第三話 小さき勇者とちびべこちゃん
このペースだと旅立つまでまだまだ掛かりそうだな
これまだ幼少期だから本編すら入ってないのに・・・
森の入り口まで来るとアルベルートは一度籠を下ろし、肩掛け鞄の中から手袋を二人分出して一組をフェリンに渡しました。
「森の植物の中には触るだけで怪我する物とかーー 痒くなったりする物とかあるから安全の為にこれ付けておいて?」
「……わかった」
フェリンはアルベルートから手袋を受け取ると素直に手に装着しますが、少し大きかったのかフェリンの手にはブカブカだったようです。
「……ぶかぶか」
「ちょっと大きかったかーー でもこれしか無いから我慢してね」
「……わかった」
「アプリルの実はちょっと高い位置にあるからーー 疲れる前にアプリルから採りに行こうか」
「……! アプリル!」
「あはははーー フェリンは本当にアプリルが好きだね」
アプリルと聞いただけで目を輝かせるフェリンを見てアルベルートもつい笑ってしまいました。
「でもねフェリンーー 森に入る前に一回お断わりを入れるから待っててね」
「……ん?」
アルベルートはそう言うと、大きく深呼吸をした後に酸素を思い切り吸い込み……。
「やーまーべーこーさーん!!!!」
森中に響く大きな声で森の主である山辺娘を呼ぶのでした。
その声を聞いてのっそりと草陰から現れたのは今朝に一緒にいた山辺娘ではなく、今朝の山辺娘よりものんびりしている通称【ナーさん】と呼ばれる山辺娘でした。
山辺娘が近づいてくると、アルベルートの後ろにフェリンは隠れてしまいました。
「んなー…… アルト君だー」
「あ! ナーさん!」
「んなー…… こんにちわー」
「こんにちはナーさんーー 今日はお使いを頼まれて森の中に入らなきゃ行けないんだ」
「んなー? そっかー…… んー…… ちょっと待ってねー」
ナーさんはのんびりと後ろを振り返るとアルベルート同様大きく息を吸い込み森中に響く大きな声で鳴き出しました。
「んんーー!! なぁーーーー!!」
その鳴き声で現れたのは、何とも小さい山辺娘【ちびべこ】でした。
「呼びましたかー? あ! アルベルートさん」
「こんにちはちびべこちゃん」
「はい! こんにちはです!」
ちびべこは山辺娘の幼体に当たる人型モンスターです。幼体の頃から成体の山辺娘同様にお乳が出るのでその小さな体にしては立派な胸を持っています。
アルベルートとちびべこの出会いは本当に偶然で、アルベルートがもう少し小さい頃に森の奥に入り迷ってしまった時に助けてくれた山辺娘と一緒に木の実採取をしていたのがこのちびべこでした。
それからアルベルートが森の近くで修業をしていると度々現れては一緒に遊ぶようになり、いつの間にか人類語を覚えたようです。
「んなー…… アルト君が森に入るから道案内ー」
「そうなんですねーー 分かりました! 任せてください!」
「んなー…… よろしく頼んだよー」
ナーさんはちびべこにそう言うと、また茂みの方へのっそりゆっくり帰っていくのでした。
「ありがとう! ナーさん!」
アルベルートが茂みに向かうナーさんにお礼をすると、とても優しい声で「んな~」と鳴いてその場から立ち去るのでした。
「よろしくねーー ちびべこちゃん」
「はい! よろしくお願いします!」
「いつの間にか大分言葉が上手くなったねーー ついこの前までは片言だったのにね」
「アルベルートさんとお喋りしてる内に自然と覚えました! …でもまだ難しい言葉は苦手なんです」
ちびべこはちょっと照れ臭そうにそう言いながらアルベルートの後ろに隠れている少女の事が気になりました。
「……ジー」
「あのー? そちらの方は?」
「この子はフェリンーー ちょっと人見知りだけど素直な良い子だよ そう言えばフェリンは山辺娘さん達見るの初めてだっけか?」
「……食べない?」
「た!食べませんよー! 大好きなのは自然の木の実や果物とかです!」
「……アプリル?」
「アプリルも大好きですよー」
「おー……!」
その言葉を聞いてかフェリンはアルベルートの後ろから出てきて、そのままちびべこに抱きついてしまいました。
先ほどまで警戒されていただけに、ちびべこはそんなフェリンの行動に動揺を隠せませんでした。
「え? え!? あの!? あのあの!!」
「……好きー」
「プッ…… あはははははは!!!」
「あのあの! どうゆう事でしょうか!?」
「フェリンの大好物がアプリルの実なんだよーー だから好物が一緒だったから友達だと思ったみたいだね」
「なるほど! お友達ですか」
「……お友達ー」
「はい! 私達はお友達です! アプリルの友です!」
「おぉー……! アプリルの友ー」
「あはははは! くすぐったいですよー!」
小動物のようなフェリンの行動にアルベルートはほっこりしながら、じゃれ付く二人を眺めるその顔は、まるで本当のお兄ちゃんのようでした。
「よし! それじゃ二人とも! そろそろアプリルとラモンを採りに行こうか」
「……おー」
「はい!」
フェリンはちびべこと一緒に手を繋ぎ森の中へ入っていきます。
アルベルートは先ほどまでフェリンと繋がれていた手に少し寂しさを覚えながらも、フェリンに新しいお友達が出来た事の嬉しさが込み上げ、何とも言えない気持ちでいっぱいでした。
森の中を歩いて少しすると道が二手に分かれます。
アルベルートが森の奥に入るのは山辺娘さんに助けてもらった小さい頃以来なので、正直本当にアプリルやラモンまで辿り着けるか不安でした。
そんな中フェリンまで付いてくる事になり内心とても心配でしたが、ナーさんのお蔭でちびべことゆう頼もしい案内役が付いて来てくれる事になりアルベルートの不安は少し取り除かれたようです。
「分かれ道ですねーー 最初は何を採りに行くんでしたっけ?」
「……アプリル!」
「あははー そうでしたね!」
「左に山が見えるから左かな?」
「実は左から行ければすごく近いんですけど…… 途中に川があって行き止まりになっちゃうんですよ」
「そうなんだーー でも川って事はもしかして……?」
「多分アルベルートさんが考えてることは正しいですよー? 左に行けばラモンを採りに行けますよー」
「ちびべこちゃんならアプリルとラモンを採る場合どのルートで行けば疲れにくいと思う?」
「うーん…… そうですねー…… やはりアプリルからでしょうか? 山を少し登るのでなるべく人間さんは身軽な方が良いですよね?」
「やっぱりそうだよねーー なら予定通り最初はアプリルの実を採りに行こう!」
「……アプリルー!」
「分かりました! アプリルはですねーー この別れ道を右に行ってからぐるりと回って最初に川の上に向かうんです 上の方に橋がありますのでそこを渡れば山に向かえますよ」
「ちょっと回り道になるんだね」
「結構道が複雑なので逸れないように注意してくださいね? 橋を渡った先に少し開けた場所があるのでそこで一旦休憩にしましょう」
「わかったーー それじゃ道案内よろしくね」
「はい! 任せてください」
こうしてアルベルートとフェリン、そしてちびべこの二人と一匹は人生初のプチ探検の第一歩を踏み出すのでした。
分かれ道から右に向かうと目印になるような物は何も無く木々の間に少し草木が踏まれたような獣道が続くだけで、アルベルートとフェリンだけでは絶対に迷ってしまうような道をちびべこは二人のペースを見ながら進んで行くのでした。
さすがのアルベルートもこの歩き辛い獣道を進むのは初めてなので、いつものように歩く事が出来ず何度も転びそうになる足を踏み止まりながら進んで行きます。
「ごめんなさいーー もっと歩きやすい道なら良かったんですけど……」
「ちびべこちゃんが謝る事じゃないよーー 道案内してくれなかったら絶対に迷ってたと思うし」
「もう少し歩くと私達が良く通る道に出るので少しは歩き易くなると思いますよ?」
「そうなんだーー 今歩いてるここは普段は通らないの?」
「川辺にラモンを採りに来る時くらいで基本はこっちには来ませんねー 正直川辺でしか取れないラモン以外の物は大半が森の奥で採れちゃいますから」
「山辺娘さんが持ってきてくれる木の実とか果物ってどれも新鮮ですごく美味しいんだよね」
「アルベルートさんの村の作物も自然の生命力をとっても多く含んでいて美味しいですよ!」
「それは畑のおじさん達が喜ぶなー 後でちびべこちゃんが美味しかったって言ってたって伝えておくね」
「次の収穫時期も楽しみにしています!」
二人は何気ない会話をしながらもフェリンの様子を窺がいながら一歩一歩確実に険しい獣道を歩いて行くのでした。
フェリンは普段は村から外に出ることは無く森に来ても入り口付近でアルベルートと遊ぶくらいでしたので山道を歩いた経験は無く、ちびべこに手を引かれながらと言ってもその小さい体ではとても辛く険しい道のはずです。
「フェリンちゃんーー 大丈夫ですか?」
「疲れたなら無理しなくて良いんだよ?」
「ハァ……ハァ…… 大丈夫……」
どう見ても大丈夫そうではありませんが、フェリンは大丈夫と言いながら二人のペースに合わせて進んでいきます。
アルベルート達もフェリンの歩幅に合わせて少しゆっくり歩いていたのですが、それ以上に歩き辛い獣道は確実にフェリンの体力を消耗させていきます。
それでもフェリンが頑張れるのは、恐らく大好物のアプリルが待っているからでしょう。
「もう少しです! もう少しで獣道を抜けるので頑張ってください!」
「ハァ……ハァ…… うん……」
とても辛そうなフェリンを励ましながら歩いていくと今まで歩いてきた道とは違う、まるで人の手が入ったような道に抜けました。
地面の土も踏み慣らされていて舗装されたとまでは行きませんが歩きやすい道に変わったのは確かです。
「着きました! ここが普段私達が通ってる道です! ここからは大分歩き易くなるので安心してください」
「はぁー…… 僕も少し疲れたよ…… まさかこんなに道が険しいと思ってなかったなー」
「あははーー お疲れ様ですアルベルートさん!」
「……」
獣道を抜けて安心しているアルベルートでしたが後ろの方でバタリと何かが倒れる音に振り返ると、そこには意識無く倒れるフェリンの姿が目に入ってきました。
「フェリン!」
「フェリンちゃん!」
アルベルートがフェリンの状態を確認すると……。
顔が青ざめ、汗が止まらず体が痙攣している事が分かりました。
「どうしよう! フェリンが! フェリンが!!」
「落ち着いてくださいアルベルートさん! 少し上った先に滝下に下がる道がありますのでそこに向かいましょう! 水辺は涼しいのでここよりはマシなはずです!」
「分かった! 道案内よろしく!」
「はい!」
アルベルートは一度背負っていた籠を下ろし、ぐったりとしているフェリンを背負うとちびべこに続いて滝下の水辺へ向かうのでした。
ちびべこに案内され水辺に着くと、フェリンを少し川から離れた日陰に寝かせると鞄の中からナイフを取り出し、着ていた衣服の袖を切り取ると水で濡らしフェリンの頭に乗せました。
そしてすぐに鞄の中から山辺娘のお乳を入れるために持って来ていた保存瓶を取り出すと川で水を汲み飲ませようとしましたが、元々が飲む用に作られていた物ではないのでグッタリしているフェリンに飲ませるには少々飲ませ難く、アルベルート自体もかなり焦っていて気が動転しているため上手く飲ませることが出来ません。
「ハァ…… ハァ……」
「頼むよ! 少しで良いから飲んでくれよ……」
「アルベルートさん落ち着いてください! こうゆう時は焦っちゃ駄目です!」
「!? ……ごめんーー ちびべこちゃんお願い」
「ありがとうございますーー それでは少し失礼して……」
そう言うとちびべこは着けていた胸当てを外しフェリンを抱きかかえると自分の胸にフェリンの口を押し当てます。
アルベルートは咄嗟の出来事にいつもの様に声が出ず、黙って後ろを振り返ることしか出来ませんでした。
「大丈夫ですよー そのままゆっくり吸ってくださいーー ちゃんと押さえてますからねー」
ちびべこはとても優しい声でフェリンに話しかけると、フェリンはゆっくりゆっくりちびべこのお乳を吸うのでした。
数分してフェリンのお乳を吸う口が止まると、ちびべこはゆっくりと身から離しもう一度寝かせます。
そしてアルベルートの方を振り返ると……。
「……? アルベルートさん? 後ろを向いてどうしたんですか?」
「あー…… えっとね? 人間には羞恥心ってのがあってね? その…… いきなり服を脱がれると…… 恥ずかしいのさ」
「そうゆう物なのですか? ……分かりました! これからは気をつけますね」
「そうしてくれると有り難いよ」
ちびべこは不思議そうな顔をしながら外した胸当てを元に戻すと、ずっと後ろを向いたままのアルベルートに近づき背中をツンツンと優しく突きました。
いきなり突かれてビクッと体を揺らすアルベルートの反応にクスッと笑い、アルベルートに声をかけます。
「もう大丈夫ですよー 胸当ては着けましたよー」
「うんーー ありがとう」
「少し時間が経てばフェリンちゃんも元気になると思います」
「僕…… 何の役にも立てなかったな……」
「そんなこと無いですよ! アルベルートさんが背負って運んでくれたから安全に水辺まで運べましたしーー その後も濡らした布で頭を冷やしたり水を飲ませようとしたり焦ってる中でも素早く対処してたじゃないですか? 私は難しいことが分からないのでアルベルートさんの素早い対処は凄いと思いました」
「そうかな? ……でも……うん! でもそんな風に言われた事無かったからすっごく嬉しいなー」
「自信を持ってくださいアルベルートさん! 」
そう言ってアルベルートに向けて微笑み掛ける純粋な笑顔は、素直にアルベルートを尊敬の目で見ている事が分かり、ちびべこのそんな表情にアルベルートは少しだけ照れて顔を背けてしまうのでした。
顔を真っ赤にさせたアルベルートは足早にフェリンの元へ行きその寝顔を覗き込むと、さっきまで苦しそうに顔を歪ませていたのが嘘の様にとても安らかな顔に変わっていました。
「フェリンちゃんの様子はどうですか?」
「もう落ち着いたみたいーー 本当にありがとう」
「いえいえーー 私はお乳を飲ませただけで大した事はしてませんから」
「それでもちびべこちゃんがいたのお陰でフェリンは助かったからーー やっぱりありがとう」
「あははーー アルベルートさんも倒れた時は任せてくださいね!」
ちびべこのその言葉に自分が介抱される姿を想像してしまったアルベルートは何とも言えない気持ちになりさらに顔を赤く染めるのでした。
「……楽しそう」
「!?」
「フェリンちゃん!」
いつの間にか目を覚ましていたフェリンの声に驚いたアルベルートは、何とも間抜けな顔でフェリンの方へ振り向きます。
「……アプリルみたいな顔」
「え? あっ! いやこれは!!」
「……?」
不思議そうな顔でアルベルートを見つめるフェリン。
そのままゆっくり体を起こすと口元から少し垂れているちびべこのお乳を拭い、ゆっくりと立ち上がるのでした。
「大丈夫ですか? まだ安静にしていた方が良いんじゃないですか?」
「……大丈夫」
「そっか…… よかった」
「……アプリル採りに行く」
「え? もう少しここで休んでから……」
「……アプリル!」
「!?」
フェリンのアプリルへの執念は凄まじく、その気迫に押されアルベルートはその後言葉を発せませんでした。
「わかりましたーー アプリルを採りに行きましょう」
「……うん」
「でも! 体調が悪くなったりしたらすぐに言うんですよ?」
「……わかった」
「約束ですよ? それではアルベルートさんーー 行きましょうか」
「……はぁー 分かったよ…… それじゃ今度こそアプリルを採りに行こう!」
「はい!」
「……おー」
こうしてアルベルート達は水辺を後にし、最初の目的地であるアプリルの木へ向かうのでした。
3話新規モンスター
*ナーさん(山辺娘 唯一の名前持ち)
*ちびべこちゃん(小さい山辺娘)