掃除人
遠くもなく近くでもない未来の話。
ーーーーーータンッ。
引き金を引くと、目の前の「人間だったモノ」の頭部が弾け飛ぶ。
どさり、と倒れると、半分吹き飛んだ頭部からドス黒く濁った血液が零れ落ちた。
硝煙が晴れると、脇に据え付けたホルスターへと拳銃をしまい込む。
「掃除完了、と」
懐から煙草を取りだし、火をつける。
紫煙を吐き出しながら目の前の死体を眺めた。ソレは未だにドス黒い血液を垂れ流していた。
「減らねぇモンだなぁ」
フー、と紫煙を吐き出し独りごちる。
時折ビクン、ビクンと痙攣する死体を眺め、それから漂う匂いに眉を顰める。
「いつになったら掃除も終わるのやら」
言いながら懐からスキットルを取り出し、中身を死体に振りかけた。
「ま、居なくなったら居なくなったで商売あがったりか」
一つ苦笑いを浮かべると、煙草を死体へと放り投げた。
ボゥゥゥゥゥッ!!
瞬時に死体が炎に包まれ、周囲を赤々と照らし出す。
薄暗かったコンクリートの一室に、フードを被った人物の姿が浮かび上がる。
やがて炎が収まると、人影は踵を返し歩き出した。
黒焦げに炭化した死体をその場に残し。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガヤガヤガヤガヤ…
狭い掘っ建て小屋の中で、幾人もの男達が狭いテーブルを前にジョッキを呷っていた。
「まぁーったくアンタ達も昼間から飽きないよねぇ」
カウンターの向こうで女将が呆れたような声を上げる。
「うるせぇなぁママ!いい稼ぎが出たんだから昼間っから飲んだってイイだろぉ?」
一人の男ががなり立てる。
女将はその様子に肩をすくめただけで厨房に目をやった。
奥では娘だろうか、一心不乱にフライパンを振り回し料理を仕上げている女がいた。
「お母さん次上がるよ!」
歳の頃16、17位の娘が皿に野菜炒めを乱暴に盛り付けながら女将を呼ぶ。
「あいよ」
女将が暖簾をくぐり、乱雑に盛られた料理の皿を男達のテーブルへと持っていく。
ゴトリ、と音を立てて山のように積まれた野菜炒めが狭いテーブルに鎮座した。
「おー、来た来た!」
それだけで男達から歓声が上がる。
「冷えたビールにこの野菜炒めがたまらん!」
「どこ行ってもこれだけの絶品にはありつけないよなぁ!」
「がつがつがつ」
男達は口々に賛美しながら料理を口に運ぶ。
女将はその光景を眺め口元に笑みを浮かべると、ふと入り口を見やった。
「おや」
視線の先に、見慣れたフードの姿があった。
「相変わらず吹き溜まりみたいな事になってんな」
フードの人物が扉を開けるなり一言。すかさず女将が返す。
「うるさいやい。何にするよ?」
「コーヒーをくれ。濃い目で」
「あいよ」
女将が短く返し、奥の戸棚から豆とミルを取り出す。
「すぐ用意すっから、そこのカウンターで待っといで」
「ああ」
フードを取ると、乱雑に束ねられた黒髪が覗く。
ふと視線を感じ、顔を上げる。暖簾の奥から娘が顔を覗かせていた。
娘は視線に気付くと、すっと引っ込む。
黒髪の男は苦笑いを浮かべると、煙草に火をつける。
ゴトリ、と重い音がしたかと思うと、傍らにガラス製の灰皿が置かれていた。
見れば娘が立っていた。
「良ければお茶請けも用意しますよ」
ぶっきらぼうに伝えると、そのまま黙る。
「あー、一つ頼むよ」
娘のそんな態度に苦笑しながら男が答えた。
「はい」
短く答えると、娘は厨房へと引っ込む。
その背中を見送っていると、不意に肩へ重みがのしかかった。
「よう、景気はどうだ?」
先程から飲んだくれていた男達の内の一人が、酔った勢いのまま肩を組む。
「まあまあってとこだな。今日も一仕事終えてきたばかりだ」
「へっ、勤勉なこって」
酔った男は赤ら顔を歪めて合いの手を返す。
「あんたらがいるから、俺達も安心して仕事に打ち込めるってもんよ、正にーーー」
「こぉら、素面の人に絡むんじゃないよ!」
女将がコーヒーカップをカウンターに置きながら酔っ払いを諫める。
「ヘヘッ、わりぃわりぃ」
酔っ払いは肩に組んでいた腕を離すと、悪びれもせずに元の席へと戻っていった。
「ごめんね、こいつら最近景気が良いらしくってさ」
「大丈夫だ、いつもの事だろ?」
「…まぁね」
女将が苦笑いを浮かべていると、厨房の奥から娘が出てくる。
「どうぞ」
またもやぶっきらぼうに喋りかけながら、カウンターに皿を置く。
皿にはクッキーが乗っていた。
てんこ盛りに。
「……」
「……」
しばし男と女将は皿に山と盛られたクッキーを凝視していたが、不審に思ったのか娘が口を開く。
「…クッキーは嫌いですか」
「いや、そんなことはないぞ」
男は空気を読んだ。
「コーヒーお替りあるからね」
女将は逃げた。
そそくさと厨房へと逃げていく女将に恨みがましい視線を向けながら、煙草の火を消しカップを手に取る。
香ばしいコーヒーの香りを嗅ぎながら、一口すする。強い苦みが口の中に広がる。
皿に山と盛られたクッキーに目をやると、娘がまだ傍に立っていた。
男は苦笑いを浮かべると、一つ手に取る。
所々に黒い塊が点々としているのは、チョコチップだろうか。
口に放り込む。
ゴリッ
(…硬い)
傍らでは感想を今か今かと待ち構えている風情の娘。
心なしか期待でキラキラしているように見える。
男は再び空気を読んだ。
「…う、うまいぞ」
声が上ずってしまったが、娘は感動していると思ったようだ。
『えっへん』とでも言いたげに胸を反らし腕組みをすると、
「お替りあるからね」
女将の言動をトレースするかのように言い置き、厨房へと引っ込んでいった。
ゴリゴリゴリ。
口の中の異物を無理矢理咀嚼し、コーヒーで流し込む。
「よっ、色男!」
酔っ払いの一団が囃し立てるが、目の前のクッキーマウンテンをどう攻略しようかと考える男には届いていなかった。
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「毎度」
コーヒーの清算を終え、席を立つ。
クッキーはサービスだったようだ。その分も払おうとすると、
『試作品だったから』
との理由で断られた。
流石に一度で食べきれる量ではなかった為、袋詰めのサービスも受けた上で、である。
「これに懲りないでまた来てやってね」
ニヤニヤしながら見送る女将を尻目に扉へと向かう。
「この辺でコーヒー出してくれる店はココしかないからな」
少しむくれながら返答すると、扉を開ける。
「今日はこの後『ギルド』かい?」
「ああ。仕事の報告もある」
「そうかい。気を付けてね」
「ご馳走様でした」
ひらひらと手を振ると扉を潜る。
「…行ってらっしゃい」
少し控えめの娘の声を背に、男はその場を後にした。
午後の日差しの中、灰色の街並みを進む。
周囲には一部倒壊した建物の残骸がそこかしこに横たわっている。
かつて行われた戦闘の痕。
爆破痕、壁の銃創、文字通りの爪痕。一部はおよそ人間には作れないような、異常な大きさの爪痕も見受けられた。
「バイオテロ、か」
男がその爪痕を眺めながら独りごちる。
かつて存在していたとある小国群の宣戦布告。
一部の独裁者による暴走で各国にウイルスがばらまかれると同時に、生物兵器による主要施設への強襲。
それに呼応するように小国連盟の軍が各国各都市へ進軍。当時はおよそ世界の半数が制圧されていたと聞く。
…だが悲しいかな、小国故の体力では大国へ対抗する持久力が無かった。
各国は国際的な安全保障の名目の元小国群、連盟を粛正。
小国に関係ある者達は根こそぎ文字通り『消滅』。
各国内のバイオハザード・パンデミックにおいても処置は直ぐに成され、事態は沈静化した。
しかし。
既に国内に入り込んだウイルスの完全処理をするためには滅菌処理しか方法が無く、感染した場合90%以上が死亡する。
死亡と言えばまだ聞こえは良いかもしれない。
というのも、感染した生物は段階を経て別のモノへと変貌する。
その最たるものが、生ける屍とも呼ばれる『ゾンビ』である。
生物学的には死亡はしていない。
とある科学者が小国より回収したデータの解析を行い、前例となる症例を開示した。
個体差により様々だが、人間を例に挙げれば意識混濁、暴徒化、そして外見的な変化である。
その変化が所謂『ゾンビ』に酷似していた為、共通の認識としてそう呼ばれるようになった。
映画などのエンターテイメントの世界では、ゾンビと呼ばれるものは死んだ者が蘇って人々を襲う、といったものがよく認識されているが、このウイルス感染に関しては生きたままゾンビと変化する。
変化が起こると、体内外の著しい代謝に細胞組織が耐え切れず損傷、腐敗を起こし、あたかも映画に出てくるようなゾンビを想起させる風貌へと変化を遂げる。これはウイルスによって急激な肉体の変化が引き起こされたものと認識されており、またその代謝の為に莫大なエネルギーが必要となり、強烈な飢餓感に襲われ手当たり次第に捕食を開始する。
一部では強制的な進化を引き起こされていると唱える科学者もいる位である。
このウイルスに関しては空気感染こそしないものの、感染者が他の者と接触するとほぼ100%感染し、連鎖的な感染を引き起こす。
当然感染するのは人間だけに留まらず、あらゆる生物に感染を引き起こしバイオハザード、パンデミックとつながっていく。
その為、滅菌作戦によりいくつもの都市が地図上から姿を消した。
現在の所沈静化したとはいえ、当時の混乱した状況下のバイオテロの爪痕は各国に散らばっており、何がきっかけで再びパンデミックが起こるか分からない状態となっている。
ここ日本、東京でもそれは例外ではなかった。