大怪鳥空中戦!繋げ、命の糸!
空が暗い……どころじゃなくて、空が黒かった。
青空は頭上でなく足元に、青い大海原と青味がかった陸地に変わっていた。
現在高度は1万メートル、ここから先は宇宙だ。
「まさか、こんなところまで飛ばされるとはな!」
連絡艇の操縦席でジンは呻いた。
暴走した重力子が存在していた時間は、わずか3秒ほど。
そのたった3秒で凄まじい加速がかかり、重力子が消えた後も衰えない勢いで成層圏近くまで持ち上げられた。
船外カメラを操作して瞬時に360度全方向を走査する。
斜め上方、星も見えない闇の空に、のたうつ仔竜一匹。
竜神・浦島 乙音は突然放り上げられた宇宙スレスレの高空に慌てふためいている。
下方には赤い大怪獣ルキィと怪鳥ハイエン。
ルキィは手足をばたつかせてバランスを取ろうとしているが、ハイエンは身動き一つしない。
だが彼らにはジンは無関心だった。
探しているのは、ただひとりだけだ。
「弾太郎は?どこだ!」
映像では捕捉できないので、スマホの隠しアプリを起動する。
表示されたのは数行の数字のみ。
「不可能かつ違法なアプリだが、流石は凶子くんだ。実にあっさり用立ててくれる」
第三者には意味不明の数字だが、表示されたのは弾太郎のいる距離と方向、それと心拍・呼吸・体温だ。
弾太郎にはルキィをサポートするため、彼女と生体情報をリンクするナノマシンを注射されている。
互いの生体情報から脳波通信までサポートする優れモノだが、第三者が盗聴しても解読は不可能な信号……のはずだ。
だが防衛警察最大の問題児集団・不幸四つ葉の一人、狂咲 凶子ならばッ!
科学技術の産物であれば彼女に創り出せぬ物はない、困難であろうが!違法であろうがッ!
だが、数字を読んだジンの顔に他人には見せたことのない『焦り』の感情が浮かぶ。
「マズイな……」
位置は斜め上ですぐ近く、太陽の輝きで見えなかったらしい。
問題はバイタルの方だ、何もかも低下している。
当然だろう、現在の高度は地球最高峰・チョモランマを大きく超えている。
当然、気圧・気温・酸素濃度は生命維持可能レベルを下回っている。
酸素マスクでもない限り、弾太郎は意識を失っているはずだ。
このままでは地上に落下するより先に、弾太郎は死亡する。
「急がねば……」
ジンは女性の前では決して見せない真顔でエンジンを再起動させる。
だが動かない!
さっきの重力子攻撃の影響で重力制御機関が完全にダウンしている。
この窮地にもジンは焦ることなく、非常用のロケット噴射を操り弾太郎とルパルスのもとへ急行した。
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「あわっ?あわわわッ!だ、だだだ、だん、弾太郎さん?」
一気に超高空まで吹き上げられたルパルスは、うろたえるばかりだった。
何とか体勢を立て直したものの、まともに動けるのは回りを見ても自分だけ。
空は飛べないルキィ。
身動き一つしない、生死不明のハイエン。
ルパルス以上に慌てふためく竜神幼生体の乙音。
エンジン不調でまともに飛べないジンの連絡艇。
だが、最悪なのは弾太郎だ。
「弾太郎さん、返事してください!弾太郎さぁん!」
倒れたまま弾太郎の手は触覚羽を握りしめている。
だが、いくら呼び掛けても返事はない。
ルパルスの背中に伝わる感覚は、呼吸停止、体温低下、心拍数は急激に低下中!
「ど、どうしよ?どうしよう!弾太郎さんが、弾太郎さんが」
ルパルスだって人間が酸素のないところでは生きられないくらい知っている。
しかも零下の寒さとズブ濡れのメイド服と低い気圧だ。
まだ死んでいないのが不思議なくらいだ。
「なんとか、酸素だけでも……でも、どうしたら?」
考えても考えても、何も思いつかない。
焦るばかりで、何もできない。
助けてくれる味方もいない。
「これが……僕の実力?こんな非力なのが王様になる?こんな役に立たない怪獣が?」
王族の末子なんて大したことありませんよ……常日頃、自分でそういっていた。
自分の言葉どおり、本当に大した奴ではなかった。
背中で死にかけている人間一人救えない。
生まれる前から仕えてくれた臣下を守ることもできない。
「弱い、弱いよ、僕は!弱すぎるじゃないか!」
泣き出しそうに、いや!もう泣き出していた。
だから連絡艇がフラフラ飛びながらも、近づいてくるのを見て心から安心した。
これで弾太郎は助かるだろう、と考えたのだが甘かった。
ルパルスのすぐそばまできた連絡艇だが、それ以上近づけない。
「くそっ、この風!空気薄いのに、なんでこんなに揺れるんダ?」
ジンは女性には聞かせられないフランス語の悪態を延々と呟きながら必死に操船した。
重力子の影響で掻き乱された大気は、ただでさえ不安定な連絡艇の姿勢制御を更に困難にしている。
対するルパルスも怪獣としてはまだ幼く、荒れた大気を御するには経験も力も足りなかった。
連絡艇はあと十数メートル、というところで立ち往生している。
「これじゃ弾太郎さんを救助してもらえない!どうすれば……」
ギリッ……と、ルパルスが悔し気に嘴を噛みしめる。
背中から伝わる弾太郎の生命の感触が、今にも消えそうだというのに。
自分は何もできないのか。
一方、ジンは冷静だった。
弾太郎と同い年でも、潜り抜けた修羅場の数は桁が違う。
窮地に陥れば陥るほど恐怖や焦りの感情が欠落して、冷徹な機械と化す。
戦国時代風に言えば「死人と化す」ということになるか。
(接舷不能。弾太郎の回収不能。可能な延命方法は……)
「船内気圧最大、船内気温最高!エアロック解放」
エアロックの扉を内側、外側同時に開放した。
ギリギリまで高められた気圧の空気が一気に噴き出した!
ゴウッ!
連絡艇の中を台風のような強風が吹き荒れた!
エアロックから噴き出した空気の反動で連絡艇が揺れに揺れる!
暴れる操縦桿を力づくで押さえつけ、エアロックをルパルスへ、弾太郎を乗せた背中へ向ける。
突然の、温かい風にルパルスも揺れた。
「うわっ?何を……!!」
なんとか姿勢を安定させたルパルスの背に、わずかながら弾太郎の息遣いが伝わってきた。
吹きつけた暖かい空気が弾太郎の命を瀬戸際で繋いだのだ。
だが、これはジンにとっても危険な救済策でもあった。
「で、でも?これじゃ連絡艇の空気がもたないです!ジンさんまで……」
ルパルスが危惧した通り、空気の残量を示すゲージはジンの目の前で急速にゼロに近づいている。
事実、ジンは眩暈と頭痛を感じていた。
これは高山病の兆候だ。
このまま船内の酸素が失われれば、ジンの生命まで危うい。
なのにジンが口にした一言は。
「あと35秒ならイケるな」
自分と弾太郎の命の、残り時間のカウントだった。
死の恐怖は麻痺して、どころか無視するのが常態となっている人間しか、こんなことはできない。
しかし35秒を過ぎたらもう打つ手はない、ということでもある。
その時は被害を最小限に留める、つまり弾太郎の命を諦めるという選択肢しかない。
そのことは利発なルパルスにも察しがついていた。
「空気の勢いが弱くなってきた……この後、どうすれば……」
当方に暮れた目でルパルスは連絡艇の操縦席を見た。
少し上でパタパタ藻掻く仔竜を見た。
自由落下状態のルキィと、もう生きているかもわからないハイエンを……
その時、不意に思い出が蘇ってきた。
幼い日、ルパルスに最初に『世界』を教えてくれたのはハイエンだった。
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王宮、といっても巨大な岩山に何千という人工洞窟を掘り抜き、装飾を施した奇観の城であった。
その中心から遠く外れた一角がルパルス専用の区画、といっても兄たちの部屋に比べれば物置に等しい粗末な区画であった。
そこが寝室であり、遊び場であり、教室でもあり、つまりルパルスにとっての世界の全てと言ってもよかった。
「ほんとなのぉ、ハイエン?」
「ええ、ホントでございますよ。殿下」
末の王子であるルパルスにつけられたのはハイエンだけだった。
兄たちと違って大勢の使用人や警護をつける予算はなく、冷遇されたといってよいだろう。
だがルパルスにとってはハイエンを与えられたことは最高の幸運だった。
ハイエンは優秀な教師であり召使であり、護衛であった。
今もこうしてルパルスに、スターバード種の怪獣の歴史を教えてくれている。
「でも、信じれないよ。ぼくらの御先祖さまが人間を乗せて宇宙を飛び回っていたなんて」
「ほほう、どうして信じられないので?」
小さなルパルスはまだ飛ぶことも満足にできない。
だから空を、宇宙を飛び回るなんてまだ実感がない。
人間を乗せて、となると尚更だ。
「だって人間は空気がないとこじゃ生きられないんでしょ?僕ら怪獣と違って」
「左様でございます。人間が貧弱、というより我々怪獣が頑丈すぎるのですがね」
子供らしいルパルスの質問にハイエンは笑って答えてくれた。
ほんの悪戯心から困っている顔を見たくて、意地の悪い質問をした時も頑張って答えてくれた。
たまにしか顔を見せない父王や公務再優先の母よりも、ハイエンの方が近しい家族だった。
「宇宙には空気も重力もないって、こないだ教えてくれたじゃないか。どうやって人間を乗せていたのさ?」
「ハッハッハッ、こうやってでございますよ」
言葉と同時にハイエンの肩のあたりで空気が球形に歪む。
まるで小さなガラス玉がいきなり出現したかのようだ。
「えっ、なに?どうやったの?」
「コホン、我々スターバードが重力場を創り出せることはご存じですな?」
「それも……この前、教わった……」
教わって練習しているものの、成果は芳しくない。
羽一枚を動かせるほどの重力場も創り出せない。
自らの翼だけで星から星へ飛び渡るなど、まだまだ先の話だ。
機嫌を損ねたルパルスを見るハイエンの目は、嬉しそうに輝いている。
「重力場を操ることで我々は宇宙を自在に飛べるのですが。放出した重力子は、ほんの少しの時間しかもちません」
言いながらハイエンは翼の先に小さな重力の歪みを創り出す。
小さな歪みは見ているうちに萎み、すぐに消えてしまった。
「どうして……先に創ったほうが消えないの?」
ルパルスは目を丸くした。
肩のところの重力場は先に創り出したにも関わらず、まだ消えていないのだ。
それどころか大きくなったり小さくなったり、ハイエンの意のままに動いている。
「体の外に放出した重力場の維持可能なのは1秒から、せいぜい5秒。しかし体の外ではなく内側ならば?」
言葉に合わせて重力場で生じる歪んだ空気塊は体の表面を移動し、大きさを自在に変える。
熱心に見つめるルパルスの称賛の視線にハイエンは声にますます熱を帯びさせる。
「体の内側ならば生成した重力子を供給し続けることで、いつまでも維持し制御することができるのです」
「じゃあ、それを使えば宇宙空間でも空気を溜めておくことも!」
「ご名答!」
「じゃあじゃあ!その中に人間を入れれば!」
「左様、人間を運ぶこともできるのでございます」
ハイエンがニィッと満面の笑みを浮かべた。
目をキラキラさせるルパルスが愛しくてたまらない。
そんな感情が溢れんばかりだ。
「実は今でも、そうやって人間を運んでいる同胞もいるのです」
「ええっ、そんな話聞いたことないよ?」
「銀河系でも最果ての辺境ですから。私も若い頃に一度、行ったきりです」
「どんなところ?ねえねえ、そこってどんなところなの?」
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瀕死のハイエンを見て、思い出が蘇ったのは一瞬のこと。
だが、やるべきことは決まった。
(でも、できるのか?僕に)
(重力子の制御……)
(あれから何年も練習してるけど)
(一度も成功しなかった)
(高度な技術だから仕方ない、ってハイエンは言ってたけど)
(今、ここで、僕が……やるんだ!)
連絡艇から噴き出す空気が弱まってきた。
搭載している空気が残り少ないのだ。
時間はもうない。
「ハーアアアァァァッ……」
(落ち着いて)
「……フンッ!」
(集中して)
「ン―――――……ッ」
(弾太郎さんの周りに、血流と神経電流を)
「ンンッ!」
(ゆっくり回転させるイメージ。安定させて)
「!!!!!」
(速度を上げて。今だ、固定するイメージ!)
シュンッ!
弾太郎の周りで緩やかに渦を巻いていた風が、一瞬で収斂した。
希薄な成層圏の大気の中で、まるで水槽の中の水のようにそこにだけ濃密な空気が固まっていた。
空気が気体のままで固体の壁になった。
そうとしか言いようのない不思議な光景だった。
感嘆したジンが思わず、ヒュゥッと口笛を吹いてしまうくらいに。
「重力子壁、資料でなら見たことあったが……驚いたな!やるじゃないか、怪獣王子様」
そしてスマホの違法アプリで弾太郎のバイタルを確かめる。
数値は……正常値とまではいかないが、もう心配ない。
意識も戻っているようだ。
違法アプリを閉じて通話に切り替える。
一般流通のスマホでは通話不能な場所でも防衛警察特注スマホには関係ない。
「もしもし!弾太郎!弾太郎!ダ・ン・タ・ロ―――ッ!!!」
「……ジン、うるさいよ」
返事が返ってきた!
寝ぼけたような声だが、間違いなく弾太郎だ。
この声はルパルスにも伝わった。
「弾太郎さん?生きてたんですね!よかった!!!」
「あー、ルパルス君?ごめん、ちょっと寝てた……」
とぼけた返事だ。
まだ覚め切っていないらしい。
ともかく安心していいようだ。
ジンは破顔して、船首を地上に向けた。
「よし、帰還するゾ。弾太郎、ルキィさんに人間態になって連絡艇に戻るように……」
「ジン、ルパルス君、それから……おとねーちゃんも。ルキィさんを、サポート……」
「エッ?」
意外な言葉だった。
空を飛べないルキィを早く回収しなければならない。
怪獣形態でならばルキィは大気圏突入にも耐えられる。
ただし!それは万全の体制を整えた状態で降下すれば、の話だ。
いきなり成層圏からの落下となれば、彼女は海面に激突し、重傷もしくは死亡する。
なのに弾太郎は何を言い出すのか。
当然だがルパルスは猛然と反対してきた。
「弾太郎さん!ルキィさんが何をしようとしているのか知りませんが、今は生きて帰るのが……」
「ハイエンさんは、生きてる。救出を……」
弾太郎の言葉に一同が言葉を失った。
繋ぐべき命の糸は、もう一本あったらしい。




