赴任先(恒星宇宙船―貨物室)
確か、第13回電撃大賞応募作品の落選でした。
出来栄えも受賞水準には届かなっかったし、「楽しませる物語」にも遠かった、というところです。
薄暗い貨物室へ男は足を踏み入れた。
船窓から見えるのは瞬くことのない星、星、星。
それ以外は船外には何もない、そう、空気さえもない。
ここは宇宙空間、恒星間航路の途上だ。
次の恒星系まではまだ三光年以上もある。
「ふむ、乗ってる客がひとりきりではな。このポンコツ船でも広いものだ」
船長は可笑しそうにそんな言葉をもらした。
普段の航海では満杯の貨物室なのだが、今は積荷がほとんどない。
今回はちょっと特別な事情があって、次の寄港地へ向かう途中で客をひとり送り届けるだけなのだ。
貨物室にいるのも、その客と手荷物だけだ。
「客ひとりならば本来は客船を使うべきなんだがな」
船体の七十パーセントが貨物室というこの船の中でも、ここは最大の貨物室だ。
小型の巡洋艦でも納まるほどの広さの部屋に今回の客はひとり静かにうずくまっていた。
「ま、このお嬢さんは大型貨物船でもなきゃ乗せられんからな」
本来なら貨物船などという居住性が悪く運賃が安いだけの宇宙船を使う必要はない。
ただ今回の客は特別な人物であったために適した客船が見つからなかった。
そこで客の父親の友人でもある彼が船長を務めるこの船が選ばれた。
「お客様、これより最終転移に入ります。七分後に亜空間突入、十二分間の航行の後に太陽系に到着します」
丁寧な呼びかけに対して乗客返事はない。
船長はクスクスと笑い、咳払いを一つしてから少し大きな声でもう一度。
「お嬢さん、あと七分で最後の亜空間飛行が始まるよ。居眠りはそこまでにしときな」
うずくまった影はやはり動かない。
それどころかスースーと安らかな寝息まで聞こえるではないか。
「プッ、ククク……わぁーはっはっはっ!」
押さえきれなったのか船長は大爆笑を始めてしまった。
その笑い声にようやく客は目を覚ましたようで、モゾモゾと身じろぎしだした。
やがて大きな目がパチリと開いた。
少し寝ぼけているのか、ボーッと床の上に視線をさまよわせていた。
やっと真紅の瞳が船長の姿をうつすと彼女は正座しなおした。
「あ、あ?船長さん、おはようございます」
「夕べは良く眠れたかい?」
「は、はい!ぐっすりと……ちょっと寝坊しちゃった」
船長が見上げると、ちょっとうつむき加減の顔がほんのりと赤い。
緊張感のないところを見られて恥ずかしいらしい。
こういうところが初々しいものだと船長は思った。
「この寝心地の悪い場所で熟睡できるなんてな。親父さんに似て大した度胸だ」
「あ、その夕べはちょっと疲れてて」
「夕べはいびきが船長室まで聞こえたぞ」
「ええーっ、私、いびきかいてましたか!」
「フフフ……嘘だよ、冗談だ」
しばしキョトンとしていた少女はからかわれただけだ、と気がつくと少しムッとした。
「船長さん、ひどいです!」
「まぁ、そう怒るな、ただの冗談だ。緊張しすぎるのもいけないと思ってな」
「あ……」
無骨な船乗りなりの優しさなのだと、少女はようやく理解した。
「ありがとう。おかげでとても、楽しい航海でした」
今度は船長の方が照れる番だった。
船乗り流の何か気のきいた一言でも返そうとしたようだが、結局黙って帽子を深くかぶり直し、船窓に目をやった。
「……君の行く惑星がどんなところか知ってるかい」
「はい、銀河連邦加入審査中の辺境の星域と聞いています」
船長の顔にかげりがさした。
そこは二十年ほど前にファースト・コンタクトを成しえた惑星だ。
文明レベルはさして高くはない。
しかも最近になって銀河周縁部への航路が開拓されたために交通量が増え、犯罪件数も急増している。
「現地警察も頑張っているらしいが。いかんせん経験も不足、装備も貧弱、人員も不足だ。連邦に正式加盟すればパトロール隊が駐留できるが。それまでまだ何年もかかる」
「はい、知ってます。でも技術提供だけは認められてるので、装備はかなり改善されてきてるんですよ」
「ふん、その程度じゃあ焼け石に水だな」
船長は窓越しの視線を暗黒の深遠へ向けた。
凍りついたような星々の輝きの中にぽっかり開いた虚無の闇は、まるで少女の未来を飲み込む怪物の口のように思えた。
「最後にもう一度聞くよ。今なら間に合う。帰って普通の暮らしをする気はないのか」
「普通の暮らしですかぁ……」
少女は少し首をかしげて想像してみた。
父と母が二人で開いた道場で彼女と妹は育った。
近所の子供たちに格闘術の手ほどきする日々。
いつか最強戦士の称号を道場から輩出する。
そんなありきたりな夢を家族で語り合う夜。
父の昔日の冒険談を聞きながら銀河の果ての異世界へ思いはせる夕食時。
そしていつか良き夫にめぐりあい、強い子供を産み、その子を最強の超A級の戦士へと育てる夢。
「今は……無理です。普通の暮らしなんて」
少女は寂しそうに首を振った。
少し前までは当たり前の夢だったことが、今は少し遠い夢になっている。
「だって私自身が優秀な戦士として認められなくっちゃ……父さんの道場潰れちゃいますから」