第五話 小さき勇者と宿敵の獣
待ちに待った戦闘回!
誰が待ってたか何て知らないが…
三人が橋を渡り終えてしばらく歩くと、大きく開けた見晴らしのいい場所に着きました。
本来はここで休憩を取る予定でしたが水辺と橋の前で二度休憩を取ったので夕暮れまでに村に戻りたいアルベルートはそこを素通りし、一直線にその更に上に向かう坂道を登っていくのでした。
「ここから坂道きつくなるんだね」
「そうですねーー でもここを登りきればアプリルは目の前ですから頑張りましょう」
「……おー」
坂道が思った以上に急になって空っぽのはずの籠がやけに重く感じるアルベルートとは逆に、ちびべこは慣れた足取りで軽快に上って行きます。
フェリンも身軽なお陰かちびべこの足取りについて行くことが出来ているようです。
「二人とも早いよー ちょっと待ってよー」
アルベルートも頑張って二人に付いて行こうとしますが、サイドバッグと背負っている籠の重みで上手く思ったように歩けないようです。
それを見かねたフェリンは、ちびべこと繋いでいた手を離しゆっくりゆっくりとアルベルートの元まで下ってきました。
「……持つ?」
「ありがとうフェリンーー でもこの籠は重いからこっちのバッグをお願いするよ」
「……わかった」
フェリンはアルベルートからサイドバッグを預かり肩に掛けると、アルベルートの手を取り一緒にちびべこの元へ上って行くのでした。
「あははーー 本当にお二人は仲がいいんですね」
「そうかな? 僕と歳が近い子ってフェリンくらいしかいないから一緒にいることが多いからねーー 何だろう? 兄弟いないけど妹みたいな感じなのかな?」
「そうなんですか? 私たちみたいな魔族にはそういう感情というか概念ですか? が無いのでちょっとだけ羨ましくも感じますね」
「ちびべこちゃんには姉妹っていないの?」
「そうですねーー 同じ母体から生まれてくるって意味ではこの森の全ての山辺娘が私の家族であり姉妹と言うことになりますかね? でもさっきも言いましたが私たち魔族には家族はあっても姉妹のような概念は無いので説明が難しいですね」
先に言っておきますが本来は魔族にも兄弟(姉妹)の概念はありますが、山辺娘は元々が雄が生まれ無い女傑種族であり、その出生も明らかにされていない謎な種族です。
その為、山辺娘には親や家族という概念はありますが、姉妹という概念は持ち合わせていないようです。
「見てくださいアルベルートさん!」
「何々?」
ちびべこに促されるように指差す方向を見ると、そこにはとてもで美しく自然豊かな森の全貌が広がっていました。
その奥にはルーシェの村も見え、とても小さいですが畑で働くおじさんたちの姿も見えます。
「……凄い」
「どうですか? 少し大変な道程でしたが…… その分の達成感もあったんじゃないですか?」
「うん! 何だろう…… もう凄いって言葉しか出てこないよ」
「ここは私のお気に入りの場所なんですーー アルベルートさんが朝に起きて井戸まで顔を洗いに行く姿もここからなら良く見えるんですよ?」
「え!? この距離を!? 僕には点にしか見えないけど……」
「私これでも目はとっても良いんですよ? 他の皆もこのくらいの距離なら見えるんじゃないでしょうか?」
「そうなんだ…… 知らなかったよ」
長く山辺娘と関わって来たアルベルートも山辺娘の目の良さの事は知らなかったらしくただただ驚くばかりでした。
警戒能力が高い山辺娘は外敵から身を守る為に五感がとても鋭く、その中でも目と耳の良さは魔族の中でも上位に入る能力を持っています。
「私はこの場所から見えるこの景色が好きですーー 自然の移り変わりも季節の風の変化も…… 色々な事を教えてくれるこの場所が好きです」
「確かにーー 風がとっても気持ちいいね」
「はい! それではこの景色もアルベルートさんに見せられましたし本来の目的でもあるアプリるを取りましょうか」
「そうだねーー 速くいかないとそろそろフェリンが駄々を捏ね出すと思うし」
「頂上まであと少しですのでもう少し頑張りましょう!」
アルベルートとちびべこは仲良くお喋りをしながら残りの坂を上っていきました。一足早く頂上についていたフェリンは目をキラキラさせながら沢山の木に実っているアプリルを見つめているのでした。
その目は普段の無表情なフェリンからは想像もつかないくらいに気分が高揚していると誰が見ても分かるくらい興奮しているようです。アルベルートもこんな表情のフェリンを見たことがなく思わず吹き出しそうになるのを堪えています。
「……アプリルいっぱい!」
「すごいねー! 僕も初めてアプリルの木を見るけどこんなに大きいんだ!」
「二人はアプリルの木を知らないんですか?」
「うんーー 村にはアプリルの木は無いから僕たちは赤い実の部分しか知らないんだよね」
「……採ってもいい?」
「いいですよーー フェリンちゃんの分は私が採りますね? これでも木登りは得意なんですよー」
ちびべこはそう言うと手慣れた手付きで素早く木を登って行きます。アルベルートも負けじと木を登ろうとしますが、うまく隙間に足が掛からず何度も滑って落ちてしまいます。
「アルベルートさんーー 私が採って下に落としますから上手く取ってくださいね」
「わかった! アプリル採るのはちびべこちゃんに任せるよ!」
「はーい! 任せてくださーい!」
こうしてアプリルを採る係と拾う係に分かれアルベルートとフェリンは無事に沢山のアプリルの実を採ることに成功しました。
ですが思った以上に採りすぎて籠いっぱいになってしまい背負うことができません。
「ごめんなさいーー ちょっと採りすぎましたね」
「ちびべこちゃんのせいじゃないよーー でもどうしようこれ」
「任せてください! 持ちきれない実は私が貰うのでとりあえずここにまとめて置いておいてください」
「……アプリル」
「フェリンもいっぱい採れてよかったね」
「……うん!」
フェリンの持ってきた肩掛け鞄は子供用で小さくその中には五個のアプリルが入りました。とても沢山と言えるような量ではありませんが、初めて自分で採ったアプリルにフェリンにとってそれでも大満足でした。
「それでは残りはラモンですね」
「思っていた以上に重いな…… 滑らないように気を付けないと」
「下ったら一度フェリンちゃんを寝かせた川辺で休憩しましょうーー また獣道を通るのでアルベルートさん達はそこで休憩しておいた方がいいと思います」
「わかったーー それじゃ行こうか!」
「……おー」
重たい籠を背負い短くも長い帰路につくアルベルート達、急な坂を下り三本橋のある手前の広場に差し掛かった時の事です。遠目に見ても分かる位大きな黒い影が見えました。
大きな体に毛むくじゃらな体、四本足で佇むその姿にアルベルートは見覚えがあります。小さい頃に一度無謀にも挑んだ山獅子です。幸いな事に風下にいるアルベルート達の匂いに山獅子はまだ気づいてはいないようです。
「なんでこんな所にあいつが……!」
「おそらくアプリルの匂いに釣られてこんな所まで来たんだと思いますーー ですが橋の前にいられては私たちも身動きが取れません…… どうしましょう」
「あの橋以外に道は無いの?」
「すみませんがここに来る唯一の道があの橋なんですーー ここは一度木陰に隠れて様子を見た方が良いかもしれません」
「わかったーー 気付かれないようにゆっくり動こう…… フェリンも大丈夫」
「……うん」
アルベルート達がゆっくりと森の木陰に隠れようとした時の事です、運悪く風の方向が変わってしまいました。アルベルート達がいる方が風上になってしまい山獅子は風の中に香るアプリルの匂いで一瞬にしてアルベルート達を察知してしまいました。
山獅子はアルベルート達を見ると勢いよく地面を鳴らしながらまっすぐに突っ込んで来ようとしています。
「まずい! 二人とも逃げて!」
「はい!!」
一斉に走り出すアルベルート達、普段ならアルベルートの後ろに隠れているフェリンもちびべこに手を引かれ一目散に走っていきます。アルベルートは背負っていた籠を下ろしアプリルの実を山獅子に向かっていくつも投げます。運よくアプリルの実に食い付いてくれれば良いと思っていたアルベルートの打算は外れ山獅子は勢いを殺すことなくそのままアルベルートに突っ込んできます。
アルベルートは咄嗟に横に飛びましたが、受け身を知らないアルベルートはそのまま肩から地面に叩き付けられてしまいます。何とか直ぐに立ち上がり鞄の中からナイフを取り出しますが先ほど地面に叩き付けられた時に利き腕を損傷させてしまったみたいです。
(まずい!まずい!まずい!まずい! どうする!どうしたら)
目の前の山獅子への恐怖と肩の痛みで思考が上手く働かないアルベルート、ですが山獅子にそんな事は関係無く体勢を立て直すともう一度アルベルートに向かって突進してきます。
「アルベルート!」
「逃げてください! アルベルートさん!」
遠くからフェリンとちびべこの声が聞こえましたが、今のアルベルートにはその声は届きません。恐怖に体が硬直してしまいアルベルートの足は重く、その場を動く事が出来なくなってしまっています。
思考の中に死をイメージしたアルベルートは母であるミランダの顔を思い浮かべました。
いつも笑っていたお母さん……
危ない事して怒るお母さん……
心配かけて泣いてくれたお母さん……
毎日あきれ顔で送り出してくれるお母さん……
(ごめん…… お母さん……)
アルベルートが完全に死を覚悟した次の瞬間、森の方から一直線に大きな物体が飛んできました。それはアルベルートと山獅子の間に突き刺さるように落ち、その後ろから勢いよく走ってくる黒い影が見えました。
その体は大きく、体長は2m以上あると思われ人間のような体に牛の頭をしたモンスター【ミノタウロス】でした。アルベルートの目の前にはミノタウロスが投げたと思われる大きな斧が突き刺さっています。
山獅子はすぐに後ろを振り返り突進しようとしましたが、その前に走ってきたミノタウロスに牙を掴まれそのまま押さえ付けられてしまいます。
「ミノさん!!」
「ンモォオオオオ!!!」
アルベルートは何とも頼もしいミノタウロスの姿に安心したのか、今まで押し込めていた感情が一気に噴き出しその場で泣いてしまいました。
ちびべこはそんなアルベルートに一目散に駆けつけると涙でぐちゃぐちゃの顔をその胸の中に隠してくれます。ゆっくりと赤ちゃんを宥める様に頭をなでながら優しく声を掛けます。
「大丈夫ですよ…… 大丈夫ですよアルベルートさん…… 怖かったですねーー もう大丈夫ですからね……」
「……大丈夫」
いつの間にかフェリンにも頭を撫でられていた様でアルベルートは少しづつ落ち着きを取り戻す事が出来ました。落ち着きを取り戻すと今のこの状況が一気に恥ずかしくなり二人を引き剝がそうとしますが二人掛で押さえられている事と、ちびべこの力の強さにアルベルートは引き剥がすことを諦めました。
ミノタウロスは掴んでいた山獅子の牙を思いきり振り上げ山獅子を地面へと叩き付けます。山獅子が大勢を崩している内にミノタウロスはアルベルートの前に刺さっている自分の斧を拾うと山獅子に向かって振り下ろします。ですが山獅子もしぶといもので、一気に体制を起こすと振り下ろされた斧を自慢の牙で受け止めましたが斧の勢いには勝てず自慢の牙を一本失うことになりました。
山獅子とミノタウロスはお互いに睨み合っていましたが山獅子は方向を変えると森の奥へ走り去っていきました。
ちびべことフェリンは走り去っていく山獅子の後姿を見てホッとしたのかアルベルートを抑える力が抜けました。アルベルートはその隙に二人から離れると顔を真っ赤にしながら二人に謝罪と感謝を伝えました。
「ごめんミノさんーー 助けてくれてありがとう…… 僕……何もできなかったよ」
「ンモー」
「二人も危険な目に会わせちゃってごめんねーー 落ち着かせてくれてありがとう」
「いえいえーー アルベルートさんは頑張ったと思います」
「……頑張ったー」
「僕は全然強くなってなかった…… いっぱい修行して強くなったつもりになってただけなんだ…… 実際は誰も守れなかったしモンスターも倒せなかった……」
アルベルートは実際の戦闘を経験して今までの自分の甘い考えが全て間違っていたことを実感させられ勇者に憧れる自分と、自分は勇者にはなれないという現実の中で自信が無くなってしまいました。
「ンモー! ンモンモー!」
「え? どうしたのミノさん?」
「ンモンモンモー! モモンモンモー?」
「確かにあいつは強かったがーー それ以外は普通の人間だったぜ? だそうです」
「え!? ミノさんは勇者を知ってるの!?」
「ンモー! ンンモンモンモー? ンモンンモンモー?」
「まぁなーー 10年前くらいか? まだ人間がベクトリアムに攻めてきてる頃に一戦な?」
「それって! 魔王を打ち倒した謎の勇者!?」
「ンモ? ンモンモモンモ? ンモンモ……」
「は? 魔王を打ち倒した? 何だそりゃ……」
「え? だって本では魔王は勇者に倒されて世界は平和になったって……」
「ンモンモー! ンモンモモン……ン!!!!!!」
ミノタウロスが何かを言いかけようとした時にどこからかいきなり現れたナーさんがミノタウロスの口を押さえ付けた。いつもののんびりとした雰囲気は無くその鬼気迫った雰囲気にはさすがのアルベルートも肌で感じるようで恐怖が生まれ何も言えずにそこに立っている事しかできなかった。
「ミノタウロス…… 私が君に頼んだのはアルトちゃんの護衛なはずだ……」
「ン!!!ン!!!ン!!!」
「それが何だいこの状況は…… 君が居ながら何故アルトちゃんが怪我をしているの……? 君の口から説明してもらおうか」
そういうとナーさんは押さえていたミノタウロスの口をゆっくりと放しました。
「ハァハァハァハァ…… ンモー…… ンモモンモンモ……」
「いやいやーー 私は君の謝罪の言葉が聞きたいのではなくて……」
「ごめん! ナーさん! ミノさんは何も悪くないんだ! 僕が……僕が弱かったから…… だからミノさんを怒らないで!」
咄嗟のアルベルートのその言葉にナーさんは言葉を止めゆっくりとアルベルートの方へ振り替えるのでした。ですがその顔はいつもの優しい笑顔ののんびりとしたナーさんでした。
「んなー……? 怖がらせちゃったかなー…… ごめんねー? この子にアルト君の護衛を頼んでたからボロボロのアルト君見てついねー」
「あはは…… そうなんだーー 本当に助かったよ…… ありがとう」
「んな? 何か元気ないーー 大丈夫?」
「……僕は大丈夫」
「んなー…… 怖いモンスターは居なくなったからアルト君もお使いの続きに行った方が良いよー もう大分日も傾き始めてるしねー」
「……うん 本当にありがとうミノさん…ナーさんーー それじゃあ行こうか二人とも」
そう言ってアルベルートは立ち上がろうとしますが山獅子の攻撃を避けた時の怪我が響き上手く立ち上がる事が出来ません。ですが怪我をしている事を悟られたくないアルベルートは痛みに耐え無理やり体を起こすとそのまま二人を連れて坂道を下っていくのでした。
5話新規モンスター
*山獅子(山イノシシ)
*ミノさん(ミノタウロス)