六日目・猫目石④
その後、詳細について説明を受けてから猫目石を出た。
店頭に並べた押し花は、売れたら手数料を引いて売上金額を渡してくれるとのことだった。もし売れない場合、俺の判断でいつでも引き上げて構わないし、ずっと店頭に並べていても構わないらしい。売れた際の手数料以外には何の費用もかからないとのことだった。持ち込んだ側にかなり都合のいいシステムだと思うのだが、売れるものしか並べないから問題ないとのことだった。
それと、折り紙に関してはリベルさんが糊付けなど、簡単な処理を施してくれるらしい。形が崩れないようにするためと、広げて折り方を研究されないようにするためとのことだ。日本なら本屋やネットで誰でも知ることができるような折り方しかしていないが、果たしてわざわざ隠す価値のある技術なんだろうか。
「金貨2枚で売れるとのことでしたが、金貨ってどれくらいの価値があるんですか?」
リリティアさんに気になっていたことを1つ尋ねた。この世界の貨幣については、銅貨と銀貨の交換比率しか知らない。
「ふむ。では、帰り道はオストーンの貨幣システムについて説明するとしようか」
ジュースの入った竹筒に口をつけながら、リベルさんが言った。今日のところは、この町でやることはもうない。残金が少ないためやれることがないともいう。
「銅貨100枚で銀貨1枚、これは昨日話したな。銀貨と金貨の交換比率だが、今は銀貨90枚で小金貨1枚だ」
「今は、というと変わるんですか?」
「銀貨と小金貨の交換比率は、銀や金の供給量などを見て国が決める。概ね小金貨1枚につき、銀貨100枚前後だな。この国で比率が変動するのは、今の所は銀貨対小金貨だけだ」
「ところで、小金貨というのは金貨とは違うんですか?」
「いや、リベルが言っていた金貨とは小金貨のことだ。金貨には大金貨と小金貨があり、小金貨100枚で大金貨1枚だ」
「銅貨の100倍が銀貨、その90倍が小金貨、その100倍が大金貨・・・ええっと・・・大金貨は銅貨90万枚分ですね」
「そういうことになるな。だが、大金貨を使うのは王族や貴族、それに一部の豪商くらいなものだ。庶民にとっては小金貨を使うこと自体が稀だ。大金貨は殆どのものが生涯見ることがないだろう。だから、一般的に金貨と言えば小金貨を指す」
金貨とは小金貨のことだから、金貨2枚は銅貨1万8000枚か。森に住む俺にとって、一日の食料を買うのに必要なお金は一人分で銅貨6枚だから、1500日分の食料と同額だ。食べ物に困らないようにすると言ったが、こんなに早く実現するとは思わなかった。
「・・・金貨2枚というのは結構な金額ですね」
「そうだな。貴族とも取引があるリベルだからこそだろうな。普通の店ではこれほど出してはくれなかっただろう」
折り紙は合計15個だ。紙が50枚で銀貨5枚だったことから考えると、リベルさんの言う値段で売れれば、折っただけで価値が急上昇したことになる。折り紙という文化を続けてきた先人たちに感謝だ。
気になったことといえばもう一つ。リリティアさんが帰り際に、リベルさんに尋ねていた話だ。
『ところで、あの猫目石はどうしたんだ?確か、この辺りに飾ってあったはずだが』
『あ、あの猫目石ね。うん、あれはもう手放しちゃったの』
『手放した?あれは店名の由来にもなっている大事なものだったはずだろう?どうしたんだ?』
『ん~・・・ちょっと、色々あってね』
こんな会話の後、リベルさんに退店を促されてしまった。リリティアさんはまだ何か尋ねたそうにしていたが、それ以上何も問わずに店を出た。
俺も、聞かれた時のリベルさんの表情が気になっていた。これ以上の追及を拒むように店を追い出したこともだ。
「ところで、リリティアさんが最後に聞いていた宝石、猫目石の話なんですが」
「ん?なんだ?」
「店の名前にもなったものだそうですが、リベルさんにとっては大事なものだったんですよね」
「ああ。店内の目立つ所に飾り、あの店のシンボルにもなっていたものだ。私も詳しくは知らないが、欲しいという客がいても決して売らなかったそうだから、大切にしていたんだろうと思う」
飾ってあった場所は想像がついた。カウンターの後ろに一箇所だけ、ぽっかりと空いている空間があった。おそらく、あの場所に飾っていたのだろう。
「だったらなんで手放しちゃったんでしょうね。言い方からすると、紛失や盗難じゃなくて、リベルさんの意思で売ったようでしたけど」
「わからんな。私も聞きたかったんだが、言いたくないとばかりに追い出されたんで何も聞けなかったんだ」
「何か困ってることがあるのなら、言ってほしいですね。何かできることがあれば、協力したいですし」
「・・・リベルとは今日会ったばかりなのに協力したい、か。これをきっかけにして、リベルとお近づきになろうという魂胆なのか?私としては、リベルをお前の毒牙にかけられるわけにはいかないが」
「違いますよ。リリティアさんの友達なら手伝いたいってだけです。下心なんてありませんから」
下心が全くないわけでもないけれど、お世話になっているリリティアさんの友人という点は大きい。
「友達か・・・まあ私もただの客の一人ということなんだろう。実際にそうだしな・・・私としては、ただの店の主とは思っていないが」
リリティアさんは独り言のようにつぶやいた。相談してくれないことに、やるせない思いがあるのだろう。
「うーん・・・でも、俺に対する対応とリリティアさんへの対応は、全然違ってるように感じましたけどね」
「それは初めての客と、何度も通っている者との違いだろう。それに、女性客ばかりの店に男性が来たことで緊張もあったんだろう。リベルは男性が苦手のようだしな」
ひょっとして、ちょっとへそを曲げている?まだ6日間だけの付き合いだが、リリティアさんのこういう感情の出し方は初めて見る気がする。
「さて、そろそろ転移装置がある場所だからな。周囲に人間がいないか、確認を怠るなよ」
リリティアさんは周囲の確認のためか、俺から離れていった。
転移装置までは、まだもう少し距離があるのだが。