五日目・シャールの町⑧
「お客さんに合うものだと、これかな?こっちもありだなー」
カウンターの後ろに畳んで置いてある服を、取っ替え引っ替えしている。その間、チラチラとこちらを見ている。サイズを確認しながらも、ジーパンに目が行っていることが見ていてわかる。
3組ほど並べて、見比べている。ためつすがめつしながら見ているのだが、あまり長い間待たされるのも困る。
「それ、全部買うといくらになる?」
「え?3組とも買ってくれるの?」
彼女の口調に釣られて、こちらも話し方がフランクになってしまった。馴れ馴れしいと言われかねない話し方だが、不快感がない。かえって親近感が湧くくらいだ。
「そうだなー。本来なら銀貨1枚と銅貨48枚なんだけど、まとめて買ってくれるなら銅貨は40枚でいいよ」
「そう?ありがとう、じゃあそれでお願いするよ」
簡単に値下げしてくれたけれど、彼女はそこまでの権限があるのだろうか。それとも実はセールストークで、実際には定価なのかもしれない。いずれにしろ、リリティアさんから止められないので、適正価格だと信じて購入してしまおう。
代金を支払うよりも先に、3組の服を手渡された。ちょっと不用心だなぁこの子。
「それとなんだけどさーお客さん。お願いを聞いてくれたらもう少しおまけするよー?」
「ん?俺にできることならいいよ」
「じゃあお言葉に甘えてー」
そういうと彼女は俺の前に来た。そして、突然床に膝をついて、俺の足を触りだした。正確には、俺が履いているジーパンだった。
「ふむふむ、触ってみると思ったよりも固いなーどんな布を使ってるんだろう・・・うーん、縫い目もしっかりしてるなー。あまり見ない縫い方だ」
「お、おーい」
裾から少しずつ上へ上へと触っていく。俺の声にも全く反応せず、独り言をつぶやきながらだ。
「ちょ、ちょっと」
ついにお尻まで到達したが、彼女は気にする様子もなく触っている。触り方も遠慮なく、ベタベタとだ。
「あ、そこは・・・」
「股の部分はこうなってて・・・ん?これどうなってるんだろう?」
チャックが気になっているみたいだが、その手の位置はなんていうか・・・その、あれだ。顔の位置も色々とヤバい。
彼女は気にする様子が全くなく、社会の窓の扉に手をかけている。さすがにもう限界だ。
「待って!ちょっと落ち着いて!」
両肩を掴んで強引に引き離した。これ以上はこちらの精神が保たない。
ようやく我に返った彼女は、自分がやっていたことに気づいたようだ。顔を真赤にしている。
「あ、ご、ごめんねーお兄さん。うちは夢中になると周りが見えなくなっちゃうのよねー」
「あ、うん。まあ夢中になれることがあるのはいいことだよ」
できれば、きちんと自制して欲しいところではあるけれど・・・。
でも、やっぱり本音を言えば、あのまま止めないほうが・・・いや違う。何を考えているんだ俺は。自制だ自制。
「ところで、お願いはもういいかな?」
「も、もういいよ!ありがと。じゃあおまけして・・・えっと、銅貨は30枚にしておくね」
銅貨10枚もの値下げだ。一日分の食料が買える金額だが、本当に大丈夫なのだろうか。まあ店員がそう言っている以上、客の側はありがたくその金額を支払えばいいだろう。革袋の中から、銀貨1枚と銅貨30枚を取り出して手渡した。
「ありがとうございましたー。おにーさん、また来てね」
少し照れながら、彼女は小さく手を振った。こちらも、手を振り返して店を出た。
トラブルな出来事はあったものの、こちらの服装を手に入れることができた。これで、今後町に来る時には今回ほど視線を気にしなくてもよくなるだろう。
そういえば店を出る時、彼女は呼び方が変わってたなぁ。