四日目・町へ向かおう⑥
再び歩き始めた。腰を屈めて枝を避け、体を捻って木の幹を躱しながら進む。歩き続けていると、じっとりと汗ばんできた。徐々に気温が上がってきているようだ。
特に、背中が汗で不快だ。転移装置と接している部分が蒸れる。昼休憩で家に戻ったら、シャツを着替えよう。
時折腰を下ろして癒やしの水を飲む。完全に水代わりに飲んでいるが、かなり高価なものらしい。こんなに気軽に飲んでいていいものなのだろうかとも思うが、他に飲むものもないので仕方がない。
こうして歩き続けていると、目の前に小川が現れた。それほど深くはなく、膝までもなさそうだ。川底まではっきりと見えるが、魚は見当たらなかった。
「きれいな川ですね」
「ああ。水がかなり澄んでいるな」
「ユナさんが避難していたと言っていた川は、これのことでしょうか」
「おそらくそうだろう。位置も合っているし、何より水がきれいだ」
水がきれいであるから、ユナさんがいた川というのはどういうことだろうか。そんなことは言っていなかったはずだけれど。
「ウンディーネは水のきれいなところに住むと言われている。きれいな水を選んで住んでいるのか、ウンディーネがいることで浄化されるのか。どちらなのかはわからないが」
水の中に住むのなら、水がきれいなほうがいいだろう。リリティアさんすら知らないということだから、どちらなのかは今度ユナさんに聞いてみよう。
「この川を渡って少し進めば、樹木がまばらなところに着くはずだ。だが、そろそろ正午になるので、渡ったところで昼休憩にしよう」
「そうしましょう。正直そろそろしんどくなってきたところだったので、休憩できるのはありがたいです」
もう少しで昼休憩ということで、足取りも軽く川を越える。川幅は狭いところでは50センチ程しかないので、またぐことは容易だ。
川を通り過ぎてから、転移装置を立てかける場所を探す。木の幹や枝の曲がり具合から、転移装置の収まりの良い箇所を見極める。
「よし、ここがいいかな」
隣り合う木々が丁度いい塩梅で、転移装置を置くスペースを作っている。体に転移装置を括り付けていた紐をほどいて、木々に結んだ。昼休憩は長時間放置することになるので、しっかりと結んで動かないことを確認する。これでよし。
・・・しかし、毎回立てかけられる場所を探すのは面倒だな。
「これ、スタンドとかってないんですか?立てかけられるところがないと使えないんじゃ、使いにくいですよ」
「付属パーツとしてスタンドはあるが、結構重いんだ。転移装置自体が持ち運びにくいので、更に重量を増やさないほうがいいと思ってな」
言われてみればその通りだ。姿見と同じサイズを倒れないようにするスタンドとなれば、重量はそれなりにあるのだろう。むしろスタンドをオプションにした設計に、感謝するべきなのかもしれない。
そんなこんなで昼休憩を取った。
家に帰り、いつものサンドイッチを作った。そして、いつものようにホージュの実を、自分とリリティアさん用に大小分けて切る。いつものようにダイニングテーブルに並べて、昼食とした。これでバケットと干し肉は、夕食に使う分しか残っていない。町で食料の買い出しができなければ、明日の食事はホージュの実だけになってしまうだろう。
体力的にはかなりきつくなってきたが、明日の食事のために頑張ろう。そう思いながら、サンドイッチをひとかじりする。
「まずは午前中はご苦労だったな」
「ありがとうございます。どれくらい進んだんでしょうか」
途中からは、きつくて地図すら見ていなかった。方向は、リリティアさんの先導を頼りに進んだ。昼休憩の時間すら、リリティアさんに言われるまで全く気付かず歩いていた。
「距離としては、四割程度といったところだな」
「四割ですか?あれだけ頑張ったのにまだ半分もいってない?きついなぁこれは」
正直、知りたくなかった事実である。地図を見ながら歩かなくてよかった。
「距離としては、だ。ここから先はもう少し歩きやすくなるはずだし、癒やしの水の体力回復効果も現れてくるだろう。むしろ、午前中にこれだけ進められて十分過ぎるくらいだ」
「樹木がまばらになっているんでしたっけ。きついところがもうないといいんですが」
地図を広げてみる。家と川と町の位置を見ると、距離的には確かに四割ほどだった。さすがに、地図には木々の量までは描かれていなかった。
「樹木が密生しているところは、町までの間にはなかったはずだ。難所は越えたと思っていいぞ」
そう言われて、安堵した。歩きやすい道であれば、もう少しペースは上げられるだろう。
「きついといえば、話は変わるがお前も苦労したんだな」
「はい?」
突然何の話だろう。
「昨日、お前の資料と初日の日報を読ませてもらったんだ」
初日の日報と言うと、前職の愚痴を色々書いてしまったあれか。資料というのはよくわからないが、俺の個人情報を調べてあるのだろう。
「お前も一緒に働く者との関係が大変だったんだなと思ってな。私はできる限り気をつけようと思う。それだけ伝えておきたくてな」
「いえ、リリティアさんには十分すぎるくらいよくしてもらってますから」
「私に何か不満があったら、それはすぐに言ってくれ。言いにくかったらアイリアに言ってくれればいい。私はあんなふうになるつもりはない」
あの日報に感情移入してくれたのか、リリティアさんは語気を強めている。
「本当にあまり気にしないで下さい。むしろ、気にしすぎてリリティアさんが言いたいことが言えないのもまずいですから」
新人に気を使いすぎて、注意するべきことも注意できなくなる。それは何度か見てきたことだ。
「わかった。言うべきことは言うように気をつけよう。だからお前も遠慮はしないようにな」
「はい。ありがとうございます」
「うむ。話に付き合わせてから言うのも何だが、昼休憩はゆっくりと休んでくれ」
そう言われたので、リビングのソファで休むことにした。
遠慮せず、寝よう。