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大怪鳥空中戦!最終ステージ『雷鳴の雲中飛行』

稲妻閃く積乱雲に飛び込んだルパルスは早速、肝を冷やす羽目になった。

鼻先スレスレを青白い稲妻が走ったのだ。


ドゥォォォォォンッ!

「ヒィッ!!」

グゥォォォンッッ!

「ウワァッ!!」


反射的に止まろうとしたのだが、勢いをつけて雷雲に飛び込んできたので、止まるに止まれない。

急上昇に切り替えて真上に向かって飛ぶ間にも、前後左右では青白いフラッシュが閃き続ける。


「ルパルス君!大丈夫、落ち着いて!」

「で、でも?こんな危険なところに!長居したら!弾太郎さんが、ウワッ!」

ブゥワジィィィッ!


またしてもルパルスの目の前を稲妻が走る。

びっくりして飛び下がろうとすると、尾羽がほんの一瞬だけ放電に触れる。

ほんの少し焦げ臭い匂いがした程度だが、全身の羽毛が逆立つ。

硬直した翼の端が、またしても放電に触れそうになる。


「ギャーッ?ウギャーッ?痺れる、死ぬ、死ぬゥッ!」

「大丈夫!大丈夫だから!僕のいうとおりに飛べば大丈夫だから!」

「……エッ?」


弾太郎が右の羽を引くとルパルスが右へ進路を変える。

ルパルスの顔の左側を、球状放電がサッと通り過ぎた。

両方同時にクィッ、クィッと2度引くと上昇。

胴体の下を川の流れのように数本の稲妻が流れていく。

左右同時に緩めると降下。

弾太郎の頭の上スレスレを、さざ波のように電撃が伝わってゆく。

弾太郎の手綱さばき、いや触覚羽さばきに従うだけで、ルパルスは間断なく跳ね回る雷光を易々(やすやす)と躱し始めた。


「ホントだ?すごいですね、弾太郎さん!自然放電を予知できるんですか?」

「いや、予知してるわけじゃ……あ、ちょっと待って」


弾太郎は後ろを振り返った。

背後は際限なく湧き上がる黒雲、その奥は闇だ。

何も見えないし、何かあったとしてもわかりそうにない。


「……ハイエンさん、追ってくるかな?」

「無理ですよ!もう、まともに飛べないんですから」


独り言に近い弾太郎の呟きを、ルパルスは即座に否定した。

確かに言う通りだった。

弾太郎に羽を焼かれ、鷲羽小隊の集中攻撃にさらされた。

最後の力を振り絞った重力子攻撃も失敗に終わった。

満身創痍の状態で、残り少ない体力(スタミナ)をゴッソリ持っていかれたのだ。

最後に姿を見た時も、高度も速度も維持できず、引き離されて降下していく一方だった。


「追いつけるはずありません。多分、今頃は海に落ちて、捕縛されている……と思います……」


ルパルスの言葉は後ろになるほど、弱く、悲しそうになっていく。

思えば、卵の中にいた頃からの唯一の臣下だった。

言葉も喋れない雛鳥だった自分に、羽ばたき方を教えてくれたのもハイエンだった。

同じ年頃の相手がいない王宮で、ルパルスと遊んでくれたのも、初めて勉強を教えてくれたのもハイエンだった。

その頃はハイエンが自分を裏切るなどとは、考えたこともなかった。


「捕まったら……ハイエンさんはどうなる?」

「…………極刑です」


弾太郎は言葉を失い、ルパルスはそれきり口を閉ざした。

何も話さないまま、雷を躱しつつ飛ぶこと数分。

短い時間のはずが、ひどく長く感じられた。

いや、それは数秒程度だったのかもしれない。


「どうしました、弾太郎さん?」

「いや、ちょっとクラッと……大丈夫」


実際はクラッときたどころではなかった。

今にも意識が途切れそうなのだ。


(当然か……酸素マスクなしで雷雲の中、だもんな)


ここは高空の雲の中。

空気は薄く、気温は零度以下、浮遊する雨粒が容赦なく体温と体力を奪っていく。

追うハイエンの時間も削られているだろうが、弾太郎の残り時間はもっと厳しい。


(あと3分、いや2分が限度かな?でも、このまま時間いっぱいまで粘れば……)


その時、頭上で2回、雷光が光った。

雷雲の中では珍しくもない光景だったが、その瞬間に弾太郎の表情がサッと変わった。


「なッ!追ってきたって?」

「弾太郎さん?」

「どこから?どうやって飛んできたんだ?」

「何を言って……追ってきてるんですか、ハイエンが!」


弾太郎たちの言葉に反応したように、青白い放電光が天然のフラッシュとなって暗い雲の中を一瞬だけ照らし出した。

ルパルスの影が眼下の雲に落ちる一方で、頭上の雲に巨大な影が透けて浮かんだ!


「しまった、上をとられた!」

「まさか!もう飛べるはずはないのに……」


今度は小さめの放電の光が頭の上を踊る。

分厚い雲を透かして、またしても鳥型の巨大な影がおぼろげに見えた。

間違いなくハイエンだ。

弾太郎の顔が周囲の闇雲よりも、暗く曇った。


「やっぱり、追いついてきたか……」


★☆★☆★☆★☆★

(絶対に勝てない。よくわかったよ)


ハイエンに理解できたのはそれだけだった。

戦士としては遥かに格下のルパルスにハンディを負わせて。

丸腰の子供相手に飛び道具まで使って。

禁じ手である重力子(グラビトン)攻撃まで使って。

それでも負けた。

しかも半人前スターバードと、戦闘力ゼロの人間にしてやられたのだ。


(衰えた、といいたいところだが……ルントゥス王の血筋と『神速』カイトゥスの血筋。私のような野良鳥とは格が違ったか)


敗北したというのに不思議と悔しさはなかった。

むしろ清々しく、自分でも不思議なくらい穏やかだった。


(カイトゥスに惨敗した時はあんなに悔しくて)

(惨めで)

(二度と立ち直れない)

(そう思ったのに)

(私も随分と丸くなったものだ)

(陛下にお仕えしてから?)

(いや、ルパルス様にお仕えしてからか?)

(まあいいか、結局は負け……)


全てを諦めて、海面に落ちようとした時だった。

脳裏に一人の顔が浮かんだ。

パルティウス王子の侍従長・グェルト。

最近まで不愛想な同僚と思っていた、ハイエンの実の息子だ。

だが息子の目には親子らしい暖かい感情はなかった。

それどころか長年捨て置かれた恨みさえ持ってくれなかった。

ただ軽蔑とギラついた野心の輝きだけがあった。


(私がグェルトを、息子をあんなにしてしまったのか)


混濁する記憶の中で息子(グェルト)の嘴から発せられた言葉は。


『父親?だったら少しは息子の役に立ってみせろ』


何も言い返せなかった。

グェルトと母親にした仕打ちを思えば、何を言われても仕方なかった。

それでも当初はルパルスの婚約を白紙に戻せば済む、と楽観的に考えていた。

だが政治的能力に限ればルパルスは優秀すぎるくらいだったのに対し、パルティウス王子は優秀な学者ではあったが……はっきり言えば無能。

先方から気に入られるのはどちらか、誰の目にも明らかだった。

それでもグェルトは己の手でパルティウスを王とする夢を諦めなかった。


(ああ、グェルト……私がお前を諫めることができたら、こんなことには)


結果としてルパルス暗殺という、踏み込んではならない領域に踏み込んだ。

もう取り返しはつかない。

だから事が成った暁にはルパルスに殉死する覚悟で臨んだ。


(申し訳ありません、殿下。申し訳ありません、陛下……すまなかった、息子よ……)


今にも消えそうになる面影のルントゥス王は微笑み、ルパルス王子は朗らかに笑いかけてくる。

なのに息子は、グェルトだけは何の感情も見せてくれない、無関心そのものだ。


(少しでも、グェルトに、これで、私を、少しは、見直して)


血流の中の、今にも尽きそうな、ほんのちょっぴりの重力子を、全て翼に送った。

生まれた小さな重力場にが引かれて、目の前の空気がほんの少しだけ凝縮し、ハイエンの体が少しだけ上昇した。

高重力場生成、といってもせいぜい数Gだろう。

破壊力というには程遠い。


(無様ではございますが……もはや、これしか)


失速・墜落寸前の死に体から再び、ハイエンは飛び立った。

その姿は、つい先刻までの堂々たる老兵ではなく、弱々しく哀れで、死体に等しい。

なのに目だけを異様にギラつかせた鬼気迫る姿だった。


★☆★☆★☆★☆★

ゾンビに襲われる、という経験を弾太郎はしたことがない。

それは当然だが……ルパルスもそんな経験はない。

まあ、普通は誰でもそうだ。


「空中戦で経験するとは思わなかったよ!」

「僕もです!」


黒雲を突き抜けて接近してきたハイエンは、正にゾンビそのもの!

翼を動かすこともなく、羽毛を失った地肌には血色もなく。

大きな両翼は固定されたまま動かない。

これは自分で創った重力場に引っ張られて飛んでいるので、羽ばたく意味がないからだ。

つまり飛んでいるというより、行きたい方向に『落下』しているという方が正しい。

すれ違う時、大きな目玉がギョロリと動く様子はゾンビ映画そのものだ。


「どうしたら……ウッ?」


突然、強烈なめまいが弾太郎を襲った。

頭がクラクラして体から力が抜けていく。


「どうしたんです、弾太郎さん?」

「だ、大丈夫……、平気」


心配するルパルスに答える弾太郎だが、原因はわかっている。

今、飛んでいるのは地上3000メートル以上の雲の中なのだ。

薄い空気は呼吸を奪い、冷たい風と雨が体力を奪う。

人間が酸素マスクもパイロットスーツもなしにいられる場所ではないのだ。

あまり体力のある方ではない弾太郎を、緊張感と責任感が支えてきたが限界は近い。

なんとかハイエンを振り切って弾太郎を降ろさねば、脆弱な人間の心臓がもたない。


「弾太郎さん、ひとまず雲の外へ……」

「危ない、よけろ!」


ハイエンが一瞬の急加速でルパルスへの体当たりを敢行してきたのだ。

咄嗟に体をひねって躱したものの、肩のあたりにハイエンの鍵爪がかすって、血がピュと噴き出した。

間一髪に見えたが、攻撃を受けたルパルスが感じたのは危機感ではなくハイエンの衰弱の激しさだった。


(今の攻撃、いつもなら翼を引き裂けたはずだ。やっぱりハイエンも限界なんだ)

「今のハイエンなら僕でもなんとかできます!次の攻撃で……」

「いや、絶対に接触させるな!しがみつかれたら終わりだ」

「何故です?もうハイエンに僕を仕留めるパワーはありませんよ?」

「違う、ハイエンさんは君にしがみついて、自爆する気だ!」


ルパルスは何を言われたのか最初、わからなかった。

ハイエンにはもうロクな攻撃ができないことは間違いない。

自爆というが爆薬などを隠し持っているはずもない。

反論しかけてルパルスは思い出した。


「……重力子(グラビトン)?」

「そう、だ……しがみついて、自分の体の中に、高重力場を……」


もうハイエンには体の外に重力場を創って撃ち出す体力はない。

だが残っている重力子を心臓付近に集めて、一瞬だけ数十Gの重力を生じさせることはできる。

ルパルスにしがみつき、一瞬の重力で砕く。

もちろん自分ごと押しつぶすということだ。


「ハイエン、そこまで……僕の命を?」

「違うよ、ルパルス君。それが……父親なんだ」


すれ違った時にハイエンの意識を失いかけた目に、弾太郎は小さな光を見た気がしたのだ。

哀しい、愛おしい。

弾太郎は同じ目を何度も見たことがあった。


(父さんと同じだ。父さんもあんな目をしていたな)


弾太郎には母親の記憶がない。

一番古い記憶は、うつむいて泣き疲れて、空虚になった父・海人の姿だ。

その父が目を弾太郎に向けた時、瞳に宿っていた小さな光を忘れることができなかった。

状況は、まるで違うが同じ光だったのが、今は理解できる。


「それにハイエンさん……もう僕を見ていなかったな」

「えっ、何か言いましたか?」

「いや……」


弾太郎の呟きどおりハイエンの目からは、あれほど燃え盛っていた復讐心が消えていた。

消えたのではなく、燃え尽きてしまったのだろう。

もはや弾太郎にもカイトゥスにも関心はないらしい。

そして哀と愛の目を向けた相手は……ルパルスだった。

もうルパルス以外は目に入らないのだ。


(愛を与えなかった実の息子のために、愛し育てた子供を殺す、か)

「ふぅ……ルパルス君、出るぞ」

「えっ、出るって、この雲から雲からですか?」

「そうだ、合図したら真っ直ぐ飛んで」


これは意外、というより異常な行動だった。

数分だけ持ちこたえればハイエンは勝手に自滅する。

何もする必要はないのに、どうしてわざわざ?


「それはハイエンさんの衰弱死で決着させるっていうことかい?」


ルパルスが疑問を口にするより先に弾太郎が口にした、というより断定した。

持久戦に持ち込むということは、ハイエンの生命力を最後まで削り取るということだ。

それはハイエンの命の炎が消える、ということでもある。

言いかけた言葉を飲み込むルパルスに更に言葉を続ける。


「多分、それが政治的には一番好都合な結末なんだろうけど。それって君の望んだ結末なのか?」

「それは、仕方……」

「君は、いずれ婿入り先で王様になるんだったよね?」

「…………はい」

「こんなことをする王様になりたいのか?答えは…………聞かないけどねッ!」

「ぼ、僕だって……最初から最後までクライマックスだぜッッ、です!」


シメのセリフが特撮ヒーローというのが弾太郎&ルパルスらしい。

これで通じてしまうのも、この二人ならではだろう。

その時、目の前に交差する奇妙な雷光が十字架のように輝いた!

目にその光が飛び込んできた瞬間に、弾太郎が羽を引いた!


「雲の外へ!」

「ハイッッ!」


弾太郎が耐えられるギリギリまで加速し、雲の隙間の光を目指す。

ハイエンは?

後ろからついてくる、距離は百メートルあるかないか。

怪獣同士の巨体からすれば無きに等しい間合いだ。

意識はほとんどないようだが、確実にルパルスを追尾してくる。

しかも、少しずつ距離を詰めてきている!


「マズイです!このままだと雲を出る前に」

「いや、このままだ。このままでいい」


上も下も左右も暗雲に閉ざされている中、前方に明るい光が見えてきた。

後方からはユラユラと揺れながら追ってくる怪鳥ハイエン。

虚ろな目を見た時、弾太郎は心底嫌な気分を味わった。


(よかったのか?それで……)


雲を通して届く光が、陽光が強くなってきた。

もうすぐ外だ。

だが雷雲から出れば、もう身を隠す場所はない。

組みつかれたら終わりなのだ。

そんな危機的状況なのに弾太郎は突然、妙なことを言い出した。


「ルパルス君、地球の昔話にね、こんなのがあるんだ」

「何ですか、いきなり?」

「人のいいカニさんを騙して殺した悪いおサルさんがいてね」

「か、カニさん?サルさん?こんな時に?」


ルパルスは慌てた。

弾太郎は酸素欠乏症で頭がおかしくなってしまったのか?


「カニさんのお友達が敵討ちをするお話なんだ。囲炉裏に隠れたイガグリさんが燃えながら飛び出してきて……」

「イロリ?イガグリ?何の話ですか!」

「火傷したおサルさんは冷やそうとして水桶を取ると、中から蜂さんが」

「蜂?刺されると痛いヤツ……ちょっ、ちょっと、そんな話している場合じゃ!」


地球、いや日本人にはお馴染みの昔話だが、宇宙怪獣のルパルスには何のことだかサッパリだ。

だけどお構いなしに弾太郎は話を続ける。


「外へ逃げようとして足元にいた牛糞さんを踏んづけてスッテンコロリ」

「牛糞?交友関係おかしくないですか、カニさんの!」

「そしておサルさんが転んだところへ」

「あ、あのそれどころじゃな……イ?!」


ハイエンの嘴がルパルスの尾羽に触れた。

その瞬間、ルパルスは雲を突き抜けた。

間髪を入れずハイエンも雷雲を飛び出した。

捕まえる寸前だったにも関わらず、ハイエンは目を細め首をすくめた。

雲の中とは比較にならない明るさに目がくらんだのだろう。

それも一瞬のこと、再びルパルスに食らいつこうと……

ふいに日が陰った。

陽光を遮る雲もない開けた空なのに。


ドンッ!!!

「エッ…………?」


強風の轟音さえ消し去る重い轟音が空を震わせた。

驚き、後ろを見たルパルスの目に見えたものは。

急速に高度を下げて、いや落下していくハイエンと、その背中に組みついた赤い怪獣の姿。

何が起きたかわからないルパルスは一時、羽ばたくのも忘れて落ちていくハイエンを呆然と見ていた。


「ルキィさん?なぜ、どうして、ここ……」

「……頭の上から大きな臼が落ちてきて、おサルさんはペシャンコになりました、とさ」


ポツリと呟く弾太郎の声は、猛烈な風の音の中に消えていくだけだった。

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