第二話 小さき勇者と初めてのおつかい
アルベルートのはじめてのおつかい!
まぁ今回もほのぼのですよ
森から家までの帰路は一本道で、道の左右にはルーシェ村が誇る広大な田畑が広がっています。
畑では村のおじさん達が集まってお昼休憩をしている所です。
「おう! 勇者坊! 今日も森さ行ってたのか?」
「うん! いっぱい修行したよ!」
「だーはっはっは! 勇者殿のおかげでこの村も平和だな」
アルベルートを唯一勇者と呼ぶおじさん【ダムル】はアルベルートの頭をワシャワシャと撫でながら豪快に笑っています。
「ちょっとダムじい! 少し痛いよ!?」
「おぉ!? こいつは失敬失敬!」
ダムルは撫でるのを止めると、ワザとらしく頭に手を添え頭をぺこぺこ下げます。
「もー…… ダムじいはしょうがないなー」
「だーはっは! 本当に悪いな勇者殿!」
「アルベルートも今からご飯かい?」
「お腹空いたからご飯食べに帰るよ?」
「そうかそうか んだばミランダさんさこれ持ってけ」
村のおじさんの一人が籠の中から今収穫したばかりであろう、大きなカボチャを一個アルベルートに渡しました。
「うわー! 今年のも大きいね」
「煮てもスープにしても旨ぇぞー」
「ありがとう! それじゃまたね」
大きなカボチャを両手で抱え、アルベルートは家に帰るのでした。
「ただいまー! おじさんからカボチャ貰ったよー」
「おやーー お帰りアルベルート! 随分と立派なカボチャじゃないか」
「おじさんが煮てもスープにしても美味しいって言ってたよ」
「こいつをどう食べるかよりもーー まず先に昼飯食っちまいなー」
「はーい!」
アルベルートは昼食を食べる前に外の井戸場まで手を洗いに行きました。
ルーシェ村の水場は、村の中心に一つあるこの井戸だけで、村人達は毎日その日使う水をここに汲みに来ます。
時より大人達が話し込んでいるうちにまた人が集まり、気付くと大宴会になったりする事もあります。
だからなのかルーシェ村の人達はまるで皆が家族かのように、とても仲良く暮らしています。
アルベルートはそんなこの村が大好きです。
「おっ! アルベルートじゃねぇかーー 何してんだ?」
アルベルートが手を洗っていると、後ろから【セルバス・フォン・ルーシェ】が声をかけてきました。
「今からご飯だから手を洗いに来たんだよ? セルバス兄ちゃんも今からご飯?」
「いや…… 俺はもう食っちまったぜ?」
「そっかー それならお散歩中?」
「うーん…… それもあるけどよ? お前に用があって来たんだ」
「え?」
「ペトラさんがお前に頼みたい事があるみたいだぜ?」
「頼みたい事?」
「まぁ俺も内容までは知らないからーー 昼飯食ったら直接ペトラさんにとこ行って聞いてみな?」
「分かった! 伝言ありがとうセルバス兄ちゃん!」
「俺も暇だったから良いって事よーー それじゃ話は伝えたぜ! またな!」
「うん! またねー!」
セルバスは話し終えると、村の北側に向かって口笛を吹きながら歩いていきました。
「ぺトラ姉ちゃん…… 何の用事だろう?」
アルベルートは手を洗うと、ぺトラの用事が気になりながらも昼食を食べに家に戻って行きました。
「それじゃ行って来ます!」
「遅くならないようにねーー 気をつけるんだよ」
アルベルートが昼食を食べ終わると、さっそく村の集会場へぺトラに会いに向かいました。
村の中心から南側に向かうと他の建物よりも少し大きめの建物があります。
この村では夕方になると皆一斉に畑から帰って来るため、農夫達が井戸の前で酒を飲みながら語り合い夕飯時になっても帰ってこないことからいつの間にか【どうせ皆一緒にいるなら一気に食わせちまった方が楽さね】と村の婆が大きな鍋に適当に具材をぶち込んで食わせたことが切っ掛けとなり、今では夕飯は村の皆が集会場で一斉に食べるのが習慣になっています。
ぺトラは若いながらもそこの厨房を任される立場にあり、夜の間と買い物に行く以外はほぼ集会場にいます。
「姉ちゃーん! ぺトラ姉ちゃーん!」
「お! 待ってたよアルベルート!」
「僕に用事があるって聞いてきたよ?」
「そうそう! アルベルートはどうせ修行しにこれから森に行くよね?」
「え…えーとー 何のことだろうなー」
「あっはっはっは! 本当にあんたは隠し事が苦手だねぇ! 大丈夫ーー 村の皆には内緒にしてあげるからさ」
アルベルートは修行の事を村の皆に上手く隠しているつもりですが、実はすでに村人全員にバレていたりします。
「うぅ…… 絶対に言わないでね?」
「あぁ! お姉さんとの約束さ」
「それで用事ってのは?」
「そうそうーー 森に行くならちょいと採って来て欲しい物があるのさ」
「採って来て欲しいもの? 山菜とか僕分からないよ?」
「あんたが採って来た草なんか危なすぎて料理に使えないだろうが」
「うぅ…… さらっと酷い事言われた……」
ぺトラは裏表がなく、思ったことを何でも口に出すタイプで、村の男達とも度々口喧嘩になったりする事もあります。
ですが、意外に聞き上手で、何でも気軽に言い合えるぺトラは村の相談役として人気があります。
「あたしが頼みたいのはアプリルの実と完熟ラモンさ」
「あっ! それなら僕にも分かるよ!」
「この時期はそろそろ食べ時だからね ちょいとアプリルパイとラモネードでも作ろうかと思ってるんだけどね? いつもなら暇な時に自分で採りに行くんだけど…… 見ての通り今は手が放せない状態なのさ」
ぺトラの周りにはまだお昼だというのに大量の食材が並べられていた。
まだお昼ですが、今から下拵えをしないと夕食に間に合わないようです。
というのも、村の人口は全体で50人程度で、その大半が高年齢者のため、昔は男達で回っていた畑作業も、今ではおばさん達も出ないと回らないという状況なのです。
少し前まではぺトラとその他に村のおばさんが二人来ていたのですが、おばさん達も畑の方へ出なければいけない状況であり今ではぺトラがたった一人で厨房を切り盛りしていました。
「わかったよーー どれくらい必要なの?」
「持って来れるくらいでいいよ? 体の小さいあんたに大量に採って来させるほどあたしも鬼じゃないさ」
「むー! 僕ちゃんと力あるよ!」
「そうかいそうかいーー それじゃそこの鍋持ち上げてみな?」
「そんなの簡単だよ!」
ぺトラが指をさす方向には、鉄製の大きな鍋がありました。
大人でも持ち上げるのが一苦労のその鍋をアルベルートが持ち上げようとしましたが、案の定びくともしません。
「な! 何これ!! 全然動かない!!」
「あーはっはっは! やっぱあんたには無理だったか!」
ぺトラは、顔を真っ赤にして鍋を持ち上げようとするアルベルートの姿に思わず笑ってしまいました。
「なら姉ちゃんは持てるの?」
「さーてさて…… どうだったかねー」
ぺトラはそう言いながらゆっくりと鍋の前に立つと。
「せい!」
意図も簡単に鍋は持ち上がりました。
「……嘘でしょ? え? 何で!?」
「鍋一つ持てなくて毎日皆の飯が作れるかいってんだよ」
「実は姉ちゃんもこっそり修行を……」
「馬鹿だねぇ…… ちょっと力の入れ方にコツがあるのさ」
「力の入れ方?」
「何て言えば良いのか…… 最初の一瞬に力を集中させて持ち上げる感じって言えばいいのかね?」
「うーん…… ちょっと難しいや」
「まぁそのうち分かるさ」
アルベルートはぺトラの言っている事の意味を考えてみましたが、やはり分かりません。
ぺトラは瞬力のことを言っているのですが、子供のアルベルートにはまだ難しいようです。
「なーに難しく考えるんじゃないよ だから籠に入れて持って来れるくらいで良いのさ」
「わかったよーー 帰りに持って来れるだけ持って来るよ」
「うんうん! お姉さん素直な子は好きだよ」
アルベルートは入り口に置いてあった籠を背負い、早速森へ向かおうと厨房を後にしようとしましたが。
「あぁ! もう一個だけ頼みたい事があるんだけどね?」
「え? なになに?」
「これは出来たらでいいからさ? 山辺娘にもし会ったらお乳を貰ってきてくれないかい?」
「何だそんな事かーー いいよー」
「うーん…… 本来はそんな事って言えるほど簡単に手に入る代物じゃないんだけどね……」
「そうなの?」
「村の男共はともかくとして…… 女のあたしでも森で見かけたのは片手で数えられるくらいさ」
「呼べば来てくれると思うよ?」
「あーはっはっはっは! そりゃあんただけさね」
「そうなのかなー……」
籠の他に棚に置いてある密閉型の保存瓶を持ち、今度こそアルベルートは修行と、頼まれた物を採りに森へ向かうのでした。
「……行っちまったかい ……もしもの時は頼んだからね」
アルベルートが集会場を後にし、ふと井戸場の方へ目を向けると仲良く水汲みをしている二人の姉妹が目に入りました。
「おーい! ユー姉! フェリン!」
アルベルートが名前を呼ぶと、二人は振り返り姉の【ユーミン・カトラス】がこちらに向かって手を振ってくれます。
姉のユーミンと、妹の【フェリン・カトラス】はこの村唯一の道具屋の娘で、面倒見の良いユーミンは小さい頃からアルベルートのお世話をしていた為、まるで本当の姉弟のように仲がいいです。
妹のフェリンはアルベルートよりも少し小さく、物静かでアルベルートを見かけると物陰やユーミンの後ろに隠れてしまいますが、話しかけるといつもペッタリ抱きついてきます。
アルベルートとフェリンは歳も近いこともあり、よく一緒に遊ぶことも多かったためかアルベルートにはとても懐いていますが、どうもセルバスの事は苦手みたいです。
「あらーー アルベルート君じゃない こんな時間に集会場から出てくるなんて珍しいわね」
「ぺトラ姉ちゃんにお使い頼まれたんだー」
「ペトラさんに? アルベルート君が?」
「うぅ…… なんか言い方に棘がある……」
「ち!ちがうのよ!? ペトラさんってほらー 用事頼む前に自分で行っちゃう人じゃない?
だからアルベルート君にお使いを頼むなんて珍しいなって」
「今日の晩御飯の支度で手が離せないんだって?」
「あらーー それでアルベルート君がお使いを頼まれた訳ね」
「うん! だから今から森に果物採りに行くんだー」
「森? アルベルート君一人で森に行くの?」
「そうだよ? 森の奥までは入らないから大丈夫だよ」
「うーん…… それでも心配だわー お姉ちゃんも一緒に行ってあげようか?」
「大丈夫だよ! おじさん達の代わりにお店の事あるんでしょ? 暗くならない内に帰って来るから心配しないで」
「そう? 絶対危ない事はしちゃ駄目よ? 奥まで入らなくても危険な動物とか出るんだから」
「ありがとうユー姉ーー それじゃ行って来ます フェリンもまたね!」
アルベルートがユーミンの後ろに隠れて覗いているフェリンに声を掛け森に行こうとした時です。
ユーミンの後ろから出てきたフェリンは無言でアルベルートの手を握ります。
「どうしたの? フェリン」
「……行く」
「え?」
「……一緒に行く」
「駄目だよ! 今日は遊びに行くんじゃないんだから」
「一緒に行くの!」
眼に涙を滲ませ、必死で腕にしがみ付いて来るフェリンにアルベルートは困ってしまいました。
フェリンが駄々を捏ねるのは珍しく、普段はアルベルートに抱きついた後は姉の手に引かれ帰って行くのですが、今日はどういう訳か言う事を聞きません。
最後にフェリンが駄々を捏ねたのは、アルベルートのお家にお泊りをして、朝に姉が迎えに来たときだったでしょうか? その時もフェリンはアルベルートの腕に力いっぱいしがみ付き離そうとしなかったそうです。
その時はアルベルートが「また後で一緒に遊ぼうね」とフェリンと約束をした事で大人しく家に帰って行ったようです。
「うーん…… どうしよう」
「アルベルート君が良ければ連れて行ってあげてくれないかしら?」
「森は危険だよ? いいの?」
「フェリンが一回駄々を捏ねると…… ねー」
「あー……」
二人は顔を見合わせ、過去の駄々っ子モードの災難を走馬灯のように思い浮かべるのでした。
駄々を捏ねた回数は少ないものの、一度駄々を捏ねると石のように頑固で誰の言葉も聞く耳を持たなくなり、とても困った事になるのです。
「あと多分ーー フェリンの目的って熟したアプリルの実だと思うのよね」
「昔からアプリル見ると目の色変えるもんね……」
フェリンは甘酸っぱいアプリルの実が大好物で、アプリルのお菓子やアプリルパイに目がありません。
森に入らないと手に入らないことからまだ小さく、一人で森に入れないフェリンにとってアプリルの実は高級食材以上の価値があります。
「いーい? 付いてくるならちゃんと手伝ってね?」
「……うん」
「絶対に僕から離れちゃ駄目だよ?」
「……うん」
「……何個かフェリン用に持って帰ってこようね」
「……! うん!」
表情では分かり難いが、確かにフェリンの目がキラキラと輝いている事からとても喜んでいるのが分かります。
「それじゃ今度こそ行って来ます!」
「……行って来ます」
「気をつけて行ってくるのよー」
アルベルートとフェリンは見送るユーミンに手を振り、仲良く手を繋いで森までお使いをしに向かうのでした。
2話新規登場キャラ
*ミランダ・フェルディナス(アルベルートの母)
*セルバス・フォン・ルーシェ(ルーシェ村 村長の孫)
*ユーミン・カトラス(道具屋の娘)
*フェリン・カトラス(ユーミンの妹 幼馴染)
*ぺトラさん(集会場の料理係のお姉さん)
*ダムじい(農夫のおじさん 本名はダムル)
用語辞典
*アプリル(りんご)
*ラモン(レモン)