六日目・猫目石②
「お、今日は開いてますね」
市場を回った後、折り紙を売りに行くために小物の店の前までやってきた。店先に朱色の看板が置いてあり、扉には開店中の札が掛かっている。看板は「ようこそ 猫目石へ」という字が書いてあるだけのシンプルなものだ。この店の名前は猫目石というらしい。
看板に目を取られていると、リリティアさんが、先に店に入っていった。朝からずっと人間モードでいるので、扉も自分で開けられる。市場を一緒に回っていた時は、勝手にデート気分を味わっていたのは内緒だ。
「久しぶりだな、リベル」
「あ、いらっしゃい。リリティアちゃんお久しぶり」
「元気だったか?」
「元気だよ~。リリティアちゃんも元気そうでよかったよ~」
遅れて入っていくと、リリティアさんがカウンターにいる女性と話をしていた。なんだか和やかな雰囲気だ。
その女性の年齢は、見た目はからすると日本だと高校生くらいだろうか。身長は、リリティアさんよりもう少し小さいくらいだ。童顔でタレ目がちな面立ちから、おっとりとした印象を受ける。なんと言っても一番の特徴は、2つある朱色のリボンだ。ピンと先が尖った三角形をしているため、猫耳のように見える。
「あ・・・えっと・・・そちらの方は初めての方ですね。あの、いらっしゃいませ」
俺の方を見た途端に、急に消え入りそうな声で話しだした。俺が怖い・・・はずはないとして、人見知りなんだろうか。それとも、男性が苦手なのか。どちらにしろ、接客業に向いているとは言い難い性格だ。まあ、こういう感じの人の方が、バイトも意外と長続きしたりするんだけど。
「ああ、そんなに怯えなくてもいい。こいつは私の連れだ」
怯えられているようだ。男性が苦手なほうなのかな?
「はじめまして。森野守と申します」
あまり距離を詰めないようにして、小さくお辞儀をした。顔は長年のホールスタッフ歴で培った営業スマイルだ。心身ともにボロボロの極限状態の時も、常に顔に張り付かせてきた笑顔である。数ヶ月のニート生活で錆びつくものではない。
「あ、リリティアちゃんの知り合いの方でしたか。はじめまして、わたしは猫目石店主のリベルと申します」
そういうと、彼女は深々とお辞儀をした。若そうな見た目をしているが、店主とのことだ。実際は何歳なんだろうか。聞いてみたい気はあるが、リリティアさんに怒られそうなので止めておこう。
「早速本題に入るが、店頭に置いて欲しいものを持ってきたんだが、見てもらえるか?」
「え?いつもは何かないかって聞くだけなのに。初めてじゃない?売りたいものを持ってくるのって。気になるな~リリティアちゃんが初めて持ってくるもの。どんなのかな~」
リリティアさんと話している時は、リベルと名乗る店主はかなり饒舌になる。話すことが苦手というわけではなさそうだ。
「む、それはこいつが持っている。こいつが作ったんでな。おい、ボーッとしてないで早く出してくれ」
対してリリティアさんは、若干押され気味のようだ。
「あ、数は結構あるんですけど、いいですか?」
視線を持ってきた革袋に落としながら聞く。視界の端にリベルさんを捉えながら近寄った。若干警戒しているように見えるが、まあ許容範囲だろう。
「これは押し花というものです」
カウンターに、まずは押し花を並べた。押し花は糊付けがうまくいかず、ほとんどにシワができてしまっている。押し花作りなんてきちんとやったことなんてないのだから、最初はこんなものだろう。図画工作は元々苦手だ。
「むむむ・・・紙をこんなことに使うなんて・・・シワができちゃってて出来もよくないし・・・」
やっぱり、糊付けの失敗は減点要素だったようだ。もうちょっと手先が器用だったらよかったのだが。
「でも、お花は見たことのない珍しいものもある。物珍しさは売りになるな・・・これって、どれくらい保ちますか?」
それを聞かれるとは思わなかったな・・・どれくらいなんだろう。一年程度だったはずだけれど、保存状態もあるし、かなり割引いて伝えたほうがいいだろうな。
「次の次の次・・・3つ先の新月の日くらいまでは大丈夫でしょう」
「つまり3か月後か・・・それだけ保てば十分かな。では、それをいくらで売るおつもりですか?」
それも考えてなかったな。いくらで売るなんて、今までは買う側のプロが値段を提示してきて、それが適切なのかをリリティアさんが判断したきた。俺は何も考えてないし、決めたことがない。さて、どうしようかな。どうしたらいいかな、リリティアさん。
「リベルは、いくらくらいなら売れると思う?あと、定期的に店頭に並べても買い手があるかも知りたい」
「う~ん、そうだな~・・・」
ナイスリリティアさん。逆質問をすることでリベルさんの意見を引き出すなんて。さすが頼りになる先輩だ。
さて、いくらになるのだろうか。