四日目・町へ向かおう⑧
イノシシとの邂逅の後、再度町に向けて歩みを進めた。心臓はまだバクバクと音を立てている。大型の生物と出会ったのはこれで2回目だ。初日の子鹿と今回のイノシシ、どちらも肉食動物でなかったのは幸いである。
「それにしても、さっきはびっくりしましたね。いきなりイノシシに出くわすなんて」
リリティアさんに声をかけた。
「ああ。向かってきたら追い払わなければいけなかったからな。逃げてくれてよかった」
「追い払うって、どうやってですか?」
手のひらサイズでは太刀打ちできないだろう。リリティアさんは小さな腕を、胸の前で組んだ。
「妖精を襲わないのであれば、精霊も同じように襲わないかもしれない。まずはそれを試してみようと考えていた」
「それって確か、ある程度知能の高い生物って話ですよね。それに、もしダメだったらどうするんですか」
「・・・」
一瞬間があった。
「そ、そういえばそうだったな。まあその時はその時で別の方法を考えよう」
自分で言ったことを忘れていたようだ。その上、ダメだった時はその時考えるなんて、意外と考えが雑である。
「俺は転移装置で逃げようって思ってました。話の通じる相手ではないですし、向かってきたら逃げるしかないだろうなと。今は特に丸腰ですしね」
まあ素人剣法でイノシシを撃退できるとも思えないので、長剣があっても同じことだったかもしれない。
・・・ん?俺、今なんて言った?何か重要なことを見落としているような気がするぞ。
えーっと、確か・・・話の通じる相手・・・?イノシシには当然話が通じないだろう。ならば、人間相手には話が通じるだろうか。話にならないとか、理解しようとしないとか、そういうことではなく・・・
「あー!」
「どうした急に」
思わず大声を出してしまった。少し離れたところで、赤い鳥が飛んでいった。
「町についたところで、会話ができません。どうしましょう」
英語なら大学までに学んできたので多少はわかる。しかし、ここは異世界だ。英語も日本語も通じないだろう。
心配する俺を見て、リリティアさんは大きなため息をついた。呆れ返っていることは、大きな目が物語っている。
「お前は今、私と会話しているだろう?それに、アイリアと話をして、この森の守護者になったはずだが」
「アイリアさんは神様の御業的な何かで、意思疎通しているんだろうな、と。リリティアさんも似たような方法何じゃないですか?」
「かなり曖昧な言い方だな・・・的な何か、似たような方法、などとはな。にも関わらず、意外と的を射ているな」
「そんな感じで二人とは話ができても、町の人たちとは話せないんじゃないですか?」
話ができなければ、売買の話もできない。売ることも買うこともできなければ、町に行く意味がないだろう。
リリティアさんは俺の話を聞き、少し考えた後こう言った。
「では、ユナと会話したことはどう説明する?」
「え?・・・あっ」
そう言えば、ユナさんとも話をしている。昨日は一緒に鍋まで囲んだじゃないか。
「そう言われるとそうですね・・・」
「ま、大方お前は舞い上がって考えが至らなかったんだろう。ユナの大きな胸から目が離せていなかったからな」
「い、いえそんな事ありませんよ?最初に会った時は突然泉の中に現れたことに、驚いていただけですよ?」
あのボリュームに圧倒されていたなんて、そんなことはな・・・ないんじゃないかな。
「ま、そういうことにしておいてやろう」
これ以上の追撃はないようだった。だが、どう考えても誤解は解かれていないようだ。しかし、不本意だが諦めるしかないだろう。こちらから追及するのは、やぶ蛇になりかねない。
「アイリアに関しては、お前の推測はいい線行っている。神の力で、言語の壁を飛び越えて会話ができる。精霊である私も同じ能力がある。そして、今はお前にもその力が与えられている」
「その力が与えられているというと・・・」
「そう、加護の効果の一つだ。厳密に言うと、あらゆる言語を自動翻訳して自身と伝えたい相手に伝える能力だ。これによって自分も相手も、自身の言語で会話しているように感じる」
自然に会話していたので、言葉の問題を一切気にしていなかった。加護の力のおかげで、日本語で話しているように感じていたということか。
「では、町でも問題なく意思疎通ができるということですね」
「そういうことだ。シャールの町の言語で会話しているように、町の人間には聞こえるだろう。つまりはオストーン語の西方方言だ。もっとも、お前にはお前が話している言葉に聞こえてしまうがな」
「そうですよね。ちょっともったいない気がします」
折角の異世界交流だが、異世界の言葉を聞き取ることができないなんて、ちょっと残念だ。