五日目・月下の精霊⑨
肩までお湯に浸かる。心地よい温かさが、全身を包んでくれる。異世界に来て初めての入浴だ。浴槽が浅く広い作りになっているため、仰向けに近い姿勢になる。この浴槽を選んだのは、今回の目的が月見風呂だからだ。仰向けに寝転び、明るく輝く新月を眺めることができる。
見上げた月は眩しかった。輝き方に偏りがあり、月の真ん中辺りが特に眩しく、縁の方はそれほどではない。月明かりというが、本当に月自体が一つの照明のように輝いていた。その明るさのため、月の近くの星々は霞んでしまって見ることができないくらいだ。
そういえば、このお風呂はユナさんが入ったばかりだったよな。ほんの数十分前には、この場所で、この簡素で開放的な浴室の中で、一糸まとわぬ姿になっていた。月の光に体を晒しながら、湯浴みをしていたのだろう。そう考えると、ちょっとドキドキしてくる。
「それにしても、ユナさんがいてくれてよかった」
やましい意味ではなく、素直にそう思う。この浴室だって、彼女がいなければ完成しなかっただろう。そもそも、癒やしの水がなかったら、今日シャールの町に着いてはいなかったかもしれない。何より、人間ではなくても、同じ姿をした先住者の存在は精神的に大きい。とても、有り難い存在だ。
そんなことを考えていると、月から少し離れた空に一筋の光が走った。
流れ星だ。あっという間だったから、願いを考える暇もなかったな。
そんなことを考えていると、また星が流れた。2回見られたのだからとしばらく眺めていると、かなりの頻度で流れ星が見えた。今日は流星群が見られる日なのだろうか。昔、ふたご座流星群を見ようと深夜に空を見ていたこともあったが、こんなに沢山は見られなかった。こちらの流星群は数が多いのだろうか。いや、単に周囲が暗く、流れ星が見やすいだけなのかもしれない。
体も温まってきたので、そろそろ出よう。体を拭き、服を着て家に戻る。浴槽を温めるためのスイッチは切っておいた。お湯を抜くのは明日でいいだろう。
玄関を開けると、すぐ近くにリリティアさんがいた。
「ようやく出たか。久しぶりのお風呂は楽しめたか?」
「はい、気持ちよかったです。やっぱり作ってよかったですね」
「そうか、それはよかった。やはり、お風呂は必要だな?」
いいえという返答は許さない。そんな言い方だ。浴室をきちんと整備しろということかな?まあ、俺としても、それに関しては異論はないけれど。
「勿論です。空が見えて開放的でよかったですね。月も綺麗でしたし、流星群かな?流れ星もいくつも見えましたからね」
「そうだな。地上から眺める流れ星はいい・・・ああ、流れ星もまた30日後に見られるからな」
「新月ごとに月が明るくなって、流れ星も見えるんですか?」
「そういうことだ」
流星群が30日ごとに来る、ということなんだろうか。それだけ頻繁だと、逆に有り難みも薄くなる気がする。何事も程々が一番だろう。
「では、私もお風呂に入ってこよう」
「え?あのお風呂に入るんですか?」
リリティアさんのお風呂については考えていなかったな。さすがに、あのお風呂は大きすぎるだろう。小さな桶にでもお湯を入れたほうがいいのかもしれない。
「そうだが、なにか問題でもあるか?」
「いえ・・・ですが溺れませんか?」
人間にとっては浅いが、リリティアさんには足がつかないだろう」
「そんなヘマはしない。入ってくるから、玄関の扉を開けてくれ」
そう言われて扉を開け、浴室まで付いていく。
「・・・何故付いてくる」
「いえ、入り口が開けられないかと思って」
「いや、上から行くからいい」
そういうと、リリティアさんは飛び上がって壁の上に立った。そうだよな、飛べるんだから壁の上から入ればいいんだ。屋根なんてないんだから。
「あ、スイッチ切っちゃってるんで、ぬるくなってるかもしれないです」
この短時間だから大して下がってはいないだろうけど、一応伝える。
「そうか、わかった」
「では俺は家に戻りますね」
「ああ、念の為言っておくが、覗くなよ?」
さすがに、二頭身人形の入浴シーンを覗く気にはならないなぁ。可愛い美少女のお風呂なら是非覗きたい・・・できれば一緒に入りたいくらいだが。リリティアさんは可愛いと思うけれど、ジャンルが違う。可愛いの方向性が違うのだ。
苦笑いを浮かべながら、家に戻った。