六日目・猫目石⑥
「これだけあれば十分ですね」
ホージュの実でいっぱいになった革袋を2つ並べてると、かなりの量だと感じた。革袋はずしりと重く、2つ持って帰るのは大変そうだ。
「ところで、こんなに収穫してどうするんだ?」
「ホージュの実を使って、何か売り物ができないかと思いまして。いくつか試作品を作ってみようかなと思ってます。それと、いくつかはユナさんにお裾分けをしようかと」
「なるほどな。ならば、まずは泉だな。泉に居なければ、小屋の中に置いておけばいいだろう」
そう言うとリリティアさんは、革袋を1つ持った。
「あ、俺が持ちますよ」
「いや、2つ持つのは大変だろう。それに私だって、自分だけ楽をするのも気が咎めるしな」
リリティアさんは重い革袋を、細い両腕で持ち上げている。小柄な女の子に持たせるのは気が引けるが、本人がそう言うのならば任せるしかない。
「ありがとうございます。なら、お願いします。大変になったら言ってくれれば、後は俺が持ちますんで」
その時は頼む、と言いながら歩いていくリリティアさんを見ながら、ふと気づいた。ユナさんはリリティアさんのこの姿を知らないはずだ。人間モードに変身できることを教えてもいいのだろうか。人形モードで居続けたことは、俺に対しての配慮だった。ならば、ユナさんに対して人間モードを見せることは、何も問題ないのかもしれない。
いずれにしても、ユナさんが人間モードのリリティアさんを見たら、とても驚くだろう。俺も昨日見た時は、目の前の現実に思考が追い付かなかった。ユナさんはどんな反応をするだろうか。
果樹林から泉までは、大して遠くはない。5分ほどで到着した。
声を出して、ユナさんを呼んでみる。すると、泉の中からユナさんが姿を現した。水の中を滑るようにこちらへと移動してくる。
リリティアさんは人間モードのままである。その姿を見たユナさんは、眉を動かして驚いたような顔をした。ちょっと反応が薄いな、もう少し驚いてくれると思ったのだが。
「守くんにリリティアさん、こんにちわ」
あれ?なんで隣にいるのがリリティアさんだってわかったんだ?
「リリティアさん、いつもの姿も愛らしくて好きですけど、その姿も可憐で素敵ですね」
「よしてくれ、照れるじゃないか」
んんん?なんか、変身できることを知っている感じ?何故?
「ところで、今日は何か御用でしょうか。水汲みではないようですが」
「ああ、水は昨日大量に運んでくれたお陰で、しばらくは大丈夫だ。今日は近くでホージュの実を収穫してきたのでな。もしよかったら食べてくれ」
リリティアさんはユナさんに、ホージュの実を5個手渡した。
「あら、こんなに沢山。わざわざありがとうございます。ところで、もうその姿を守くんに見せてもいいんですね。少しの間に、何かあったのですか?」
「うむ、まあ昨日ちょっとな」
「あ、あの」
これまで会話に混ざれていなかった俺だったが、ようやく声をあげられた。
リリティアさんとユナさんが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「あの、なんでユナさんはそんなに驚いてないんですか?リリティアさんの姿が変わってるのに」
そもそも、この姿のことを知っているかのような話し方だ。更に言えば、俺に隠していたことも知っているようだ。
「なんだ、そのことか」
「わたくしは元々、精霊が人間やウンディーネに近い容姿をしていることを知っていました。その姿を変えることができることも。そして、夕食をいただいた帰り道で、守くんには今の姿を見せないことも聞いていました」
「つまり、知らなかったのは俺だけ?」
「そういうことになるな」
「すみません。守くんを騙すようですが、リリティアさん自身が教えるまでは黙っているつもりでした」
「いえ、まあそれはいいんですが」
リリティアさんは俺のために人形モードで居てくれていた。ユナさんがどこまで聞いているのかはわからないけれど、リリティアさん本人の考えを尊重しただけだ。どちらに対しても、文句を言うようなことではない。
とはいえ、内心は複雑だ。理解はできても納得はできないというか。俺だけ知らなかったという疎外感は拭えない。決して不平を言うべきではないことは理解しているが。
「ところで、ユナさんはどこか、鉱石が採掘できる場所とかって知りませんか」
気持ちを切り替えて、別の話をする。転移装置作成のための金属探索だ。はっきり言って、現状手掛かりが何もない。
「鉱石ですか・・・すみません、そういうことには疎くて・・・残念ながらお力になれそうもありません」
「まあ、普通は知らんだろうな。こいつはアテが全くないから聞いただけだから、ユナも気にする必要はないぞ?」
「今まで色々としていただいているのに、わたくしは何もお力になれず申し訳有りません」
「何言ってるんですか、今まで何度も助けてもらったのはこちらです。俺の方こそ、いつもユナさんに頼り切りなくらいですから。ただ、リリティアさんの言う通りの状況でして・・・町でも手に入らない金属がどうやったら手に入るのか、何も思いつかないんですよ」
「必要な金属が少々特殊でな。シャールの町の鉱物商では取り扱っていなかったんだ」
「それこそ、森の中をアテもなく探し回るしかないのかなって感じです・・・ん?」
いや、鉱石を探すなら、アテはある。それがあるのか、それの中で鉱石が見つかるのかはわからないけれど。
「ユナさん、洞窟とかってこの森の中にありませんか?」
木材を採取するなら森、鉱石を採掘するなら洞窟だ。少なくとも、俺がやってきたゲームではそうだった。現実でも、鉱山などに坑道を掘って採掘することが多いだろう。天然の洞窟ならば、坑道を掘る必要はない。
「洞窟の場所は存じ上げませんが、いくつか心当たりはありますので、できる限り調べておきますね」
「お願いしてもいいですか?すいませんがユナさん、よろしくお願いします」
全く道筋が見えていなかった金属探索だったが、一筋の光が見えたと言えるだろう。この森に住む者としては圧倒的なキャリアを持つユナさんは、本当に頼りになる存在だ。