第一話 小さき勇者と山辺娘さん
最初だしまだほのぼのしててもいいよね
旅立ちをどうするか悩み中
……正義っていったい何なんだろう。
……平和っていったい何なんだろう。
僕は知ってしまった、知りたくもなかった現実を。
僕は知ってしまった、本当の悪とは何かを。
僕は知ってしまった、平和の中に大きな犠牲がある事を。
僕は何を信じて何を守る為に戦えばいいのか、本当に分からなくなってしまった。
今僕はどんな顔をしているのだろうか?
暗く醜い怒りに満ちた顔?
無力な自分に涙を浮かべた顔?
…………いや
【……笑ってるのか……】
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世界が平和になって数十年、ベクトリアム大陸の東方にある小さな村にアルベルート・フェルディナスとゆう小さな男の子がおりました。
アルベルートは世界を救ったベクトリアムの英雄に憧れ、村のみんなに隠れて日々森の中で剣の特訓に明け暮れます。
「はぁ……はぁ…… 剣技……早い斬り!!」
木の棒を上段から下に振りおろし、落ちてくる葉っぱに当てるとゆう何とも子供らしい修行ですが、アルベルートはとても真剣に同じ事を繰り返します。
「うん! この速さなら今度こそヤマシシに対抗できるかもしれないぞ!」
アルベルートはとても充実そうに満足した顔でそう言いますが、決して早いとはいえません。
表現するなら子供が飛んでいるトンボを捕まえようと、網を思い切り振るくらいでしょうか?
ヤマシシとは、畑の作物を荒らすルーシェ村の天敵で、村の人々も収穫時期になると山から降りてきては作物を食い荒らすヤマシシに頭を悩ませていました。
アルベルートは以前、ヤマシシに無謀にも突っ込んで行って返り討ちにあった経験があります。
…………木の棒で。
その後、アルベルートの母【ミランダ・フェルディナス】に酷く怒られたのは言うまでもありません。
「でも念には念をって言うし…… もう少し」
ですが、勇者を目指すアルベルートが、母に怒られたからと諦める筈も無く、ヤマシシへのリベンジにメラメラと火を灯しています。
「でもーー 僕……本当に強くなれてるのかな」
体の変化は自分では案外気付けないものです。
大陸の中でも東側のこの村近辺ではモンスターが出ることは少なく、森での修行以外に誰かとの手合わせやモンスター退治もした事の無いアルベルートには自分の実力が分かりません。
「いや! 僕は勇者になるんだ! いっぱい修行してるんだから絶対強くなってるよ!」
そう自分に言い聞かせ、アルベルートは修行を再開しました。
アルべルートが修行を始めてから結構時間が経ちました。
気付くと太陽はもう真上に差し掛かり、地面からの熱が徐々にアルベルートの体力を奪います。
「はぁ……はぁ…………あー! もうダメ! 腕に力が入らないや…… 何か飲むものもって来てたっけ?」
それもそのはずです、修行再開から今の今まで、無我夢中に時間を忘れるほど集中し、休憩も取らずに動いていたのですから。
「やっぱり無いか……」
どうやら家を出るときに鞄に入れて持って来ていたのは、少しのお菓子と森で拾った綺麗なツルツルの小石が何個か、それと山水が飲めるようにと持ってきていた小さなコップだけでした。
「しょうがないや…… とりあえず汗が引くのを待とう」
アルべルートが木陰で休息を取っていると奥の茂みがガサガサと揺れました。
この森に、モンスターの類はあまりいないのですが警戒の為、横に置いておいた木の棒を音のした茂みに構えます。
「あれ~? アルベルートちゃんだ~」
ふと茂みの奥から何とも気の抜けたような声が聞こえてきました。
木々の間から姿を現したのは、人型モンスターの【山辺娘】でした。
山辺娘はニコニコ微笑みながら近づいてきます。
「はぁー…… 何だ山辺娘さんか…………びっくりした」
アルべルートは構えていた木の棒を下ろすと、足早に山辺娘に近づいていきます。
「こんにちは山辺娘さんーー こんな所で何してるの?」
「うーん…… 何してるのかな〜? 太陽ポカポカだからお散歩〜?」
「あははーー 山辺娘さんは相変わらずのんびりだね」
山辺娘は争いを好まず警戒心の強いモンスターなので基本的に人間の前に姿を表さないのですが、ルーシェ村の森に住む山辺娘は、ある出来事がキッカケとなり、村人とも仲良く共存して暮らしています。
例外は、大人の男性の前には絶対に現れません。
山辺娘は別名【乳牛娘】と呼ばれる事もあります。
その理由は、山辺娘は生まれながらにして胸が大きく、常にお乳が出る種族です。
見た目も可愛く、子供の山辺娘【ちびべこ】でもお乳が出る為、その方面のマニアにはかなり人気で、一昔前は何匹ものちびべこが拐われ、闇奴隷市場で高値で売買されたそうです。
なので山辺娘は悪意が無いと分かっていても本能的に成人男性は避ける傾向にあります。
これは余談ですが、山辺娘は牛の人型モンスターではありません。
どちらかと言うと魔族の淫魔に近い種族ではありますが、淫魔との違いは、人間ではなく自然の木の実や果物から生命力を取るため人間は襲いません。
牛のようにお乳が出る事と、争いを好まない性格為、身の防衛に中型モンスターのミノタウロスと共存している事から、人間からは牛型モンスターと勘違いされているようです。
逆に考えれば、山辺娘の近くには必ずミノタウロスがいる為、山辺娘のいる森には絶対に近付くなと他の町では言われているそうです。
「アルベルートちゃんは今日も棒振りしてるのね~」
「棒振りじゃないよ! これは修行だよ! 勇者修行!」
「あはは~ うんうん そうだったね~」
「本当に分かってるのかなー……」
山辺娘の何とものんきな返答にアルベルートは呆れながらも、その顔からは嫌気を微塵も感じさせません。
この手のやり取りは日常茶飯事で、その言葉に悪気が無いと分かっている事と、ニコニコ笑顔の山辺娘を見ていると怒る気も失せるというものです。
「でもねぇ?森の中は怖い動物さんとかモンスターさんとかいるからアルベルートちゃんも気を付けるんだよ~? 森の奥とか行っちゃだめだよ~?」
森の奥ーー。
この話になると笑顔の絶えない山辺娘もその表情は一変し、とても真剣な顔になります。
その顔からも分かるように、山辺娘はアルベルートが無茶をしないか本気で心配しているようです。
「ありがとう山辺娘さんーー 前みたいな危険な事はしないよ……」
その言葉を聞くと、山辺娘はいつもの柔らか笑顔に戻りました。
「うふふーー 素直なアルベルートちゃんは大好きよ~」
アルベルートがもう少し小さい頃の話です。
まだ怖いものを知らないアルベルートは、モンスター退治をしに一人で森の奥に入ったことがあります。
その頃のアルベルートはモンスターの怖さよりも、勇者は悪いモンスターを退治して、か弱い人々を助ける者ということしか考えていなかったのです。
ですが何度も言うように、ルーシェ村の近辺には危険動物はいてもモンスターの類は出ることは少なく、その頃はまだ山辺娘にも出会った事が無かった為、アルベルートの知識の中にモンスターという存在がどういう者なのか理解していませんでした。
森の奥へ入ったアルベルートはモンスターを探しましたが何も出てくることは無く、諦めて家に帰ろうとしましたが、森の中は複雑で案の定迷ってしまったのです。
そうなると子供でなくても人間は不安や恐怖で頭がいっぱいになります。
泣きながら無我夢中に走り回ったアルベルートは土の泥濘に足を滑らせ崖の下へ転がり落ちてしまいました。
幸いな事に崖の高さはそんなに無く、地面にも草が生い茂っていた事もあり、アルベルートはちょっとの打撲と擦り傷程度で済みましたが、小さいアルベルートがその痛みを我慢出来るはずも無く、とうとう大声で泣き出してしまいました。
「……大丈夫~?」
アルベルートのその声を聞いてか、大木に隠れながら恐る恐る声をかけてくれたのが山辺娘さんでした。
山辺娘は泣き止まないアルベルートに困惑しながらも、ゆっくりゆっくり近づきその傷だらけの体を優しく抱き込むと「大丈夫…… 大丈夫だよ~」と優しく頭を撫でてくれました。
その優しさと暖かさで少し落ち着いたアルベルートは、悪いモンスターを退治しに森に入ったら村に帰れなくなった事を伝えると、山辺娘は森の入り口までアルベルートを送り届けてくれました。
森の入り口に着いた頃にはもうすでに辺りは暗く、山辺娘は少し心配そうでしたが「もう危ない事しちゃ駄目だよ~?」と言い残しそこでアルベルートと別れることにしました。
アルベルートが村に戻ると、村の大人たちがアルベルートを必死に捜索していました。
その中に母のミランダの姿を見つけると一気に不安が安心に変わりまた泣き出してしまいました。
「母ちゃーん!!!!」
「アルベルート!!」
大声で母を呼びながらアルベルートは一直線にミランダの元まで走って行きます。
声に気付いたミランダもその目に涙を浮かべながら走ってきたアルベルートを抱き抱えます。
「この馬鹿! 心配させるんじゃないよ!」
その声は強くもあり、優しくもあり、とても暖かいものでした。
村の皆もよかったよかったとアルベルートの頭を強く撫でてくれました。
事の経緯を説明し、森の中で綺麗なお姉さんに助けてもらったと言うと、村のおじさんがこの森には山辺娘という人型モンスターがいることを教えてくれました。
その時初めてアルベルートは、悪いモンスターだけでは無く、優しいモンスターもいる事を知りました。
そして本来ならば山辺娘は人の前には姿を現さない珍しいモンスターだと教えてくれました。
ですが何故かおじさんのその表情はとても悔しそうでした。
その後も山辺娘とアルベルートのやり取りは続いており、村で取れた野菜や果物を森の入り口の大樹の下に置いておき、気付くと代わりに森の木の実やキノコ、山菜などが置かれていたりします。
決して姿は見せませんが、新しい友達が出来たアルベルートは嬉しくなり、毎日のように森の入り口まで行くようになりました。
そうして今では、普通に顔を合わせてお喋り出来るくらい二人の仲は縮まりました。
「あ!そうだ山辺娘さんーー 僕喉が渇いちゃって…… ちょっとだけお乳貰っていい?」
アルベルートは鞄の中から小さなコップを取り出し、山辺娘に渡そうとしましたが。
「良いよ~ ちょっと待ってね~」
山辺娘はそう言うと、アルベルートの目の前で何の躊躇もなく胸元を晒そうとします。
「ちょっと! 待って待って! ストーップ!!!!」
「ん~?」
「いつも言ってるでしょ? 人前に無闇に肌晒しちゃ駄目なんだよ?」
「でも~ 胸出さないとお乳吸えないよ~?」
どうやら山辺娘はアルベルートに直接お乳を吸わせるつもりだったみたいです。
先ほども言いましたが山辺娘は魔族です。元々が淫魔に近い種族なので人間のような羞恥心という物がありません。
なのでアルベルートが何故いつも止めるのかが分からないのです。
「コップ持ってきてるからこれに入れてくれればいいよ」
「そっか~ 吸ってくれた方が楽だと思うのにな~」
山辺娘は少し残念そうに渡されたコップにお乳を入れて渡してくれます。
もちろんその時アルベルートは、後ろを向いています。
「ありがとう山辺娘さんーー 頂きます」
「ゆっくり飲んでね~」
山辺娘のお乳は濃厚で甘く、アルベルートの疲れきった体を癒して行きます。
元々山辺娘のお乳には自然の生命力が大量に含まれており、自然治癒力を向上させる効果があります。
その力は例えるなら、腕の骨折程度なら数日で直してしまうくらい強かったりします。
「ふぅ~ ご馳走様でした!」
「美味しかった~?」
「うん! とっても喉が渇いてたから助かったよ」
「うふふ~ それなら良かった~」
ぐぅ~……
お乳を飲み干すと何とも間抜けなお腹の音が聞こえてきました。
時間はお昼ですので、アルベルートもお腹が空いて来たみたいですね。
お昼には良い時間になってきたので、お腹を空かせたアルベルートは一度家に帰ります。
「それじゃ山辺娘さんーー 僕お腹空いたから一回帰るね?」
「気を付けて帰るのよぉ~」
「うん! ばいばい山辺娘さん!」
アルベルートは山辺娘に挨拶をすると足早に村へと帰るのでした。
1話新規登場キャラ
*アルベルート・フェルディナス(主人公)
1話新規モンスター
*山辺娘さん(やまべこ)