大怪鳥空中戦!死ぬのは……
最初、自分の身に何が起きたのかハイエンにはわからなかった。
今にも消えそうだった意識は、背中への突然の痛烈な衝撃に喝を入れられ引き戻された。
真っ先に目に飛び込んできた光景は頭上、急速に離れていくルパルスの姿。
そして背中に組みついた赤い怪獣・ルキィに裸締めを極められていることに気づいた。
(?!ルキィさんですとぉッ?)
(馬鹿な!)
(彼女は飛べないハズでは?)
(どうやって?)
(そもそも、何故この雲の中にいたのです!)
次々湧き出してくる疑問のひとつの答えはすぐにわかった。
見上げる空、ルパルスの少し上を飛行する影がひとつ。
宇宙船だ、衛星軌道上の宇宙空港と地上をつなぐポピュラーなタイプの連絡艇で……
(我々が、乗ってきた連絡艇!)
(人間態になって、あれに乗ってきたのですか?)
(爆発の危険があるヤツですぞ!)
(エンジンに細工された連絡艇に乗りますか、普通?)
(正気ですか?)
「……大気圏突破速度で大爆発。ならば大気圏内航行速度なら爆発しないってことサ」
連絡艇の操縦席でフンと鼻を鳴らすのはジンだ。
彼は宇宙船から耕運機まで、乗り物なら動かせぬ物はないという超優秀パイロットだ。
そのおかげで……砂川長官から運転手扱いされて、日頃からコキ使われているのだが。
「それにしても、全裸の女の子を隣に乗せて飛ぶ日がこようとはネ」
隣の副操縦士席を見て苦笑する。
たった今まで、その席にはルキィが座っていた。
全裸形態で。
最初、ルキィに『海に連れて行って』と頼まれた時は、彼女の脳細胞が沸騰したのかと思った。
「……つまり、ルキィさン。こういう事態になったら海上で合流することになっているト?」
「はい!ですから急がないと!」
ルキィとの支離滅裂な会話がしばらく続いたが、なんとか理解できた。
空を飛べる移動手段を用意していなかったものの、幸いにもすぐそばにハイエンたちが乗り捨てた宇宙船あった。
いわれるままに飛んだ先に、聞いていた通りの雷雲があった。
「後は雲の中に隠れて敵を待つだけというわけネ」
誘い込まれてきた敵の真上に密かに陣取り、タイミングを合わせてルキィが敵の背中に飛び降りる。
そして擬態解除して組みついて拘束、そのまま海面に着水させる。
「しかし、ここまで辿り着けるかと思ったガ……さすがは弾太郎、いや勝利の女神様だナ」
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「弾太郎さん、やりましたね」
「ああ、これで、やっと…………終わり」
なんとか答えた弾太郎だが、目は霞み、息は絶え絶え、足はガクガクと震え、触覚羽を握る手も力が入らない。
弾太郎に生命危険の赤信号が灯っていることは、ルパルスも気がついてはいる。
一刻も早く着陸して弾太郎を救護の手に渡さねばならない。
しかし降下中のハイエンが気になって、この場を離れることができない。
その心情を察したのだろう。
弾太郎は触覚羽を強く握って声を絞り出した。
「まだ大丈夫……最後まで付き合うよ」
「申し訳ありませ……?」
ルパルスの言葉が途切れた。
何かに驚いたようだが、一体何に?
消耗しきっていた弾太郎の、霞む目にはよく見えない。
「何が…………あったんだ?」
「ハイエンが、ハイエンが、追ってきます!」
「!そんな?」
下方、眼下の空中に目を凝らした。
ボンヤリとしか見えないが、赤と白の入り混じった大きな塊が浮上してくる。
ハイエンのパワーが復活したというのだろうか?
だが、そうではないことをルパルスの声が告げた。
「何か、おかしいです。妙に不安定っていうか……ウワッ?」
突然、ルパルスの姿勢が崩れた。
あわや空中に放り出されそうになる弾太郎だったが、羽にしがみついてなんとか持ちこたえる。
同時に風が、前方からしか吹いていなかった強風が、あらゆる方向からの猛風となって乱れ狂った。
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あっという間にルパルスから引き離されていくハイエンだったが、我に返って翼を必死にバタつかせる。
傷ついた翼が、その努力に応えることはもうない。
もう一度、なんとか重力子を創り出そうとする。
重力子を増幅する翼がまるで機能しない。
ルキィがガッチリと押さえ込んでいるのだ、翼は動かせない。
下方の海面はもう、すぐそこに迫ってきている。
そして耳元で、ルキィから非情な通告。
「これ以上の抵抗は無意味です。投降してください」
冷酷な事実、現実だった。
首に巻きついたルキィの両腕は蛇の素早さと柔軟さを備え、なおかつ絞めつけるパワーは他の怪獣類を遥かに上回る。
胴体を挟み込んだ両足はハイエンの全力でも1ミリも緩まない。
ハイエンが何をしようが、もう敗北を覆すことはできない。
できるのは上に、真上に広がる積乱雲をぼんやり見上げるくらいだった。
(それにしても……こんなところに伏兵を隠せる嵐の雲が発生しているとは。天運まで味方していると……なッ?!)
ハイエンは目を見開いた。
巨大な積乱雲が縮んで、消えていく!
黒雲が晴れ上がり、青い空が広がっていく!
「何が起こっている?どうして嵐の雲が消える?」
雷も雨も最初からなかったかのように消滅し、残るは渦を巻く小さな雲がひとつ。
その小さな雲もスッと消えた後に、身をくねらせて宙に浮かぶ巨大というには、やや小柄な竜がいた。
顕現した竜神様の正体はもちろん、海底測候所・竜宮城の(一応)責任者・浦島 乙音の怪獣態だ。
嵐を起こし雷を操る彼女の能力は、古代より神として崇められる一因となった。
……もっともまだまだ未熟で、失敗も多いのだが。
「あの嵐の雲は、あの竜族の子供が作っていたのか?つまり私は最初から罠の中に……」
ハイエンは理解した。
何度も相手を追い詰めるながらも攻めきれなかった、と思っていたが現実は違った。
戦いが始まる前から周到に張り巡らされた罠の中に、自分が閉じ込められているのに気づいていなかったのだ。
さっきまでの敗北感を上回る、救いのない絶望感に呑み込まれていくような気がした。
弾太郎が聞けば『そんな余裕ありませんでした!』と即座に否定しただろうが。
「…………殿下…………」
完全に極められて動かない首をもたげて見上げた。
ルパルスの姿は遠ざかり、小さく見えるだけだ。
もう届かない、けれどハイエンは。
「………………………………でんか……」
再び意識が薄れていく。
その中で思うのは、絆のない息子と絆で結ばれた王子と。
ルパルスのもとへ帰ろうとしたのか。
それとも命を狙おうとしたのか。
心臓から細々と流れていた、ほんの僅かな重力子が骨格を伝い翼を伝い、目の前に結実する。
いや、流れ出していくのは重力子ではなく、彼の命ではなかったか?
世界が暗くなっていく中で命と引き換えに、星がひとつだけ目の前の闇の中で輝いていた。
頭上からルパルスの声が聞こえる、遠い、とても遠い。
「よせ、やめろ、ハイエン。それ以上使ったら、お前は!」
(ああ、こんな私を気遣っていただけるとは。なんとお優し……)
耳元でルキィが叫ぶ声も遠くなっていく。
「ダメです!こんな無理な体勢で!」
(敵だというのに。優しい方だ、いいお嫁さんにな……)
意識がフッと遠のいた。
首と翼を封じていたルキィの両腕が緩められるのを感じた。
翼は自由になったが、もう動かないのだから無意味なことだった。
(…………おそばに…………)
ビキィッ。
その音はハイエンの、体の内側から聞こえた。
強靭な繊維がねじ切られる音?
堅牢な骨格が粉砕される音?
ともかく数カ所で同時発生した激痛が、再びハイエンの意識を覚醒させた。
「グゥゥゥッ、な、なんだ?これはっ!」
ハイエンの目の前には不可解なものがあった。
グニグニと気持ち悪く変化する空間の歪み。
自分が創り出した重力子なのは間違いないが……パワーも位置も安定していない。
「は、ハイエンさん!とめてください、は、早く!」
「わかって、おります!が……」
重力子のコントロールを戻せない!
一瞬だけパワーが高まる、かと思えばゼロGに近くなる。
グルグルと周回するかと思えば、数個に分裂したりする。
「ちからが、もう、でない……どうにも、すいません……」
「そんな?頑張ってください!このままじゃ、みんなが」
ルキィが耳元で怒鳴っているが、もうハイエンにもどうすることもできない。
ハイエンの砕けた体は身動きもできな状態だ。
狂暴化する強風と、狂ったように変化する重力場に翻弄されるしかない。
ゴウッ、ゴゴゴゴゴォォォォォッ!
重力がランダムに変化するたびに大気は掻き乱され、無秩序な突風が荒れ狂う。
雲はちぎれ跳び四散し、大粒の雨が真横や下から叩きつける。
はるか下の海は無秩序な高波が右往左往している、という状態だ。
その中にいる者たちがどうなるか?
まず弾太郎とルパルスだが……精いっぱいの羽ばたきでも、その場に留まるのが精いっぱいだ。
「ルパルス君、ここから……なんとか、離れて!」
「す、すいません。重力が強すぎて」
ジンが操縦する連絡艇も不規則に変化する重力と、変化し続ける突風に翻弄されるに任せるばかり。
操縦桿を握る、というより操縦桿にしがみついている状態!
風防ガラスの外は上下左右が目まぐるしく入れ替わっている。
「く……滅茶苦茶だッ!ジェットコースターが乳母車に思えるぞ!」
一番高いところにいた乙音も真下に落下しそうになり、踏ん張れば逆に真上に吹っ飛ばされそうになる。
乙音が属する竜種の怪獣は自分の体限定の念動力で空中浮遊できる。
かなり強い念動力なのだが重力変動の方が強すぎる。
「キャ、キャ、キャッ???どどどどーなってんの???」
少し離れたところにいた鷲羽小隊の残存機も狂った重力の猛威からは逃れられない。
重力場発生源に近い弾太郎たちに比べればマシだが、既にズタボロの戦闘機には耐えきれない。
それでも鷲羽小隊長は近づこうと必死だが。
「くっそ、動け!飛べよ!このオンボロがぁッ!」
「無茶です、隊長!」「無謀です、姉御!」「無理です、お姉様!」
そして鷲羽機の翼下に隠れたゲン爺も。
「これ以上は見ちゃおれん!坊ちゃんを……」
『行く必要はないよ、ゲンさん』
「海人様?いくらなんでも……」
『死ぬのは……ひとりだけだ。それは弾太郎ではない』
スマホからの、海人の一言で終わった。
海人同様、ゲン爺にとっても弾太郎以外は基本的に関心のないことなのだ。
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異常重力に翻弄されるままの一同だったが、ルキィはハイエンの背中から離れようとしなかった。
ルキィ自身はこの高さから海面に激突しても多少の打撲程度で済む。
たとえ大気圏外からでも簡単な耐熱と減速だけすればで無傷で生還可能な頑丈生物なのだ。
だから安全を考えればハイエンから離れてガードを固めた方が賢明なのだが。
もう一度ハイエンの耳元で怒鳴る。
「なんとか、なんとかしてください!このままじゃ」
「……」
「弾太郎さんが……」
「…………!」
ハイエンはもう、何も喋れなかった。
口を利く体力も残っていなかった。
それでも頭を上げて上空にいるルパルスを見た。
バランスを崩している。
まともに羽ばたくこともできない。
このままで墜落すれば、大怪我程度では済まないだろう。
スターバードはルキィと比べれば華奢で打たれ弱い。
(このまま、墜落すれば暗殺成功…………だが、もういい……)
ほんの一瞬だけだが、ハイエンの目に輝きが戻った。
ギュン!
不規則に揺れ続けた重力場がその一瞬だけ停止し、大気と海が静まった。
直後、重力子は真上に向かって急上昇した。
(これが、精いっぱいです……殿下、後は、自力で……)
「キャァッ!」
重力子に一番近かったハイエンとルキィは、ほとんど一体化した状態で真上に引っ張られた。
一気に加わった加速度には為す術もなかった。
「うわっ!」「ヒィッ!」
弾太郎とルパルスの真横を重力子が高速で通過した。
竜巻状に吸い上げられる大気に逆らうこともできず、瞬時に上空へ連れていかれた。
「ぬぉぉぉっ!」
ジンの駆るレンタル連絡艇は重力推進の安全装置が作動して停止!
緊急用のロケット噴射に切り替えたが、パワー負けして尾部から逆さまになって引きずられていった。
「空に。お、落ちる?真上に墜落?」
竜神・乙音は上下感覚を完全に失っていた。
下と思っていた海面が頭上にあり、青い空へ向かってどんどん『落下』していく。
彼女のすぐそばをルパルスやルキィも上へ『落ちていく』のが横目で見えた。
「だ、弾太郎!」
「隊長、追いかけるのは無理です!」
「飛ぶのだって精一杯なんですよ!」
「これ以上は分解しちゃいます!」
離れていた鷲羽たちは巻き添えにはならずに済んだ。
ただし、それは『指をくわえて見ているだけしかできない』ということでしかなかった。
数秒後に海面に数十倍の重力で叩きつけられて即死、という最悪の結果は免れた、しかし……
数分後には成層圏近くから墜落する、という危機に弾太郎たちは直面していた。




