大怪鳥空中戦!離すな、命の綱!
社務所で、海人は静かにお茶を飲んでいた。
他に人はいないので、自分でポットのお湯を急須に注いだ。
ふわっと沸き立つ香りを普段は楽しんでいるのだが、今はそんな気分ではなかった。
「やはり、その道を選ぶのか」
海人の目の前にあるのは普通のテレビ、のはずだが映っているのは普通の番組ではなかった。
不鮮明な画像だが映っているのは赤い怪獣と白い怪鳥、宇宙船らしきものや小さな竜まで映っている。
だが海人が見ているのは中でも一回り小さな怪鳥・ルパルスだ。
「……馬鹿な子だ。助ける術などないのはわかっているだろうに」
ボソボソとつぶやきながら湯呑を口元に運ぶ。
一口二口と飲んではいるが、味は感じているのかどうか?
監視衛星からの違法映像から目を離さずに、悲し気に苦し気に首を振る。
ノイズ混じりの荒い映像だが、彼らが何をしようとしているかは明白だ。
「己の命を危険に晒しても、相手が凶悪犯であっても、生命を守るのが警官の仕事……だが」
小さな画面の中で全員が白い怪鳥・ハイエンに向かって集まろうとしている。
全く動かないハイエンだが、まだ生きているのだろうか。
それについては海人は確信、というより最初から知っていたようだ。
「今はまだ生きているが……地上、いや海面にか。生きて辿り着くことはない」
不鮮明な映像にはハイエンの生死が判定できる材料はない。
なのになぜ、海人は生きていると断言できるのだろう。
そしてなぜ、生還できないと言い切れるのか?
まるでこれから起きることの結果を見てきたかのように。
「ま、生きて戻ったとしても結果は同じなのだ。弾太郎は……落ち込むだろうなぁ」
ハイエンの不幸にもルパルスの感情にも、銀河系レベルの政治問題にも海人は関心がなかった。
ただ、愛する息子の心が傷つくのがつらかった。
海人は湯呑を机の墨に置き、深く、重く、長いため息をついた。
★☆★☆★☆★☆★
(ハイエンさんの呼吸を確認。けど弱いなー)
真下からの強風のせいで目をあけていられないのだが、胸がわずかに上下するのを確認した。
ハイエンはまだ生きている。
生きているなら警官として取るべき行動はひとつだけだ。
(なんとか救出しないと。まず脈拍の確認です)
ルキィは大の字に広げた手足をバタバタ動かして、バランスを調整して、ハイエンに向かって移動していた。
懸命に手を伸ばし、翼にやっと届いた。
掴んだ手の平から、低下してはいるが確かな温もりと鼓動を感じた。
(オッケー!とにかく少しでも減速しないと、ですねー……)
ハイエンの下に潜り込み、翼を掴んだ片腕の力だけで背中に引き上げる。
背負うような体勢で両手両足を大の字に広げ、全身で風を受け止める。
スカイダイビングで落下速度を緩やかにするのと同じ要領だが、高度10キロ=1万メートルから巨大怪獣がやると洒落にならない迫力だ。
しかしパラシュートなどという便利で気の利いた道具はない。
怪獣といえど何の用意もなく、この高さからだと死のスカイダイビングというしかない。
正確にいえば、ルキィが大ダメージを負いながらも生還、ハイエンだけが即死となるだろう。
(でもこれだけじゃ足りないなー。後はダンタロさんがなんとかしてくれる、かな?)
実はどうやってハイエンを救助するか、ルキィは何も考えていなかった。
弾太郎を信頼している、というより単なる馬鹿ではないか?
こんな状況では間違いなく失敗する……などとルキィは考えない。
考えるのは父親から教えられた窮地からの脱出法『全ての可能性を総当たりしろ』だけだ。
ちらっと横目で見た視界の中に、まず乙音が近づいてくるのが見えた。
風の音に混じって連絡艇の噴射音が接近してくるのが聞こえた。
弾太郎を背に乗せたルパルスが真上に入ってきた。
彼らの気配を感じたのかハイエンがうっすらと目を開けた。
(大丈夫、いけます!)
★☆★☆★☆★☆★
楽観主義なルキィと違って他の面々は(どうしたものか?)と考え込みながらの集結だった。
瀕死のハイエンを生還させるには、落下速度を軟着陸レベルまで下げなければならない。
それだけの減速に必要なパワーを出せる者は、この場には現在いないのが問題だ。
まだ若いルパルスの翼には大人の怪獣を持ち上げるだけの力はない。
乙音の飛行能力は自分の体にだけ作用する限定型念動力で、あまり役に立たない。
ジンの連絡艇はメインエンジンがダウン中、復旧しても出力を上げすぎれば爆発。
宇宙空港ならば高出力を出せる宇宙船はあるが、到底間に合わない。
(どうしよう……ってとにかくやるしかないわよ!)
竜身をくねらせながら乙音は考えた。
ルキィの下に入り込み、精いっぱいの力で押し上げようと踏ん張った。
「うまく掴んでくれよ、ルキィさン」
ジンは片手で操船、もう片方の手でエンジンの復旧作業を試みていた。
連絡艇から繰り出された超強度繊維のロープの端をルキィの手が掴んだ!
そのロープをすばやく自分の腕に巻きつける。
ルキィにしてみれば糸のような細さのロープだが、怪獣の体重でも支え切る超強靭素材だ。
ロープが腕にくいこむ痛みに、ルキィは少し瞼を動かしただけだった。
「よし、噴射……出力70パーセント」
ジンは船底に並ぶロケット群を噴射し、そのまま出力を維持する。
全開にしてしまえば良さそうなものだが、ただでさえ少ない非常用の燃料を使い切ってしまう。
とにかく少しずつでも減速するしかないのだ。
「僕は……どうしたら」
少し上空でルパルスは迷っていた。
助けに行きたい、今すぐにでも。
だが今ここでハイエンを救っても、いずれは彼を死刑台に立たせることになる。
今回の事件は既に揉み消せる範疇を超えている。
だから何もできない、いや、何もしない自分がいる。
目の前では皆がハイエンを助けようと必死だというのに。
「……ルパルス君、どうして……?」
「弾太郎さ……僕は」
どうしたらいいんですか、という一言さえも言えなかった。
そもそも弾太郎に押しつけてよい質問ではなかった。
全てルパルス自身が責任を負わなくてはならないことなのだ。
「皆さん、申し訳ありませんが。ハイエンから離れ」
「それが答え、なの…………かッ!」
未だ立ち上がる元気もない弾太郎の感情が、ルパルスの言葉を止めた。
押し殺した、強い怒り。
そして悲しみ。
呻くような小さな声から伝わってくる、弾太郎の感情にルパルスは動揺した。
「ルパル……もう一度……聞……よ?」
「……そ、それは」
「君は……どんな……ケフッ、ゴホッ」
質問の続きは咳き込んだために聞けなかった。
しかし何を質問する気なのかは聞くまでもない。
どんな王になりたいのか、だ。
「すいません……僕には答えられないです」
考えうる限りで、もっとも情けない答えをルパルスは返した。
弾太郎は何も言わない、ただ苦しそうに咳き込む音だけが背中から伝わってくる。
重力子シールドで空気を確保したものの、一人分の呼吸に十分とは言い難い。
喋るだけでもつらかったはずだ。
「分かっています、でも王子とあろう者が……自国の法を破るわけに」
今度も弾太郎からの答えはない。
咳は治まったらしいが、苦しそうな息遣いを感じる。
(そうだ、弾太郎さんを早く病院へ運ばないと……)
「弾太郎さん!今すぐに」
「ルパルス君…………変身ッ!」
「???!!!」
弾太郎は錯乱したのか?
あまりにもわけのわからない言葉に、ルパルスは一瞬だけ硬直し、直後に急降下に入った。
さっきまでの迷いも悩みも、一瞬でどこかへ吹っ飛んでいた。
(そうだった)
(僕がなりたかったのは)
(かっこよくて!)
(勇敢で!)
(困っているみんなを助けてくれる……)
(正義の味方な王様だッ!!)
あっという間に動けないハイエンに迫り、その両肩を鍵爪でガシッと掴む。
そして羽ばたく。
バサッ、バサッ、バサッ!
力強いとは言い難い、実に頼りない羽音しか出ない。
だが、その羽ばたきは確かにハイエンに届いた、大きく目を開けたのだ。
何かを言おうとしたのか、ハイエンは嘴をゆっくりと開いては閉じる。
何の言葉も出ない。
もう、声を出す体力はないようだ。
「ハイエン!今、助ける!」
「……」
「わかってる!どうせ助からない、見捨てろ、と言いたいのだろう」
「……」
「アハハハ、お前の言うことなんか、この僕が聞くわけないだろ?」
「……」
「だって僕は王朝始まって以来の問題児といわれた王子なんだぞ!」
「……」
「ヤーダねー、絶対にお前を助けるからな!」
「……」
「だから絶対に死刑にもさせないからな!」
ハイエンは喋れぬ嘴を閉ざした。
何を言いたかったのかは聞こえなかったが、眼から溢れさせた涙だけで十分に伝わってきた。
しかし気合は十分でも未熟な翼では必要なパワーに届かなかった。
落下速度は確実に上がってきている。
★☆★☆★☆★☆★
「……足りないな。このままでは救助は不可能か」
大型輸送機で撤収中の狂咲 凶子は端末に映る映像を見て無感情に呟いた。
完全自動の輸送機には彼女以外に乗員はいない。
本来なら単独行動を許される立場ではないのだが、それが通ってしまうのが彼女・狂咲 凶子なのだ。
そうでなければ実験まがいの危険な兵器の使用、監視衛星への違法接続、個人情報侵害の違法アプリ等をやれるはずがない……
などということはない、人目があろうがなかろうが気にもかけない女なのだ。
「……しかし、まだ手は残っているか。弾太郎には少々危険だが」
ジンに渡した違法アプリと同じものが彼女のタブレットにもインストール済みだ。
表示される弾太郎のバイタルは、お世辞にも正常とは言い難い。
今すぐにでも病院への緊急搬送が必要だ。
「だが……あのバカは、躊躇いもしないのだからな」
★☆★☆★☆★☆★
「確かにまだ手はある」
監視衛星からの映像を見ながら、於茂鹿毛島の海人はつらい表情を隠せなかった。
同じ映像を見ている者がいるとは知らないだろうが、意見は同じだった。
「弾太郎のことだ、間違いなく実行する……」
湯呑を握る手にグッと力が入り、陶器の肌にピシッとひび割れが走った。
染み出してくる、火傷するほど熱い茶にも気がつかない。
画面から目を逸らし、うつむくその顔は暗い。
「そこまでやってもなお、か……弾太郎、お前が泣くのが私には一番……恐いよ」
★☆★☆★☆★☆★
「ルパルス君、重力子シールド解除して」
「弾太郎さん?気がついたん……」
「羽ばたくのやめて!重力子推進に切り替えるんだ」
「えっ?」
重力子推進はスターバード種の怪獣たちが使う宇宙空間飛行法だ。
真空の宇宙では力強い羽ばたきでも、推進力を得ることはできない。
スターバードたちは自分の前方に重力場を創り出し、それを推進力に変えて自由自在に宇宙を飛ぶ。
もちろん惑星の大気圏中でも使うことは可能だ。
1~5Gtエイドの重力場を1秒以下、断続的に発生する程度なので、ハイエンが使った重力子攻撃ほどの危険もない。
「やれなくはないけど……シールドを外すと弾太郎さんが」
高度はまだ五千メートル以上、希薄な空気は生命を維持するには不十分だ。
今、弾太郎は重力子で創った安全地帯の中で命をつないでいる状態だ。
しかし未熟なルパルスは重力子推進と重力子シールドを同時に使うことはできないだろう。
「僕は平気、高度はどんどん下がっていくから。ハイエンさんを助けるのが先!」
「でも……」
「僕だって…………正義の味方なんだから!」
それ以上はもうルパルスは聞かなかった。
弾太郎は再び強烈な頭痛とめまいに襲われた。
空気を留めていたシールドが消えたのだ。
背中で呼吸困難に耐える弾太郎をチラッと見てから、ルパルスは羽ばたきをやめた。
美しい半円を描くように翼を固定し目の前の、何もない空間に集中する。
ほんの一瞬だが、目の前の空間がレンズを通して見たように歪む。
その瞬間だけ弾太郎もルキィも真上に引っ張られたように感じた。
「すいません、弾太郎さん。しばらく我慢してください」
呼吸もままならない弾太郎は頷くのが精いっぱいだった。
見上げるとルパルスの嘴の少し先に、再び空気の歪みが現れ、消えた。
そしてまた現れて消える。
それが延々と繰り返されている。
「やっタ!落下速度が落ちてきたゾ、弾太郎!」
計器を見ていたジンの顔に笑みが浮かぶ。
上がる一方だった落下速度が、少しずつ下がり始めたのだ。
しかも幸運はまだあった。
「よし、メインエンジン復旧!これでもっと減速できル!」
連絡艇のエンジンを再起動できたのだ。
これなら非常用ロケットより効率的に減速できる。
事実、窓の外の下から上への雲の流れは目に見えてゆっくりになってきている。
海面まで、三千五百メートル、全員まだまだ余力を残している。
助かる、誰もがそう思った。
★☆★☆★☆★☆★
重力加速度と各自が発する揚力、凶子にとっては実に簡単な計算だった。
コンピュータなど必要ない、暗算で一秒もかからない。
「計算上は海面接触時の速度は秒速35センチか」
面倒くさそうに計算結果を口にする凶子だが、目つきの厳しさは楽観しているように見えない。
安全が保障されている計算結果なのに、むしろ口調には厳しさが増している。
「計算通りにいくなら、こんな楽な仕事はないのだがな……」
同じ時間に、海人は同じ映像を更に暗い顔で見ていた。
「それでも、あとわずかに届かない。あの時もそうだったな……」
その一言にあわせたように、キィンと高い音がルキィの耳に届いた。
ルキィが握りしめている連絡艇へとつながるロープ。
そのロープの繊維の一部が切れて、勢いよく弾けた音だった。




