六日目・猫目石⑦
さて、料理の時間だ。
収穫したホージュの実を使って料理を作り、町で売る。そのための試作品作りだ。新商品の開発は、前職でやってみたい仕事の一つではあった。店舗スタッフとして配属されている間に辞めてしまったが、出世して商品開発部に入りたいと思っていたのだ。そういう意味では、願いが叶ったとも言えるかもしれない。
まずは、最初に思いついたジャムを作ってみよう。幸い、シャールの町には砂糖があった。値段もそれほど高くなく、1キロ強で銅貨5枚だった。甘味は少ないというイメージがあっただけに、これは意外だった。砂糖が安価で手に入る理由は、サトウキビに似た植物が自生しているためらしい。オストーン西部に広く分布しているため、オストーンでは盛んに利用されているとのことだ。
これはジュースを売っていたおばちゃんが教えてくれた。他所の国から来た行商人という設定は、こういうことを聞く時に便利だった。あの町や国の常識を知らなくても、それほど不審がられないのだ。それどころか、あのおばちゃんのように気さくに教えてくれる人もいる。ジャムを作ったら、あのおばちゃんに売ってもらえないか聞いてみようかな。
販売方法を考えながら、ホージュの実の芯を取っていちょう切りにして塩水にさらした。実はこの塩の方が、砂糖よりも高価だった。大体1.5倍くらいの値段だ。海に面しているオストーンではあるが、内陸部では輸送費用などによって値段が上がってしまうらしい。この程度の量ならば気にする必要はないが、塩が高価であることは覚えておかないといけない。普段の食事でも、気にせず使ってしまうと食費が嵩んでしまうだろう。
ホージュの実を取り出して水気を切り、鍋にホージュの実と砂糖を入れて火にかける。砂糖はホージュの実の半分くらい。ホージュの実でジャムを作ることは初めてなので、味を見て調整しよう。
しばらく煮詰める。どの程度でジャムになるのかわからないため、コマメに様子を見よう。
煮詰めている間に、次はコンポートを作ろう。こちらはいちょう切りにしたホージュの実の形を残すように、砂糖水で煮るだけだ。こちらも同様に火にかけて様子を見る。
これで2種類だ。三ツ口コンロなので、コンロは一箇所空いている。
さて、何を作ろう。はっきり言って何も思いつかないな。アップルパイもどきが作れないかと思ったが、材料が足らないのでパイ生地が作れない。そもそも、パイ生地の作り方なんて知らないしな。俺にとって料理とは一人暮らしをする上で必要なスキル、それだけでしかない。お菓子作りをする技術もレシピも、本来あるわけがないのだ。
ホージュの実の活用、その実現への最大の障害は自分の料理スキルのようだ。森にある資源を利用する以外に、お金を稼ぐ方法がない。その資源とは、現在採集できるものは大きく分けて木材と食材だ。木材はシャールの町ではあまり売れない。だから食材に期待したいのだが、俺自身の料理スキルや知識が足りず、これ以上は、売れるものを作ることが難しそうだ。
そんなことを考えながら、ジャムとコンポートの様子を眺めていた。そして、そろそろ完成かと思っていると、リリティアさんがキッチンへと入ってきた。
「掃除は一通り終わった。建てて日が浅く殆ど汚れていなかったから、それほどきちんと掃除したわけではないがな」
「あ、お疲れ様です。リリティアさんだけにやらせてしまって申し訳ないです」
リリティアさんの手には大小2枚の雑巾がある。一見ただの雑巾にしか見えないが、神々の世界の掃除道具だ。拭くものの材質や汚れの成分を問わず、軽く擦れば簡単に汚れが落ちてしまうらしい。小さい雑巾は、人形モードになって高いところや狭いところを拭くために持っている。
「気にするな。私には特にやることがなかったからな。それより、そちらは順調なのか?」
「一応、ジャムとコンポートを作ってみました」
火を止めて、ジャムとコンポートを皿に少量ずつ盛り付けた。
「少しもらうぞ」
リリティアさんはスプーンでジャムをすくうと、数回息を吹きかけて冷ました。そして、口に含んで味を確認している。コンポートも同様に味見をした。
「どちらも甘さが足りない。もっと砂糖を足してみろ。それと、ジャムはネモ―の皮を少量刻んで入れ、コンポートはネモ―の果汁を加えると、もっとよくなると思う」
そう言われて自分も食べてみたが、よくわからなかった。冷やした状態で食べるものを、温かい内に食べているからだ。冷めたらどうなるのか、リリティアさんにはわかるようだが、俺には想像できない。冷めてからもう一度食べてみよう。
「この2つ以外に何を作ろうかなって考えていてですね・・・何も思いつかなくて困ってるんですが、何かアイディアないですか?」
「確か、町で売れる商品だったな・・・よし、ちょっと考えてみるか。家にある食材を全部テーブルに出してくれるか?」