六日目・猫目石③
しばらく考えていたリベルさんが、口を開いた。
「この町の近くに咲いていない、珍しい花なら銅貨7枚。ありふれた花だと・・・他所で売るなら、高くても銅貨2枚かな。完成度の低いものはそれぞれ銅貨1枚割引ね」
「他所で売るならということは、猫目石では扱ってはもらえないということか?」
「うん。この店には並べられないかな。ビビビッと来ないもん」
「そういうことか。ならば仕方ない」
自分が気に入ったものしか店頭に並べない、だったっけ。お気に召されないのであれば、諦めよう。
「すみません、この紙1枚で銅貨10枚はするんですけど、それでも銅貨7枚ですか?」
「この状態では、紙としての価値はなくなっているんです。飾りとしての価値を考えると、妥当な金額だと思います」
手をかけた方が値が下がるなんて思わなかった。こういうこともあるのか。
「まあ今回は仕方ないですね。作ってしまった以上、置いてもらえるものだけ置いてもらいましょう」
「ありがとうございます。あ、それと、今度からは木の板に押し花を貼り付けたほうがいいと思います。高価な紙を無駄遣いしていると、それだけで敬遠されてしまいますから」
なるほど、確かに紙が貴重で高価なものとされる世界だ。それを本来の用途とは異なる使い方をすれば、否定的に見られても仕方ないのかもしれない。
そうなると、本命の折り紙はどうなるんだろう?同じように考えれば大した金額にはならないということになってしまうけれど・・・。
「見て欲しいものはまだあるんだ。これも紙を使ったものなんだが、どうだろうか。私としては、それなりに価値はあると思うんだが」
リリティアさんに目で促された。正直、押し花の評価を聞いた後で出すのは躊躇ってしまう。
「えっと、これなんですけど、どうでしょうか。売れますかね?」
折り紙を全て、カウンターに並べた。
「むむ、これは!」
お、押し花とは反応が少し違うようだ。一つひとつ手にとって、確かめている。
「これって全て1枚の紙からできているんですか?」
「ええ。そこにあるものは全て戻せば1枚の紙に戻りますよ」
2つ以上用いる複雑なものもあるらしいのだが、生憎作り方を知らない。この場にあるのは、子供用の折り紙の本に載っているような簡単なものだけだ。
「むう・・・1枚の紙から立体的な造形を作り出せるなんて凄いです」
「中々こういうものは見たことないだろう?ちょっとしたインテリアとしてはいいと思うんだ」
「な、中々なんてものじゃないよ!紙をインテリアになんて発想、普通はしないもん!」
最初の消え入りそうな喋り方からは、少し考えられないようなテンションだ。おっとりした見た目だが、素の彼女はこちらなんだろう。
「割と高評価してもらえてるみたいですね。折り紙も店頭に並べてもらえますか?」
そう聞くと、リベルさんは考え込んでしまった。反応は上々だったと思うのだが、気になる点でもあるのだろうか。
「これ、全部わたしに預けてもらっても構いませんか?」
「どういうことですか?」
「三日後にとある貴族の方と会うことになっているんです。店頭には並べず、その方にお譲りしようと思います」
貴族とも取引があるのか。何気にすごい人なのかな?この世界での貴族がどれくらい偉いのかはわからないけど、リベルさんが敬語で話していることからも、庶民とは身分が違うことはわかる。
「それは領主のドラ息子じゃないだろうな?」
「リリティアちゃん、他にお客さんがいないからって迂闊なこと言っちゃダメだよ?・・・でも、あの男じゃないから安心して?」
それを聞いたリリティアさんが、それならいいんだ、とつぶやいた。領主のドラ息子については、リリティアさんは相当嫌っているようだな。リベルさんの評価も芳しくはなさそうだ。どんな男なんだろうか。それと、シャールの町の、他の人たちはどう思ってるんだろうか。気にはなるが、この国の貴族とは迂闊に関わらない方がいいだろう。よろしくない相手であれば尚更だ。
「わかりました。リベルさんがそういうのであればお任せします」
「作ったこいつがいいと言うならば、私も異論はない。ところで、どれくらいの値が付きそうだ?」
またもや、リベルさんが考え込んだ。真剣に考える時の癖なんだろう。右手で額を押さえている。それが、猫が顔を洗っているようで愛らしかった。
「金貨1枚と銀貨・・・ううん、金貨2枚で行けると思う。珍しいものにはお金に糸目を付けない方だから、言い値で買ってくれると思う」
「そんなに高額になるのか!?本当に、それで売れるのか?」
リリティアさんは驚いたように尋ねているが、生憎俺には金貨の価値がわからない。銀貨よりはずっと高価なんだろうけれど。
「任せておいて~。わたしの審美眼に狂いはないんだから」
胸に手を当てながら、自信満々の表情でリベルさんが答えた。
そんな彼女の様子を見ながら、手を当てている部分もリリティアさんと仲良しだということに気づいた。