六日目・猫目石①
パッパラパパパパラパパッパラッパパー。
起床ラッパの音で目を覚ます。まだ眠気があるが、我慢してベッドの布団から体を引きずり出した。昨日はあの後、気恥ずかしくなってすぐに自室に戻った。しかし、気持ちが落ち着かずに中々寝付けなかったため、まだ眠気が取れていない。
眠い目をこすりながらリビングに向かうと、リリティアさんが人間モードでソファに座っていた。
朝起きるとリビングに美少女がいる・・・いいなぁこういうの。正直、憧れていた光景である。大学在学中の四年間、一人暮らしをしていたが、一度も女性を部屋に招くことはなかったからなぁ。
「おはようございます」
「おはよう。朝食食べるか?」
「あ、そうですね。待っててください、何か作りますから」
「いや、もう作ってある。食べるなら温めてくるが、どうする?」
「え?・・・あ、じゃあお願いします。ありがとうございます」
「わかった。ではちょっと待っていろ」
そう言うと、リリティアさんはキッチンへ向かっていった。
洗面所で口をすすいでから、キッチンへ行く。
「何すればいいですか?」
「今日は私がやってやるから、おとなしく座っていろ。それに、もうほとんど終わっているしな」
リリティアさんはそう言って、目でダイニングテーブルを示した。
おとなしく座って、リリティアさんを眺めた。後ろで束ねた長い髪が、彼女が動くたびに小さく揺れる。こうやって誰かに料理してもらうのは久しぶりだな。
「よし、できたぞ」
リリティアさんが手早く皿を並べた。メニューは、野菜とベーコンが入ったスープとパンだ。
「わざわざ作ってもらってすいません。いただきます」
「いただきます・・・いや、気にすることはない。今まで食べるばかりだったから、そろそろ私もやるべきだと思ってな。それに、お前は私が料理ができると信じていなかったようだったのでな」
姿を変えられるなんて知らなかった時の話だ。人形モードのもみじのような手を見て、料理ができるとは思えなくても仕方ないと思う。
スープをすする。野菜の甘味が口の中に広がる。それだけでなく、ベーコンの香りがアクセントになっているため、味が単調になっていない。椎茸のようなキノコも入っているが、これは出汁として使用したのだろう。食材を無駄にしないため、出汁のキノコも捨てず具材にしているのだ。
「このスープ、美味しいですね。シンプルな味付けで野菜の甘味が引き立ってます」
「ありがとう。大したものは作ってないがな。いや、大したものは作れないというべきか。卵もミルクもないと、作れるものがこんなに限定されるとは思わなかった」
「そうですか?十分美味しいですけど。でも、まあ確かに食材についてはもう少し色々買ったほうがよかったかもしれませんね。卵と牛乳は無理ですけど」
市場で売ってはいるのだが、卵と牛乳は購入を諦めたのだ。卵は、割らずに家まで持ち帰るのは難しいと思ったからだ。せめて日本のようにパック詰めされていればいいが、そんなものがあるはずもなく、そのままの状態だった。家に帰ったら卵が全滅していた、そんな悲劇は一人暮らしを始めたばかりの時に経験済みだ。二度も経験する必要はない。
牛乳に関しては、保存方法が問題だった。この季節に牛乳を常温保存するなど、正気の沙汰ではない。冷蔵庫でもない限り、牛乳を購入するのは難しいだろう。町の人たちは、その日飲む分だけを購入しているらしいが、毎日市場まで行くわけにもいかない。
「せめて、バターくらいは買うべきだったな。バターがあれば、このパンももう少し食べやすくなるんだが」
「金額的に少々割高でしたけど、確かに、あったほうがいいですね。パンを食べやすくする方法は必要ですから」
バターはパンに塗るだけでなく、色々な料理に利用ができる。床下の冷暗所でも、ある程度は保存できるだろう。しかし、中々に高価で、昨日は手を出せなかった。
「もう少し食材と調味料があれば、まともなものを作ってやれるんだが・・・この森で生活をする以上、文句を言っても仕方がないが」
同じことを繰り返し言っているな。よほど料理の出来が不本意だったんだろうか。こんなに美味しいのに。
ん?・・・もっと色々な食材があれば、もっと美味しいものが作れるのだろうか。少なくとも、作ってくれそうな言い方をしている。神々の世界とは手に入るものが違うだろうから限界はあるだろうけれど、食材が豊富にあれば自慢の料理の腕を披露してくれるのだろう。そうなるとやはり、紙以外の収入源をもっと増やさなくてはならないな。
売り物について、昨日思いついたことが1つある。
「今日は折り紙を売りに行く予定ですが、その前に市場に寄ってもいいですか?」
「ん?それは構わないが、何を買うんだ?それほどお金は残っていなかったはずだが」
「あ、特に何かを買うわけじゃないんですけどね。どんなものが並んでるのか、調べておこうと思いまして」
市場調査と呼べるほど大それたものではないが、似たようなものが売られているのか、売られているのならば幾らくらいなのか、そういったことを確認しておきたいのだ。
「わかった。では、出発の時間は任せる。だが、慌てなくていい。どうせあいつの店が開くまで時間はかなりあるからな」
「1つ気になってたんですが、折り紙を売りに行く店の店主とはお知り合いですか?」
言い方が親しげというか、遠慮がない。他の店の店主を「あいつ」と呼んだりはしていなかったはずだ。
「あの店には何度か行ったことがあってな。店主とも顔なじみなんだ」
「そうなんですか。あのお店の店主は、一体どんな方なんですか?」
「とにかく可愛いもの、綺麗なものが大好きでな。自分が気に入ったものでなければ店頭に並べない。少し内気なところがあるが、見る目は確かなために固定ファンが多いようだ」
「いますね、固定ファンがここにも」
「・・・そうだな」