五日目・月下の精霊⑤
「お二方とも、着きましたよ」
ユナさんに運んでもらって、家まで戻ってきた。寝心地の良い水の中から出たくないなぁ。このままじゃダメかな。
「ユナ、早速だが浴槽とタルに水を入れてくれ。お前はタルを持ってこい」
リリティアさんがテキパキと指示を出す。仕方ない、諦めて起きるか。
ユナさんは俺が水から出たのを確認すると、浴槽に、続いて運んできたタルへと水を注いだ。
まだまだ水の量は半分近くある。あと4つはタルが必要だ。だが、空のタルはもうない。ユナさんが運んでくれた水だ。捨てるのももったいない。
よし、タルを作ろう。どうせ目隠しとなる囲いも必要だし、タルならばそれほど時間はかからない。
神の門のカタログを確認して、木々の間を縫うように魔法陣を描く。いくつも作っているベルト付き木製タルの中サイズだが、今回は一気に作りたいので、5つまとめて作れるように個数指定をする。その方法は、魔法陣に作成数を示す記号を書き足すだけだ。魔法陣を描き終えると、次はつる草の排除だ。脚立を使って、魔法陣の内側の木と、外側の木にまたがって生えているつる草を外す。少々面倒だが、これをやらないと材料となる木を転送することができず、タルを作成することができない。
「よし、手伝ってやろう」
俺の作業を見ていたリリティアさんが、協力を申し出てくれた。飛んでつる草を一本一本外していく。ハサミが使えるわけではないから作業スピードは遅い。しかし、その気持ちがありがたい。
「ではわたくしもお手伝い致しますね」
脚立の位置を変えて、2箇所目に取り掛かろうとしている時だった。ユナさんも手伝ってくれるようだ。それは嬉しいけれど、脚立もう1つあったっけ。いくつか作ったから、どこかには置いてあるはずだけど。
そう思っていたら、ユナさんも飛んだ。いや、飛んだように見えた。実際には水をまっすぐ上に伸ばして、その上に乗っていた。
「どれを切ればよいですか?指示をお願い致します」
「わかった。私が行く」
リリティアさんはつる草を剥がす手を止めて、ユナさんのところへ飛んでいった。指示に専念したほうが効率はいいだろう。
こちらに水が伸びてきた。ハサミを水の上に置く。ユナさんを見ると、軽く会釈している。
リリティアさんの指示に従って、ユナさんがつる草を切っていく。やれることがなくなった俺は、脚立に座ってユナさんの作業をただ見つめていた。
「お前は次の魔法陣を作れ。次に作るのは木の板だ。今日はそれを壁にしようと思う」
「わかりました」
脚立を降りて神の門のカタログをめくった。木の板を調べ、魔法陣を描く。そして小屋に置いておいた木材を持ってくる。
木材をいくつか運び終えたところで、リリティアさんから声がかかった。つる草の処理が完了したようだ。
「神の門を起動させるぞ。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
ユナさんが門を象った置物を置くのを見て、慌てて魔法陣から目を背けた。
「きゃあ!」
背中の方から叫び声が聞こえてきた。おそらくユナさんだろう。初めて目の前で起動したのだ。魔法陣のあまりの眩しさに、思わず声が出てしまったんだろう。
振り返ると、ユナさんが座り込んで両手で目を覆っている。
「ユナさん、大丈夫ですか?」
近づいて声をかけた。
「光るから眩しいとは伝えたんだがな」
「あまりに眩しかったので驚いてしまいました。恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」
ユナさんは顔を上げると、上目遣いでこちらを見た。
・・・・・・すごくいい。普段の落ち着いた振る舞いとは打って変わって、少し照れたような愛らしい表情をしている。これは破壊力抜群だ。
「どうしました?」
ユナさんの声に気づいて我に返る。そして、手を差し伸べて、立ち上がるユナさんを支えた。
お礼を言うユナさんに、優しく微笑みかける。これは紳士ポイントが高いだろう。
「絆されてないで仕事をしようか。あと、いい加減手を離せ」
「あ、すいません」
思わず手を握ったままにしていたようだ。慌てて手を離す。細くひんやりとした手の感触が、とても名残惜しい。
「・・・・・・」
リリティアさんの目が怖いので、弾けるように次の作業へと向かった。
魔法陣を描く。大きな木の板が10枚なので、魔法陣もそれが通れるように大きめだ。その間、ユナさんは残った水をタルに注いでいた。どうやらタルは4つで足りたようだ。
魔法陣を描き終えると、次はつる草の処理だ。これはもう完全にユナさんとリリティアさんに任せた。脚立を昇り降りして、脚立を動かしながら移動していく俺のやり方よりも、水の上に乗って自由自在に動いていくユナさんのほうが圧倒的に早い。
ものの数分で作業を終えて、彼女たちが下に降りてきた。それを見て、次の作業に移る。
魔法陣の上に、更に木材を置く。生えている木だけでは必要量に到底足りない。小屋にあった木材と、タルを作った際に余った木材を利用する。
この作業、上でつる草の処理をしている間に済ませれば早いのだが、そういうわけにはいかなかった。ワンピース姿のユナさんに(リリティアさんが)配慮した結果、俺は少し離れたところで待機することになったためだ。
今回は俺が、神の門を起動させることにした。ユナさんが目を伏せるのを確認してから、置物を置く。すぐに両手で目を覆う。
こうして、壁材となる木の板が完成した。
日が傾いてきている。周囲が見えなくなる前に、全ての作業が間に合うだろうか。