていた。
涙が溢れていた。
嬉しいのだ、ルパルスの成長が、頼もしい姿が、たまらなく嬉しいのだ。
「……ッッッ、いっけぇッ!」
重力子が真上に放たれた。
音もなくスゥッと離れていく空気の塊。
それに引き寄せられて、落下速度が急速に緩やかになっていく。
同時に重力の影響で発生した上昇気流が下から優しく押し上げてくれた。
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「驚いたな、あの怪獣王子様……成体にならないうちに重力子攻撃を使ったスターバードは、歴史上は一匹だけだぞ」
珍しく、凶子が驚きの感情を見せていた。
興味深げに荒い画像に見入っている一方で、コンソールを叩く両手は測定データを集めている。
データはディスプレイに次々と表示され、開きまくる何十ものウィンドウでいっぱいになる。
「いい日だ。今日は実に、いいデータが取れる」
人間は同時にふたつ以上のことを考え、行動するのは相当な訓練が必要だ。
訓練しても完璧にこなすことはできない。
しかし狂咲 凶子はその例外だ。
彼女は同時に十以上の思考を並列進行させることができる。
それも天才クラスでなければ理解できない超難解な計算を完璧に、だ。
一体どんな構造の脳を持っているのか?というのが同窓生の怪獣医・陽狩 趙七郎の評価だった。
「ふむ、瞬間最大重力は77Gか、持続時間も5秒以上。実に素晴らしい……だが」
無感動な言葉だが凶子の到達した計算結果は幸福な結末ハッピーエンドではなかった。
一方、於茂鹿毛島の海人も凶子と同じ結論に達していた。
「大したものだ。ノロマのルントゥスの息子とは思えんな」
さっきから海人の目はテレビに釘付けだ。
そして、こちらも驚きの目だ。
海人にとって予想外の展開だった、程度ではない。
「私の知っている『現在』とは違う。あり得んことだ」
視線を床に落とした表情は暗く険しい。
状況は好転しているはずなのに、むしろ暗澹たる思いに憑りつかれているかのようだ。
「いくら素質と幸運に恵まれたとはいえ、数日間でハナタレ小僧がそこまで成長するはずがない。なぜ『現在』に違いが生じた?」
チラリと横目で見た先には写真立て。
海人が唯一愛する一人息子・弾太郎の写真だ。
小学生になる直前、母を失って間もない頃の幼い頃の写真。
表情からはすべての感情が欠落し、暗い瞳からは生気がまったく失せてしまっている。
少女の姿をした長い髪の綺麗な人形、そう言われても信じてしまいそうだ。
「まさか、そんなはずは……」
ここで視線を映像に戻した。
重力子が消えかけている。
それは同時に重力加速度が復活すること意味した。
「どちらにせよ、ここまでか。やはり運命は変えられん、か……」
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「た、足りない?なら、もう一発……」
海面までおよそ2000メートル、落下速度が完全には相殺できないうちに重力子が消えていく。
狼狽しながらもルパルスは第2射の発射体勢に入った。
いや!入ろうとしたのだが、できなかった。
全力を振り絞っているのに何も起きない!
「出ない?重力子が全然、出ない!」
血管を流れ、骨格に共鳴するはずの重力子が全く感じられない。
重力子攻撃どころか通常の重力推進さえ使えない。
「僕の重力子が尽きたのか?……でも、まだまだ!」
必死に羽ばたこうとするが、ただ翼を上下にゆっくり動かすのがやっとだ。
気力はあっても体力を使い切ってしまったのだ。
怪獣2体分の重量どころか、自分だけを飛ばすのも困難な状況だ。
背中にしがみつく弾太郎も、この状況に黙って見ていられなくなった。
「ルパル……逃げ……」
「嫌です!絶対に、嫌だ……」
さっきまでのヒーローの雄叫びではなかった。
ただ無力な子供が泣き叫んでいるだけだった。
だから……ルパルスを暖かく見守っている目が、決断したことに気づいていなかった。
わずかに身をよじったハイエンの動きを感じた時にはもう遅かった。
「ハイエン?!」
「殿下、ありがとう…………ございました」
肺にわずかに残った空気で、それだけ言葉にした。
ほんの少しハイエンが身をよじっただけだが、それだけで掴んでいたルパルスの足爪は外れた。
ハッとして掴みなおそうとしたがもう遅い。
下からの風に吹き上げられる形でルパルスは引き離され翻弄され、ハイエンとの距離が急速に開いていくばかり。
追いつけない!もう、どうすることもできない。
「ハイエン!ハイエン!!ハイエ―――ンッッ!!!」
呼ぶ声ももう、耳には届くまい。
あとわずかのところで力及ばなかったのだ。
「そんな……ハイエ……」
「大丈夫、だよ。ルパルス、君」
弾太郎の声にルパルスは我に返った。
低空に戻ったことで呼吸できるようになり、喋れるくらいには回復したようだ。
しかし絶望的な状況なのは変わりない。
変わりないはずなのに弾太郎は落ち着いているようだ。
「あとは、ルキィ、さん、に、任せて」
「???!!!」
意味がわからなかった。
高度はまだ推定15000メートル以上、飛行能力を待たぬルキィにどうにかできるはずがない。
だが弾太郎は落下直前に見ていた。
分離する瞬間にハイエンの体の下からチラリと見えたルキィの手。
握りこぶしに人差し指と中指を伸ばす仕草・Vサイン。
いつ覚えたのか、地球式で『心配ないですっ!』と伝えてきたのだ。
ルキィが何を、どうやって、どうするつもりなのかは、弾太郎にもわからない。
それでも弾太郎は断言する。
「ルキィさん、も、やれば、できる子なんだから!」




