四日目・町へ向かおう⑤
泉で汲んだ水が入ったタルをキッチンに運び入れた後、町への移動を再開した。背中の転移装置は重量と大きさで、その存在を主張している。密生する森の中を運ぶには、とにかく取り回しが難儀だ。
とはいえその恩恵を知った今、この面倒も以前ほどは気にならなくなった。何しろ空間転移である。離れた場所への瞬間移動、それは漫画やアニメに慣れ親しんだ人間にとっては憧れの一つだろう。それを自分自身ができるのだ。昨日からのリリティアさんの発言やこの森に来た時の体験から、転移自体は予想された手段ではあった。それでも、実際にやってみると嬉しいものだ。できれば、最初の一回はもっと大事に転移したかったけれど。突き飛ばされた勢いで、気付いたら転移していた。これでは何の情緒もなかった。もっとも、最初の一回について厳密に言えば、酔って寝ている間に連れて来られていた時なんだけど。
泉から東に進むと、家の周囲とは若干植生が変わる。家の周囲は杉や檜のようなまっすぐな樹木ばかりだが、徐々に幹や枝がねじれた樹木が増える。初日に採集した場所ほどではないが、ところどころホージュの木もある。樹木の間を這うつる草だけは、変わらずに生え広がっている。
この植生の違いが、徐々に移動速度を低下させていく。曲がりくねった樹木が増えると、それだけ転移装置が樹木にぶつかる回数が増える。体をねじって避けることに加えて、低い姿勢で枝の下を通り抜ける場面が増えた。重い転移装置を担いで屈んだり中腰になったりすることが、回数を重ねるにつれて大きな負担になっていく。
「はあ、はあ・・・しんどい」
何時間歩いたのだろうか。木々とつる草で太陽の光が差し込まない森の中を長時間歩いていると、時間の感覚がわからなくなる。地図を表示させて時間を調べよう。
「全然経ってないじゃん・・・」
泉を出発して、まだ2時間も経っていなかった。昼休憩を正午に取るとしても、まだ同じくらい歩かなければならない。そこから更に、夕暮れまでかけて移動だ。それだけ歩いても、町まで多少の距離が残るだろう。それがリリティアさんの見立てだった。夕暮れまで体力持つかな・・・。
「大変だろうが、もうちょっと頑張ってくれ。あと数時間進めば、徐々に木々の量も減っていくはずだ」
「ホントですか?」
「ああ。こちらへ来る前に衛星写真で森全体を確認したんだが、樹木が少ない部分があったと記憶している。おそらく、昼過ぎにはその辺りに到達するだろう」
「では、とりあえず昼休憩まで頑張ります」
数時間という時間は、決して短いものではない。しかし、終わりが見える苦労は、頑張って耐えようと思えるものだ。
時折休みを入れ、癒やしの水を飲む。体力を回復してくれる効果があるとはいえ、癒やしの水には即効性があるわけではない。しかしユナさんが俺のために作ってくれた水、そう考えて飲むと、力を与えてくれる気がする。その点では即効性があるのかもしれない。
「あ、癒やしの水を飲み切っちゃいました。取りに戻ります」
癒やしの水を入れた水筒は、容量が500mlくらいのものにした。もっと大きいものもあったが、背中の負荷を考えれば余計な荷物は減らす必要がある。多少手間にはなるが、飲み干した都度取りに行くしかない。
手頃な木に転移装置を立て掛けた。曲がった幹や枝に、転移装置が丁度よくはまって安定した。これなら地面に倒れないように、紐で固定したりしなくてもいいだろう。
家に戻って癒やしの水を補充する。ついでに、すぐに注げるように玄関の女神像のそばに置いた。家のほうの転移装置も、倉庫の前から玄関ドアの近くに移動させる。これで少しは手間が減るだろう。
家の中に転移装置を置けば楽なんじゃないかとも思ったが、その提案はリリティアさんに却下されている。転移装置は常時起動しているため、虫などが家の中に入り込んでしまうからだ。転移を不可能にするためのロック機能もあるそうだが、かけたり解除したりするほうが時間がかかると言っていた。
移動中の場所まで戻ると、改めて転移装置を紐で体にくくりつけた。
家を出発して二時間半ほど。転移装置を担いでいることもあり、かなり汗ばんできた。
「大変そうだが、大丈夫か?」
「もう少しは行けます。まあ無理になったら、その時は家に戻って休めるんで気楽ですね」
転移装置を下ろせば、すぐに家に戻ることができる。その安心感は大きい。
「そうか。では、無理しない範囲で頑張ってくれ。最悪、私も手伝ってもいいのだが・・・」
「ははは、最悪の場合はお願いします。まあできるだけ頼らないように頑張りますよ」
手のひらサイズの精霊さんに手伝ってもらっても、大した効果は見込めないだろう。当てにはできない。しかし、気持ちは嬉しいので、気持ちだけ受け取って先に進もう。