六日目・猫目石⑤
家に戻って昼食を取った後、果樹林へ行くことにした。ホージュの実を採取するためだ。
神の門や燃えろノコギリ、剪定ハサミなどを入れた革袋は少々重たかった。しかし、家からはしごや脚立を持っていくよりも、現地で作った方が遥かに楽だ。そう考えれば、この程度の重さくらいは我慢できる。
リリティアさんは人形モードで飛んでいる。樹木が密生している森の中では、こちらの方が移動しやすいらしい。確かに、木々を避けながら歩く俺とは違い、スイスイと進んでいる。
「昼食時には言い忘れていたが、今日のおかずも美味しかったぞ」
「ありがとうございます。干し肉に独特の臭みがあるので、肉と野菜のバランスが難しかったですが、うまくいってよかったです」
昼食は肉入り野菜炒めを作った。肉と野菜が入った簡単な料理として、大学の頃からよく作っていた料理だ。肉も野菜も異世界のものだが、思いの外うまく作れた。リリティアさんが作ると言ってくれた時には、手料理に惹かれる思いもあった。だが、さすがに先輩であるリリティアさんにばかり、食事を作ってもらうわけにはいかない。
「味付けも良かったし、何より野菜がシャキシャキとしていた。寄せ鍋の時も思ったのだが、お前も中々料理ができるな」
「一人暮らしが長かっただけです。それに、野菜に関してはコンロのお陰ですね。あれだけの火力が出せるとは思いませんでしたけど、お陰でシャキシャキのまま火を通すことができました」
日本の家庭用コンロでは火力が足りず、シャキシャキの野菜炒めは難しい。しかし、家にあるコンロならば、それ以上の火力を出すことができた。その結果、自分でも驚くほどベタつかない野菜炒めが完成したのだ。
料理の話などをしながら歩くこと20分、俺たちは果樹林へ到着した。
早速、その辺の木々を利用して、脚立とはしごを作った。高いところにあるつる草を取るのは面倒なので、低い枝を伐採して材料にした。高いところにあるホージュの実も、これで安全に採ることができる。
「どれくらい採るつもりだ?」
「革袋2袋は採ろうかと思ってます」
「そうか、結構な量だな。ならば私も手伝うとしよう」
そう言うと、リリティアさんは革袋を引っ張って高くへ飛んでいった。本人の姿がすっかり隠れているため、こちらからは革袋が浮いているように見える。
そして、太めの枝に飛び乗ると、人間モードに姿を変えた。
その姿を見て驚いた。昨夜も町へ行った時も、ひざ丈のスカートに七分袖のシャツを着ていた。しかし、今着ているのは半袖のシャツにデニム生地っぽいホットパンツというラフな格好だった。靴下にニーソックスを履いており、遠目に見ても絶対領域が眩しい。早く下に降りてきてくれないかな。
シャツの裾がめくれてお腹が少し見えていたり、左のニーソックスがひざ下までずり下がっていたりと、若干の着衣の乱れがある。
「どうしたんですか、その服」
「これは特殊な素材でできていてな、小さくして携帯できるんだ。私自身の姿を変える時に合わせて元に戻せば、このように外でも姿を変えられる。多少のコツは必要だがな」
そう言いながらリリティアさんは、めくれた裾を直してお腹を隠し、ずり下がったニーソックスを引き上げた。
「町へ行った時と違う服装なんで驚きました。何種類もあるんですか?」
「いや、私に合わせてあるものは、3組しかない。あまり多くても、小さくなった時に持てないからな」
「じゃあ、町へ行った時の黒い服装と、今の動きやすそうな服装、人形モードの衣装で3種類ですか」
「いや、小さい時は別だ。あれは厳密には衣服ではない。衣服に見える部分も、実際は私の体の一部だ。さすがに、痛覚などはないがな。大きな姿、お前が言う人間モードの時に着る携帯衣装が3種類あるということだ」
「では、俺の知らない服装がもう1組あるんですね」
待てよ・・・ということは、人形モードは全裸だ。あの姿は、一糸まとわぬリリティアさんであるということだ。そう考えると、ちょっと興奮する。
「何か変なことを考えているように感じるが、私の服装のことは別に気にしなくていいだろう。それより、ホージュの実を収穫していくぞ」
そこからのリリティアさんの動きは手早かった。近くにある実を採っては移動し、枝から枝に移りながらもいでいく。まだ熟していない実だけを正確に残しながら、次々と収穫していくリリティアさんを、しばらくの間何もせず眺めてしまった。
「おい、こちらを見てないで、お前も手を動かせ」
言われて慌てて作業に移り、脚立に跨ってホージュの実を収穫していく。
リリティアさんが革袋をホージュの実でいっぱいにして降りてきた時、俺が持つ革袋はまだまだ余裕があった。
「まだかかりそうか?」
「いえ、すぐ終わらせます」
それを聞いたリリティアさんは、革袋を置いて木の根っこに腰を下ろした。
さて、すぐ終わるなどと見栄を張ってしまった。とにかく、急いで終わらせよう。