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古き良き思い出

処女作ですので、若葉マークをひっさげて無理のないペースで連載していこうと思います。



「ねぇ。カラダ、触ってみる?」

 そう言って布団の中でおちょくってきた彼女との出会いは数か月前にさかのぼる。

 よくある恋愛もののような出会い方では無かったけれど。

 何気ない日常から始まった訳でも、何かロマンチックな事をした訳でもない。

 彼女との最初の出会いは高速道路上、事故を起こして大破した車の中だった。



五月二日

 

 まだ春の心地よい陽気が残る五月。四限の授業が終わり、生徒が次々と教室から出ていく。

 石田啓一は他の生徒よりワンテンポ遅れて立ち上がり、教科書や筆記具をバッグへ押し込んだ。

 建物を出て、西門へ向かう他の生徒とは反対の方向へ向かう。

 教室から歩いて約一分。敷地内の端にあるゴミ捨て場へと向かう。

 ゴミと言っても捨てられているのは、研究室で使わなくなった機材等だ。

 二十万円するオシロスコープや、まだ使えるパソコンやカメラが拾える。

 啓一にとっては宝の山である。

 今日は教育学部と書かれたプロジェクターを拾った。

 HDMIが使えない一世代前の物だが変換できる端子を前に拾ったので問題ない。啓一はバッグに押し込んで家に持ち帰ることにした。

 真っ赤な夕日を受けながら教育学部の建物の横を抜け南門から道に出る。

 それから右に曲がり、三分ほど歩くと啓一の住むマンションにたどり着く。

 外壁が茶色で塗られている、道の突き当り付近に建っているマンションがそれだ。

 一階の郵便受けの中身を回収する。

 大体は広告ぐらいしか入っていないので、即ゴミ箱に叩き込んでいる。

 階段で三階に上がる。右を向いて一番端の部屋が啓一が住んでいる部屋だ。

「ただいまー。って誰も居ないか」

 四限終わりの日は大体こんな感じである。二時間程待っていると部活帰りの妹が帰宅する。

 啓一は手に持っていたバッグをソファーに投げ、郵便受けの広告をゴミ箱に捨てた。

 自分の部屋からバイト用のバッグを持ってさっさと家を出た。

 現在午後四時半。バイトのシフトは五時からなので意外と時間が無い。

 先ほど戻ってきた道を戻る形でバイト先へ歩き出す。

 大学近くのコンビニを通過し、弁当屋の前を通り、高速道路脇のファミレスへ向かう。

 日が傾いていたので明るく照らされた店内の様子がよく見えた。

 店内に入ると、背が高く遠くからでも目立つ男が制服を着てウェイトレスをしていた。

 啓一の親友の一人である清水駿だ。容姿端麗で性格もいい。啓一には勿体ないくらいの友達だ。

 客から注文を聞いている途中だったので、声はかけずにさっさと更衣室へと向かった。

 着替えを終え、タイムカードを入れるために休憩室へ入ると、眼鏡をかけた女子が呑気にスマホを見ていた。

 覗き込むと『プラズマアクチュエータを用いた流体制御』と書かれた記事を読んでいる。

「勝手に覗き込まないでくれる」

 啓一の親友その二、茅ヶ崎麻美が不満そうにこちらをじっと見つめてくる。

 背が小さく、ウェーブ掛かった髪をシュシュで纏めポニーテールにしているのが特徴。

 本やネットから持ってきた科学的な知識を蓄えているため、困ったら相談して損は無い。

 啓一にとっては必要不可欠な親友だ。

「なんか面白そうな記事読んでんなーと思って。俺に分かりやすいように説明してくれ」

「要は電流を流して空気の剥離を防ごうって仕組み」

「えらくざっくりしてるな」

「まだ理解してる途中だから。後は自分で調べれば」

 そう言うと再び視線をスマホに戻す。

「愛想が無いなぁ」

「石田からの評価なんて気にしてないから」

 啓一はふーんと言いながら茅ヶ崎の体を見回す。

「……何?」

 茅ヶ崎が少し嫌そうな感じで反応した。

「お前、そんなに膨らんでたっけ?」

 最初は茅ヶ崎の頭の上に?マークが浮かんでいたが、啓一の視線からどの事を言っているのか理解したのだろう。

 不自然な腕組みをして胸を隠した。

「この大馬鹿野郎。それセクハラ」

「一応俺からの評価は気にしているようだな」

 啓一がフッと笑うと茅ヶ崎はハァとため息をつきながら席を立った。

「石田と居ると寒気がするから行こうっと」

 そう言うと麻美はさっさとフロアに出て行ってしまった。

 啓一は麻美がタイムカードを通し忘れたのに気づいたので、二人分のカードを機械に通しフロアへ出た。

 今日は客足が良くなかったため、店内の様子は落ち着いていた。

 これが休日ともなれば、中高年のおばさま達が集まり一気に賑やかな雰囲気になる。

 仕事は増えるが結構な金を落としていくので悪い気はしない。

「おつかれ」

 空いたテーブルの掃除をしていると駿が寄ってきた。

 駿とは高校からの付き合いで、お互いの事はよく知っている。

「ほらアルコール。忘れてたんじゃないか」

「あ、いけね」

 啓一に抜けている所がある事も駿にはお見通しである。

「お前本当にぼーっとしてるよなー。こんなのに仕事任せて本当に大丈夫なのかなぁ?」

「集中すると他の事が見えなくなるんだよ」

 さっきは完全に皿を片付けることに意識が向いていた。

 治さなくてはいけないクセだと分かっていてもなかなか治らないので、最近はほったらかしにしていた。

 皿を重ねて端に寄せると、もらったアルコールでテーブルを拭いた。

 

 のんびりとした雰囲気の中、まかないを食べたり食洗器を回したりしていたら、あっという間に時が過ぎ十時になった。

 バイトを終え家へ帰ると、部屋の中にカレーの香りが充満していた。

 リビングに入ると、くせ毛でショートヘアの少女がテレビを見ながらぼーっとしていた。

 ぼーっとしているのは親からの遺伝なのだろうか。

「あ、お兄ちゃんおかえり」

 妹の晴奈がにこーとしながらこちらを向く。

 ふわふわしていると言うか、ぽわぽわしていると言うか……。

 動物に例えると羊みたいな雰囲気を持っている。

 啓一は晴奈の頭を撫でてから自分の部屋に入った。

 部屋の中に入る度に、片付けなくてはと思う。

 小学生の頃から使っている机の上には車の雑誌が散乱しているし、床の上には通販の箱やハンドル型のゲームコントローラーが雑に置かれている。

 これが押し入れのある部屋なら、そこに入れてしまえば済む話なのだが、残念なことに啓一の部屋にそんなものは無かった。

 考えるだけ時間の無駄なので、とりあえずベッドの下に入れておいて後で考えることにした。




 日付が変わった深夜十二時。

 啓一は晴奈を起こさないように静かに家を出るとマンションの駐車場へ向かった。

 月に照らされ、いい感じに光っている銀と黒のツートンカラーの車が目に入る。

 Z31と呼ばれている三代目フェアレディZ。これが啓一の愛車である。

 啓一の物になってまだ一か月。

 この車について色々と知らない事もあるが、今のところは特に大きな事故もなく走らせている。

 啓一が県立の高校に入学した際、父親とある約束をして手に入れた車である。

「国立大学に合格したらお父さんの車、好きにしていいぞ」

 今でもはっきりとこの言葉を覚えている。

 元は父が勤めている会社の研究車両だったと聞いている。

 父はターボチャージャーの設計を行っているので、試作品を組み込んで最高速テストでもしていたのだろう。

 外見は社外品のエアロを組んでいて、車内は追加されたコンソール類が大量に搭載されている。

 カラフルな配線がむき出しになっていたり、端子が丸見えになっているのがSFチックで気に入っている。

 映画に出てくる車型のタイムマシンみたいでかっこいい。

 大学生になってから、金曜と土曜の夜は車に乗って首都高へ出かけている。

 一般車が少ない首都高を、東京や横浜の夜景を眺めながらドライブするのは、非日常感を味わえて心地が良い。

 エンジンをかけると、Z31はハイブリット車やファミリーカーからは聞けない、重く深みのある独特なエンジン音を響かせた。

 教習車と比べてやけに重いクラッチを踏みギアを一速に入れ、車を発進させた。

 住宅街を抜け、バイト先のファミレスの信号を左に曲がる。

 そこから横浜新道へ出て、標識に従い三ツ沢公園入口の信号を右折。

 そのまま道なりに進めば三ツ沢ランプから首都高速神奈川二号三ツ沢線に合流できる。

 三ツ沢料金所を抜けしばらく走ると羽田方面と横浜公園方面へ行ける分岐点へたどり着く。

 この日は横浜公園方面へ向かった。

 右手に横浜駅を眺めながら大きく右に旋回し、横羽線下りへ合流する。

 ここまで来ると、啓一はいつもアクセルを踏み込む。

 追加されたものであろうデジタルメーターが時速百八十キロを表示するとアクセルを緩め、速度を維持する。このくらいで流すのが一番気楽なのだ。

 左手に子供向け人気キャラクターのテーマパークが見える。

 レースゲームでははっきりとキャラクターが浮かび上がるのだが、実際は暗く、ただの建物にしか見えない。

 そんなことを思いながら走らせていると、トンネル区間に突入した。

 トンネル内はなだらかな右、左コーナーが混在しているため、車がスピンしないようにアクセル、ハンドルの切れ角を微妙に調節しながら駆け抜けていく。

 ギアを変えるのが面倒なので五速で固定しておく。

 と、突然空が開けた。この区間のトンネルには屋根を取り払っている区間がいくつかある。

 星空でも見れれば幻想的なのだろうが、人工的に作られた灯りに負けていた。

 そんなことを思いながらしばらく走らせていると、目の前に横浜ベイブリッジが見えてきた。

 闇に青白く浮かび上がる塔や、大黒ふ頭の夜景を見ていると自分が映画の世界にでも入り込んだような感覚になる。

 この不思議な感覚が妙に気に入っている。というよりこの瞬間の為に毎週来ているようなものだ。

 その後、ひたすら湾岸線上りを走って辰巳第一パーキングへ入った。

 深夜の辰巳パーキングは閑散としていた。

 来た時には三台停まっていたのだが、啓一が車を降りると二台行ってしまったので啓一の他には一台しか停まっていなかった。

 ちなみにその一台というのはガングレーのR32型GTRだった。ニスモ製N1バンパーにVスペックⅡ用のウィング、意外と珍しい純正フォグランプを装着していた。

 今は閑散としているが、夜十時ぐらいだと高級車や改造車で満杯になる。

 ただ直後に警察によって蹴散らされるのがオチだ。

 その後すぐに辰巳パーキングは閉鎖されてしまうのだが、最近は十二時辺りになると閉鎖が解除される。

 今回はそのタイミングを見計らって立ち寄ってみた。

 夜特有の涼しい風が心地いい。聞こえる音はトラックの走行音くらいである。

 トイレで用を足した後、自販機の前で何を飲もうか悩んでいると、ふと広告が目に留まった。

 透き通った白い肌、輪郭の整ったきれいな顔、きれいな艶のある髪でポニーテールを作っている女性がアップルサイダーと書かれたペットボトルを持っている。

 啓一はこの女性の名前を知っていた。というより、日本人なら嫌でも名前を知っているだろう。

 舞鶴結衣。

 日本で一番有名な芸能人と言っても過言ではないだろう。

 確か十歳の頃からモデルとして活動していたはずだ。

 最近ではドラマにも時々顔を出している為、そのうち女優にでもなりそうな感じがする。

 今も昔も男子の憧れの的である為、中学、高校と舞鶴結衣の写った出版物をクラスに持ち込めばその日は一日中ヒーローになれた。

 啓一もそれで何度自身の評価を上げたか分からない。

 とにかく、彼女はそれだけ影響力を持っていたし啓一の古き良き思い出でもあるのだ。

 彼女に懐かしさを感じ、自然とアップルサイダーに手が伸びた。


 飲み物も買ったので車に戻ろうと歩き出した時、先ほどから停まっている車の傍に二人の人影が見えた。

 さっきは気づかなかった。どこから現れたのだろう。

 別に興味は無いが、そばを通る際に顔を見てみた。

 一人は六十過ぎのおっさんで、もう一人に対して車に関するウンチクを偉そうに語っていた。

 やれやれ、もう片方は災難だな。

 そんなことを思いながらもう一人を見てみる。

 もう一人は女性で、話をひきつった笑顔で聞いていた。多分おっさんのほうが立場が上なのだろう。

 シンプルな白のワンピースは袖口のカフス、えりが付くことによって上品な印象を与えている。

 スポットライトのような街灯に照らされた彼女は、女性にしては若干背が高かった。ぱっと見166cmぐらいだろうか。

 ちなみに啓一の身長は170cmピッタリである。あと3cmは最低でも欲しい。

 あの女性から3cmくらい身長をひったくれないだろうかと思いながら観察を続ける。

 街灯に照らされた肌は白く透き通っていて、顔は輪郭が整っていてとてもきれいだ。

 艶のある髪は後ろで縛ってポニーテールにしていた。

 ……まてよ。

 何と言うか、舞鶴結衣の特徴とよく似ている。

 というより本人か!?

 思わず立ち止まって彼女を見つめる。

 見れば見るほど、本人にそっくりである。

 間違いない。初めて存在を知ってから六年余り、ようやくその本人に会えた。

 啓一は若干動揺していた。

 表情や行動には表れないが、心がドキドキしてたまらない。

 ふと、我に返ると二人がこちらを見ているのに気づいた。

 このまま見ていて声をかけられても面倒だったので、おとなしく車内に戻った。

 憧れの舞鶴結衣に見られたという気恥ずかしさと、視線からほのかに感じた敵意による妙な恐怖心が混ざった変な感情を抱えることになった。

 車内に戻ったと同時に、R32は出発してしまった。

「……」 

 啓一はしばらくその後ろ姿を見つめていたが、R32が本線に合流したと同時にキーを回し、即座に一速にギアを繋ぐとアクセルをベタ踏みで追跡を開始した。

 せっかく会えたのにまだ離れたくないという気持ちがすべてを支配していた。

 啓一に他の事はもはや見えていなかった。

 辰巳パーキングにはタイヤの空転による派手なブラックマークが残された。


 本線に合流し、大きく左に曲がるとR32の特徴的なテールランプが見えた。

 右脚すべての筋肉を使いアクセルペダルに力を叩き込む。

 ここから木場料金所付近までは、ほぼ直線である。

 相手の馬力がどの位かは分からないが、今はZ31の性能を信じてただ踏み続けた。

 エンジンが今まで聞いたことのない唸りをあげている。

 スピードメーターはとっくに二百キロを振り切っている。

 街灯や道路の白線が見たことのない速さでぶっ飛んでいく。

 啓一は視覚的な情報から恐怖を感じていたが、そんなことはどうでもよくなる位前を走るR32に夢中になっていた。

 目の前にスカイツリーの灯りが見えてきた頃、R32を射程圏内へ捉えた。

 たまに現れる一般車をひらりとかわしながら徐々に距離を詰めていく。

 木場料金所付近の左カーブ。

 R32はきっちりグリップして曲がっていくのに対して、啓一はタイヤを滑らせながら曲がった。

 車の角度に合わせて細かくカウンターステアを切っていく。

 タイヤを滑らせながら曲がるのは基本的に無駄が多く、遅くなる要因なのだが今の啓一には関係なかった。

 一見デタラメに見える走り方でも、啓一の作り出した集中力がそれらを無視してZ31を速くしていた。

 箱崎ジャンクション、江戸橋ジャンクションを抜け都心環状線へ合流する。

 ここから先は橋げたが道路上に出現する区間なので自然とアクセルを抜いた。

 最初の橋げたでR32は左車線へ入る。

 啓一は右車線へ飛び込み軽くアクセルオフ。R32の横に並んで次の橋げたへと向かう。

 負けてない、俺のほうが速い!

 そう確信して啓一は道をなぞり続けた。

 二つ目の橋げたを通過後、角度が急なS字コーナーへ飛び込んでいく。

 Z31が左に姿勢を変えた時、突然後輪の感覚が消えた。

 アクセルをラフに踏みすぎたことを後悔する間もなくZ31は激しいスキール音をたてながら姿勢を崩す。

 啓一は舌打ちしてアクセルを少し戻し、ステアリングを多めに切ってスピンを食い止める。

 豪快に横を向いたものの、何とか進行方向を戻すことに成功した。

 そしてこの時付いた慣性を使って車を右に向け、次のコーナーに対応した。

 傍から見るとカッコイイものの、R32とは大きく差が開いてしまった。

 啓一は鬼のような目つきで離れていくR32を猛追した。

 この時、啓一の心情に変化が起こっていた。

 と言っても特別なことでは無く、頭の中から舞鶴結衣の事が綺麗に抜け落ちていたのである。

 啓一は舞鶴結衣関係なしにR32を追いかけることに夢中になっていた。

 なぜ自分が前の車を追いかけているのか、そもそもなぜR32が逃げているのかなどという事は今の啓一にとって重要ではなかったのだ。

 R32がレインボーブリッジ方面に進む。

 啓一も前に浮かぶテールライトを頼りにコースを作っていく。

 

 ここで啓一、ちょうどオーディオがあったであろう位置にいくつかスイッチが並んでいることに気づいた。

 今はMIDのスイッチが押されているが、左右にはLOW、HIGHと書かれたスイッチが並んでいる。

 芝浦ジャンクションを通過した辺りでHIGHのスイッチを押してみる。

 どんな効果があるかは知らないが、目の前のR32を追い抜くためなら試さない手はなかった。

 スイッチを入れたと同時に電子音が鳴った。

 と、BOOSTと書かれたメーターが一.五から二.〇を指す。

 それに連動するように車の加速力にパンチが効いてきた。体がシートに張り付けられる。

 この急な加速にビビったのか、相手も加速して対抗してきた。

 するとあっという間にレインボーブリッジ手前の左コーナーが迫ってきた。

 啓一は強めにブレーキを効かせコーナーに備えたが、相手はそのままの速度で飛び込んでいった。

 そして左に旋回しようとした瞬間、後輪から白煙を吐いて姿勢が崩れた。

 コントロール不能に陥ったR32は左に回りつつリアから壁に向かった。

 そして右後ろ付近を壁にヒットさせる。

 この時の衝撃ではじき飛ばされた車体は右回りに回転方向を変え、今度は正面から壁に突っ込んだ。

 激しい衝突音とともに車体は宙に舞い上がり、パーツをまき散らしながらまるでコマのように回転する。

 宙に舞ったガラスや砕け散ったパーツなどがキラキラとライトの光を反射している。

 この状況に直面した啓一は恐ろしいほど冷静だった。

 特に動揺するわけでもなく、的確にステアリングを切っていく。

 一瞬の判断でこれから空くであろうスペースに車体を滑り込ませていく。

 啓一は左に空いたスペースめがけて車を突っ込ませた。

 リアをスライドさせながら最小限の舵角で車を旋回させる。

 と、車体に何かが激しくぶつかる音が車内に響いた。

 思わずアクセルを緩める。

 Z31はドリフト状態からスピンへ移行し大破したR32のほうを向いて停車した。

 相手の車を見ると、ライトに照らされたボディには余すところなくシワが刻まれていて、一部ボディパネルが剝れていた。

 ガラスには網目状のヒビが走り、フロント部分は原型を留めていなかった。

 リアスポイラーは当然なくなっており、横からはマフラーと思われる物が見えていた。

 乗員は大丈夫だろうか。

 車内を見てみる。運転手の男はうつむいてぐったりとしていたが、動いているのが見えたので、一応生きているようだ。

 ここで啓一はようやく舞鶴結衣の存在を思い出した。

 慌てて助手席を見るが、ヒビ割れのせいでよく見えない。

 啓一は車を飛び出ると小走りで助手席側に駆け寄った。

 ドアの窓は完全に割れていて、中の様子を見ることができた。

 舞鶴結衣の横顔が見える。

 頭からは血が流れていて、白のワンピースを鮮やかな赤に染めていた。

 目はハッキリと見開いているが、さっきから微動だにしない。

 まさか……、と最悪の状況を覚悟する。

 とりあえず反応を見るため車内に手を伸ばした。

 その時、彼女は突然こちらの方に顔を向けた。

 最初は驚いたように目を丸くしていたが、すぐに明らかな敵意を持った目つきに変った。

 啓一は彼女から発せられる殺気に恐れおののいた。

 すぐに自分の車へと駆け出し、シートベルトをするのも忘れてギアを繋いだ。

 そして他の人に見られないうちに首都高の闇へと紛れた。


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