五日目・月下の精霊①
「おい、片付けはしなくていいのか?」
「後でやります。今はちょっと休憩させてください」
服屋での買い物の後、再度小物の店を確認したが開いていなかった。リリティアさんは不思議がっていたが、開店していないのであれば仕方ない。今日は諦めて家に帰ることにした。鉱物商の所に寄って、鉄鉱石を受け取り帰路につく。あまりの重さに何度かの休憩を挟み、時折泣きを入れながら家まで戻ってきた。
だから少し休憩したい。籠いっぱいの鉄鉱石も背負い籠に混在する食材と日用品も、革袋に入ったお土産さえも放り投げてソファに飛び込んだ。そんな俺を一度は咎めたリリティアさんだったが、それ以上は注意せずに休憩させてくれた。ソファで寝そべる行儀の悪さも、不問にしてくれている。
10分以上は寝ていただろうか。まだ寝ていたいが、喉が乾いたので起き上がって癒やしの水を飲んだ。
それから片付けを始める。食材はキッチンの床下収納にしまい、折り紙はそのまま革袋の中に入れておく。明日、もう一度店に行ってみるからだ。
そして、石鹸やタワシなどの日用品は所定の位置へ置いた。日用品はアイリアさんが用意しておいてくれたものがあるが、買えたものに関してはそちらから使うことにする。シャールの町のものとは、比べるまでもないくらい品質に差がある。いいものは残しておきたい。
アイリアさんは一通りのものを用意してくれていて、シャンプーや洗濯洗剤などもあった。しかし、町には石鹸はあったが、シャンプーや洗濯洗剤は手に入らなかった。町で手に入らないものは、尚更使わずに取っておく。
さて、いよいよ鉄鉱石だ。これは小屋に運び込む。名前のいいにくい、毒を判別する機材が置いてある小屋だ。この小屋は完全に作業小屋にしてしまうことにした。組み立てが必要な機材はこの小屋に運んで、組み立てたままにしておくと便利だ。というよりも、わざわざ組み立てて分解してを繰り返すのは面倒に思ったからだ。
更に、この小屋に機材を運ぶ。金属を判別して分離してくれる機材だ。リリティアさんの指示に従って組み立てる。こういった機材の組み立て手順も、全て頭に入っているのだから恐れ入る。こういった機材全般だけでなく、森や町の情報や山菜などの植物の知識も頭に入っている。はっきり言って、俺には到底覚えきれそうにない。もっとも、リリティアさんはこの小さな体でアイリアさんの、神の補佐をしているのだ。俺とは比べられないほど優秀なのだろう。
組み立てを完了して、機材を起動させる。この機材は「金属元素分離測定器」というらしい。毒の機材に比べて、そのままなネーミングだ。こういうのでいいんだよ。
鉄鉱石をまとめて機材に投入する。1メートルほどの立方体に漏斗のような投入口がついていて、起動させるだけで、投入した金属を分離してくれる。金属以外はその他の元素としてまとめて排出されてしまうが、金属はわずかな量でも特定して分離するらしい。立方体に取り付けられているディスプレイがあり、金属元素の名前がそれに表示される。ちなみに、分離した際に危険な成分は、安全な状態にしてくれるらしい。例えば水素は水にして排出され、ウランなどの放射性物質は安全な同位体に変化させてくれる。
精製した鉄ではなく鉄鉱石を購入したのは、この機材の話を事前にリリティアさんから聞いていたからだ。精製された鉄よりも鉄鉱石のほうが、当然不純物が多くて安価だ。費用を節約できるし、不純物にも期待している。鉄鉱石の中に希少な金属がわずかでも混ざっていれば、それを取り出して利用できる。もしプラチナやタングステン、水銀が混ざっていれば、転移装置の作成に大幅に前進できる。
そんな期待を込めて、起動ボタンを押す。投入口は自動で閉まり、機材の中で音が鳴った。ガガガ、ゴゴゴと断続的に鳴っている。鉄鉱石を粉々にしている音だろう。
しばらくして破砕音が止み、フイーンと甲高い音が聞こえ始めた。
「お、音が変わった」
「成分を分離している音だな。完全に分離させたら完了だ」
ということはもう終わりそうなのか。鉄鉱石を投入してから2、3分で終わるのか。
ピピピピピと音がなり、分離完了の文字がディスプレイに表示された。まずは排出口から金属元素以外のものが排出される。最初、勢いよく風が出てきた。安全であるとリリティアさんに言われているが、吸い込まないように退避した。
「これは酸化鉄が還元されて発生した酸素だろう。心配しなくても無害だから大丈夫だぞ」
「わかってはいるんですけどね」
驚いたことに、分子構造すら断ち切って原子レベルで分解する。だから酸化鉄ならば酸素原子と切り離すし、合金もバラバラに分解してしまう。合金は誤って分解してしまう事故は多いらしい。
そして、単体では存在できない元素すら、単体で取り出すことができる。それが異常であることくらい、文系の俺でもわかる。まあ、転移装置すら量産する世界の技術だ。気にしたら負けである。
ともかく、鉄がどれくらい取れるのか。それと、神の門で利用できる希少鉱物はあるのか。結果を確認しよう。