四日目・町へ向かおう③
「どうだ?驚いただろう?」
上から声が聞こえた。リリティアさんの声だ。四つん這いの状態から立ち上がる。
「おっと」
頭上にいたリリティアさんは、俺の前に回りこんだ。
「危ないじゃないか。気をつけてくれよ」
リリティアさんに怒られた。最初は何を怒っているのかわからなかったが、立ち上がった時に体がぶつかりそうになったようだ。
「あ、はい。すいません」
そもそも転んだのは彼女のせいである。立ち上がっただけで怒られるのは、それは理不尽というものだろう。
「まあいい。元々、突き飛ばしたのは私だからな」
やはり、先ほど背中に受けた衝撃はリリティアさんだったようだ。おそらく、体当たりでもしたんだろう。
「ところで、これは一体どういうことですか?ここは家のようですが」
大方予想はついているのだが、とりあえず聞いてみた。
「それはだな、空間転移だ」
「空間転移ですか!?」
予想通りではあったが、少し大げさに反応した。
「これは転移装置の役割を果たしていてな。この中に入ると、対となっているものの所へと転移する。これとお前が運んだものが対になっているため、泉からここまで一瞬で戻ってきたわけだ」
入ると、とリリティアさんは言うが、入れられたというほうが正しい。しかし、そこは指摘することではないだろう。
「今日はこれを町の近くまで運ぶことが仕事になる。本来であればこんな重いものを運ぶ必要もないのだが、ないものねだりもできないのでな」
「ないものねだり、ですか?」
「ああ。これは昔の製品なんだ。最新型は使用時のみ大きくなる仕様だ。持ち運ぶ時は、この私くらいの大きさになる。あちらがあればよかったんだが、クローゼットも倉庫にもなかったんでな」
「持ち運びの不便がなくなるのはありがたいですね。言うとおり、ないものねだりをしても仕方ないですが」
仕方ないとは言ったが、やはり最新型がないのは残念だな。泉までの道のりだけでもかなり大変だった。手のひらサイズであれば、それこそ袋に入れておくこともできるだろう。
「いや、仕方ないのは事実だが、最新型は神の門で作ることはできる。ただ、製作難易度が高いので、現時点では難しいと判断した」
「作る方法はないんですか?」
作れるのならば作りたい。町だけではなく泉など色々な場所へ転移できるようになれば、その後の移動が楽になるだろう。
「材料に希少な鉱物が必要になるんだ。それを入手できれば製作できるんだがな」
「そうなんですか。町に売っていたりしませんかね」
「可能性がないとは言えないが、おそらく無理だろうな」
「希少鉱物ですもんね。そうそう売ってないですよね」
「その通りだ。仮に売られていたとしても、相当高額になるだろう。簡単に買える金額ではないはずだ。食料や生活必需品を買って、鉱石まで購入できる余裕は当面できないだろう」
確かに、優先するべきは食べ物だ。その次に、衣類の補充だろう。特に靴は今履いているスニーカーのみである。衣食住を安定させて、当面の不安を解消したい。
「でも、そうなると困りますね。森の中を移動するのに、あんな大きなものを担いで行って、担いで帰ってくる。それを繰り返すのは大変ですから。何か方法はないんですか?」
「む・・・まあその、あれだ。お前は職務を、ゆっくりでいいから確実にやってくれればいい。決して無理はしなくていいんだ。焦る必要はない」
つまり、移動方法はないらしい。広い森を管理しろと言っておいて、移動手段すら用意されていないのか。
「そんな顔をするな。アイリアの権限で用意できるものには限界がある。道具だって集めるのに苦労したんだぞ?倉庫に眠っている旧型品を引っ張り出したり、廃棄予定の武具をもらってきたりな」
「盾と胸当てが使い込まれていたのはそのためですか。何故か、剣だけは新しいものでしたが」
「備品の使用には申請がいるが、廃棄予定の品ならば誰にも文句を言われないのでな。しかし、剣はなんだろうな。試作品もしくは不良品なのかもしれないな」
「不良品に命を預けたくはないのですが・・・」
重たくて切れ味の悪そうな長剣は、ただの失敗作だったのだろうか。いざという時には、あれで身を守らなくてはならないのが不安である。
「だが、簡単に折れそうな状態には見えなかったからな。大丈夫だろう、たぶん」
たぶん、だった。確かに頑丈そうなので、そうそう壊れたりはしないだろうけど。
「ともかく、少々不便なことも多いだろうが、工夫してやっていってほしい。今日の所は、癒やしの水で回復しながら進めばいい。今後の移動に関しては本当に急がなくていいから、追々考えていこう」
「はい、わかりました」
町への道のりはまだまだ長い。その上、新たな問題まで浮上した。
転移装置は背負っていないのに、やけに背中が重かった。