四日目・町へ向かおう⑩
家のリビングから、目的のものを探しだした。ついでに癒やしの水を補充して、再び転移した。
「ただいま戻りました」
「なんだそれは?」
「大きな音を出すために持ってきました。本当は、子供の玩具としてなら売れるかなと思って作ったものですけどね」
音を出すだけならば、大声を出すだけでもいいかもしれない。しかし、突進してくる恐怖を相手に、咄嗟に叫ぶことができるだろうか。前の職場を退職後、ろくに会話をしていなかったのだ。リリティアさんとの会話で、まともに声帯が機能しているだけでも上出来と言えるだろう。だから、声が出せなくても大きな音を出す必要がある。
探しながら歩いていると、イノシシは10分ほどで見つかった。少々距離があったため、静かに近づいた。
・・・最初に遭遇した時あれだけビビっていた相手を、探してこちらから接近しているのか。慣れてしまうと案外恐怖心もなくなるものだな。
10メートルほどの距離まで近づくと、イノシシのほうもこちらに顔を向けてそらさなくなった。この距離が限界だろう。
思い切り右腕を振った。パーンと、乾いた音が鳴る。
「ひゃぁっ!?」
音が鳴った途端、イノシシは体をねじって俺たちとは反対方向へと走り去っていった。
「お、成功した」
ちゃんと音が鳴ったこと、そしてイノシシが期待通り逃げていってくれたことの2つの意味だ。
自分で口にして初めて、音が鳴ることを確認していなかったことに気づいた。売り物に対して無責任にもほどがある。期待通りのものができたか、今後はきちんと確認しよう。
「なるほどな。紙を振って、空気抵抗で音を出すのか」
リリティアさんは地面で仰向けになって、俺が持っているものを見上げている。なんでそんなところで寝ているんだろう。イノシシがいるのに危ないなぁ。
「紙鉄砲といって、音を出して遊ぶものです。前に話した、折り紙の一つですね。手軽に大きな音を出せるものがないか、考えて持ってきました」
「そうか・・・考えるなら、それを鳴らすタイミングも考えてくれると嬉しかったんだがな」
「え?」
「お前が突然振るからだ。滑って落ちてしまったではないか。やるならそう言ってからにしてくれ」
「音でびっくりさせちゃいましたか。すいません気がつかなくて」
「音に驚いたのではない!お前が動いた拍子に滑り落ちただけだ!」
強く抗議されたが、あまり説得力はなかった。先ほどの悲鳴みたいな声は、リリティアさんなのだろう。普段の落ち着いた話し方と比べると、かなり印象的だ。
「では、行きましょうか」
「お、気が利くじゃないか」
右手を差し出すと、リリティアさんはその手に乗った。右手を転移装置に近づけ、リリティアさんが座るのを確認する。
こうしてまた、町に向けて歩く。しばらく歩いていたが、思ったよりも疲労がないことに気づいた。足が軽く、転移装置の重みもあまりに苦に感じなくなった。
「いいペースで進んでいるじゃないか」
「午前中より体が楽なんですよ。昼前はバテバテだったんですけどね」
「癒やしの水を飲み続けた効果が出てきたな。このまま順調に行けば・・・ん?」
リリティアさんは話をやめると、先に飛んでいってしまった。
不思議に思いながら後を追う。リリティアさんはしばらく進むと、腰ほどの高さまで高度を下げて止まった。
そこには真っ赤な花が無数に咲いていた。10メートル四方ほどの広さで咲き乱れている。同じ花が一面埋め尽くすように咲いている光景は中々壮観だ。
リリティアさんはこの花に気づいて飛んできたようで、ずっと花を見つめている。花畑という言葉がピッタリ来るこの空間を、彼女も見入っているのだろうか。
「綺麗ですね。しばらく眺めていたいくらいです」
「ふむ、では休憩もかねて少し見ていたらいい。気が済んだら言ってくれ」
そういうとリリティアさんは、定位置となった転移装置の上に座った。視線は花の方へは向いていなかった。
不思議に思いながらも、リリティアさんごと転移装置を木に立てかけた。そして、しばらくの間、癒やしの水を飲みながら花を鑑賞した。花は直径7センチほどでアザミのような形をしている。しかし棘はないようで、節のある茎から原色そのままの赤い花が咲いている。まだ咲いていない花もあるようで、蕾らしいものある。
5分ほど眺めたところで、鑑賞を終えることにした。少々名残惜しい気もするが、町を目指すことのほうが大切だ。またいつか、この花畑を見に来よう。
「リリティアさん、もういいですよ。ありがとうございました」
「もういいのか?」
「はい、十分です」
「では、この花を全て抜いてくれ」
・・・はい?
折角の綺麗な花畑だ。正直に言って、抜いてしまうのはもったいない。地図にもここを登録しようかと思っていたくらいだ。
「抜いちゃうんですか?こんなに咲いているのに・・・」