五日目・シャールの町①
「着いたな。ここが市場だ」
リリティアさんが小さな声で言った。50メートル四方ほどの広い空間に、露店や屋台が整然と並んでいる。そして、沢山の人々が、その周りを埋め尽くしている。大きな籠を担いで人々の間を縫うように走っている青年に、両手に革袋を下げた中年女性が文句を言っている。市場の喧騒を聞いて初めて町へ、異世界人の住む場所へ来たのだと実感する。
部屋が真っ暗な時間にリリティアさんに起こされ、日の出前の薄暗い森を歩いた。そして、日が昇ってからも数十分ほど進み、この場にたどり着いた。シャールの町の、朝市が開かれている場所である。町の北東部にあり町の玄関口としての役割も担っている、とリリティアさんが言っていた。
背負い籠には、石像、A4サイズほどの紙が50枚、そして山菜やキノコが入っている。折り紙は崩れないように、革袋に入れてある。これらを全部売り、必要なものを全て購入するのが今日の目的である。うまくいけばいいのだが。
「右から2番目の通りの左側、5番目の屋台に行ってくれ」
リリティアさんは今、革袋の中にいる。人形にしか見えない彼女が、飛んだり喋ったりしていたら騒ぎになるためだ。商品の一つのフリをしながら、必要な指示やアドバイスをしてくれることになっている。
「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」
言われた屋台を目指す。かなりの人がいるため、避けながら歩く。こちらに来てからは、まっすぐ歩くことが中々できないなぁ。木を避け人を避け歩いている。
「その屋台に男がいるはずだ。スキンヘッドで身長は・・・お前よりも少し高い」
革袋の中から更に指示が出た。周囲の景色は見えていないはずのに、いつもどおり的確なタイミングだ。
「いました」
その屋台にはいかつい顔の男がいた。確かに身長は俺より10センチほど高い。
「その男に、食材を売りたいと言って山菜とキノコを見せろ」
人だかりができているので、それに加わった。
「これとこれと・・・あとそこのネモーの実ちょうだい」
「ねえハースはないのかしら」
「毎度!合計で銅貨4枚だ・・・ハースは今日は入ってないな。根菜類は明後日入ると思うぜ」
「赤ポート、この革袋いっぱいあるんだが、いくらで買い取ってくれる?」
「うちは芋は取り扱ってないんだ。悪いが芋は向かいの芋屋に行ってくれ」
売りに来た者と買いに来た者が、無秩序に人だかりを作っているようだ。きちんと列を作って並べばいいと思うのだが、どこの屋台も同じ感じだ。
「芋屋なんてあるんですね」
「そこは芋をそのまま売買することもあるが、調理したもののほうが多い。お金に余裕ができたら、そこの芋団子は食べてみるといい」
異世界人が作った異世界の料理だ。一体どんな味がするんだろう。そもそも、どんな芋なんだろうか。これは食べてみたい。そのためにも、頑張って売れるものを全部売ってしまわないと。
そんな話をしていると、俺に順番が回ってきた。背負い籠から、山菜とキノコが入った革袋を取り出すと、いかつい顔の男に手渡した。食材だけは他と一緒にせずにまとめておいた。紙に色や水分がつくのは避けたいからだ。それと、倉庫の床に直置きしてあった石像と、食材を一緒にするのはなんか嫌だった。
「すいません。これだけ全部買い取ってほしいんですが、いくらになりますか?」
できるだけ丁寧に言った。顔が少々怖かったから、怒らせたくなかったのだ。
店主と思しきいかつい顔の男は、体格は細身だった。顔のイメージからムキムキマッチョを想像していたので、少し意外に感じた。しかし、よく見ると引き締まった体をしている。細マッチョと言ったところだ。
その細マッチョは革袋を受け取ると、ザルを2枚用意した。革袋の中のものを、一つひとつ手にとって確かめると、次々と2枚のザルの上に置いていった。
「こっちはいいが、こっちは買えねえな」
2枚のザルは、買取可能なものと不可能なものを分けていたらしい。買取可能なものには、シュエード・シアなど山菜が多かった。キノコ類はシメジに似たものだけだ。山菜も半分くらい買取不可能だった。
「買えない方の理由を聞いてもいいですか?」
「オレが知らないモンだからだ。さすがに、わからねえものを客に売るわけにはいかねえよ」
そう言われては食い下がることはできそうにない。食べられることは確認済みだが、それをこの場で証明するのは難しい。
「売れるものだけ売ればいい」
リリティアさんが入っている革袋は、左脇で抱えている。この喧騒の中では、店主にも声は聞こえないはずだ。彼女は顔だけ革袋から出して、売れる方のザルを確認している。
「では、こちらは諦めます。売れる方はいくらになりますか?」
「そうだな・・・こいつがこれだけあるなら全部で銅貨28枚・・・いや、キリのいいところで30枚でどうだ。2枚は買ってやれなかった分のおまけだ」
「うーん・・・そうですねぇ・・・」
リリティアさんの判断待ちだ。指示が出るまで、悩むフリで引き伸ばす。
「いいんじゃないか。妥当な金額だと思うぞ」
売却の許可が下りた。この世界の物価がわからないため、銅貨30枚で何が買えるのかはさっぱりわからない。リリティアさんの判断が全てである。
「わかりました。じゃあそれでお願いします」
「おう、ありがとな!またよろしく頼むぜ」
丸い赤銅色のコインを30枚受け取った。両面に小麦のような植物が描かれただけの、シンプルなデザインだ。
枚数を確認して革袋の中に銅貨を入れると、店主に再度お礼を言って人だかりから抜け出した。屋台の並ぶ通りを抜けて、人のいない壁際に座った。
「半分しか売れませんでしたね」
「売れたものから察するに、町の周辺で採れるものしか買い取らないのだろう。だが、30枚もあれば、5日分の食料は買える。1日で採れた量で、これだけの金額になれば十分だろう」
「そうですか。当面の食料の心配をしなくてもよくなったなら、ひとまずは安心ですね」
さて、事前の打ち合わせによると、次は紙を売る予定だ。これも売れてくれるといいのだが。