表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
儚い花は二度咲く  作者: にとりお
3/3

第2話 食堂


ーー「ところで浅井さんは、特例保護司になって、まだ1日目だよね。早速で悪いんだけど、特例権限を行使して、『薬』、貰ってきてくれない?」ーー


カズラがにこりと、愛嬌のある八重歯を見せ、笑いながら俺に問う。


冷や汗が頬を伝い、部屋の空気が一瞬にして緊張感に包まれたような気がした。


「特例権限?『薬』?すまないが、言ってることが全然わからなくてね。残念だが、要望には答えられなさそうだ。」


そう答えると、カズラは一瞬、眉間にしわを寄せたように見えたが、すぐに納得したような表情になり、明るく答える。


「そっか!浅井さん、特例権限の存在を知らないのか!特例権限ってのは、保護活動、支援活動のためなら、法を『逸脱』しても、罪に問われない、特例保護司に認められた独自の権利の事なんだよ。特例保護司さんは大義名分があれば、罪に問われないから、私はいつも、その時の特例保護司さんに、『薬』の調達をお願いしてるんだ。」


「なるほどな。特例権限ってのは良く分かった。ただ、その権限を俺が有している事と、俺が君の願いを素直に聞くかは別問題だ。悪いが、君に『薬』を与える事が、社会復帰を支援することに繋がることになるとは、俺には思えない。」


そう答えると、カズラの表情は一変する。

虫を噛んだかのような苦い表情へと変わり、澄んだ青い瞳が、俺を値踏みするかのようにじっと見つめる。


「そっか。浅井さんは私の事、助けてくれないんだ。そしたらまた、『前任』の人と同じ目に合うことになるかもね。」


カズラは、先ほどの活気ある声とは対照的な無機質な冷たい声で、俺にそう告げた。


「『前任』がどうだったかは知らないが、現状、俺は、君の薬物依存の手助けをするつもりはない。その代わり、共に薬物を断つための努力はするつもりだ。」


俺は、語気を強めて主張した。

特例保護司が、この子たちの居場所になる仕事であっても、この子たちの心に寄り添うのと、甘やかすのとは別問題だ。


「……。うん、浅井さんの気持ちは伝わったよ。取り敢えず!もう夕飯の時間だから、私は食堂に行くね!」


明るい少年のような声で、そう言うと、カズラは一階の食堂へ向かって足早に駆けていった。


「『薬』ねぇ…。」


俺は、カズラに正論を言った。間違った事は言っていないが、何処か釈然としない気持ちを抱えたまま、二階にある自分の部屋から、一階の食堂へと向かった。





ギィッという音を立て、食堂の扉を開ける。食堂には16人掛けの長机が用意されている。食堂の雰囲気が薄暗いのは、照明がなく、壁に備え付けられている蝋燭で灯りをともしているからだろうか。


この建物に入った時から感じていたが、この建物の屋内は、古い洋館の様になっていて、部屋の節々から不気味な雰囲気を感じる。


テーブルには、既に、先程まで話していたカズラ、アザミが座っている。16人掛けのテーブルの一番奥に対面で座っているため、長机には異様に空席があるように感じる。


俺は、一つ空席を開けて、カズラの隣に腰掛ける。料理は既にテーブルに並べてあり、高級そうなイタリアンが食卓を彩っている。


椅子に腰掛けてすぐに、キッチンから桔梗(ききょう)さんが出て来た。


「あら、みんな揃ったかしら。今日は浅井さんが来て、初めての夕食ね。お祝いの気持ちを込めて、腕をふるったから、たくさん食べてね。」


この料理、桔梗さんがつくったという事実に驚きが隠せない。また、歓迎してくれるということが素直に嬉しく、頰が緩む。


「桔梗さん、ありがとうございます。いつも料理は桔梗さんがされてるんですか?」


「そうね。特例保護司が毎日作る事になるんだけど、私はここにいる期間が長くて、キッチン用品とかの場所も分かるから、ずっと私が作っているわ。」


「まあ、取り敢えず、料理が冷めないうちに、早く食べましょう。アザミ、いただきますの挨拶して。」


桔梗さんが、そう言うと、アザミは元気良く声を出す。


「はーい!それでは皆の衆、手を合わせてぇー!いただきま〜す!!」


「「いただきます」」


アザミの声とは対照的に、機械的な二人の声が食堂に冷たく響いた。


それに追いかける様に、いただきます、と挨拶をし、桔梗さんの手料理を食べることにした。


「ところで桔梗さん、ここには、桔梗さんとアザミ、カズラの三人だけで暮らしているんですか?」


桔梗さんに尋ねると、横から桔梗さんの声を遮る様に、カズラが答えた。


「あとはもう一人、今もここに住んでるよ。足が不自由だから、食堂に来ないことが多いんだ。アザレアっていうんだけどね。」


アザレア…。まだ会っていない子もいるのか。


「あとは、少し前までは、その子と私たちを入れて七人で暮らしてたんだけどね。一人は貴方の前任者。あと二人は、もう『卒業』したよ。」


『卒業』…?その言葉は一体…。


「『卒業』?」


「その言葉の通りだよ。もうここには、いなくなっちゃったの。前任の特例保護司の人に、殺されちゃったの。特例権限があるから、その人は何も罰を受けてないけどね。」


殺された…?特例保護司に…?


カズラの言葉の意味が咀嚼しきれずに、この夜は終わりを告げた。


第二話 「食堂」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ