四日目・町へ向かおう①
パッパラパパパパラパパッパラッパパー。
大音量の起床ラッパの音も、四日目になり随分と慣れてきた。びっくりして飛び起きることがなくなったことはいいのだが、あまり慣れすぎてしまうと目覚ましにはならないかもしれない。目覚まし時計を止めた後そのまま寝てしまい、講義に遅刻してしまったことは何度かあった。それと同じことにならないといいが、少し不安だ。
一階に降りてリビングに入ると、リリティアさんはいなかった。まだ寝ているのだろうか。それでも直に起きてくるだろうし、朝食の準備を始めてしまってもいいだろう。だがその前に、顔を洗って口をすすごう。
「あー・・・水がないのか」
忘れていたが、今この家には水がない。キッチンにあるタルをチラリと見る。さすがに、ユナさんがくれた癒やしの水で顔を洗うわけにもいかない。面倒だけれど、後で水を汲みに行くしかないか。後で口だけすすいでおこう。
そう思っていると、リリティアさんがダイニングテーブルに座っていた。リリティアさんは音もなく飛んでいるので、近くに来ても気付くことができない。降りてきたのなら声をかけてくれればいいのに。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
リリティアさんも顔を洗いたいだろうな。スープ皿一杯分しか使わないし、いいだろう。
癒やしの水をスープ皿に注いで、洗面台に置いた。ありがとう、と礼を言ってリリティアさんは洗面台に飛んでいった。その間に、キッチンのシンクで口をすすいだ。癒やしの水は口に含んでも、特に変わったところはない。普通の水との違いは特にないのである。これが凄いものだという実感は、イマイチ湧かなかった。ユナさんが作り出したもの、その点だけは確かに特別だけれど。
「うむ、やはり癒やしの水で顔を洗うと、肌のハリが違うな。ユナは素晴らしいものをくれた」
リリティアさんがキッチンに戻ってきた。
「見ろ、このハリとツヤを」
そう言って目の前に来た。リリティアさんはいつになく上機嫌だ。正直に言って、違いは特にわからなかったが、ここは話を合わせておこう。
「そうですね。いつもより綺麗ですね」
「ん?私はいつも綺麗だが」
リリティアさんは俺を睨みつけている。どうやら言葉の選択を誤ったらしい。どんな回答が正解だったんだろうか。
「ところで、癒やしの水には美肌効果があるんですか?」
深く追及される前に、話を変えよう。
「ああ、癒やしの水は万能薬だ。肌に塗れば外傷の治癒や腫れ物や出来物を治す。肌の健康状態を良好にするから、美肌効果も期待できる」
四日目にして気付いたことがある。リリティアさんは、何かについて話す時、知識を披露する時と言ってもいいのだが、そんな時には活き活きと話す傾向にある。そのためか、もう怒ってはいないようだ。
「癒やしの水の効果は他にも例えば・・・そうだな、今日の体調はどうだ?」
水を向けられて考えてみると、体が軽いような気がする。昨日は山菜採りで結構歩き回ったことを考えると、もっと疲れが残っていてもおかしくないような気がする。
「体調はかなりいいですね。あれだけ体を動かした割には、体がすごく楽です。それは2日目も感じたことなんですが、今日はそれにも増して力が湧いてくるような感じがします」
その俺の言葉を聞いて、リリティアさんは考えるようにして言った。
「ふむ、それは原因が2つある。順を追って説明しよう。まず2日目に関しては、女神の加護の効果だ。以前にも女神の加護には様々な効果があると言ったが、その一つが疲労回復の促進だ。激しい運動をしても、翌日に疲れを残すことはない。お前の鈍った体でも、筋肉痛にはならなかっただろう?」
「確かに、筋肉痛すらありませんでしたね」
それにしても、鈍った体とはひどい言い草だろう。もっとも、退職以降まともに体を動かしていないことは事実であるが。
「そして、今日に関しては癒しの水の効果だ。飲めば解毒や体調改善、滋養強壮に効果がある。昨日の摂取量ならば十分すぎるほどだろう」
飲むだけでこれだけの効果があるのか。リリティアさんの言う通り、ユナさんがくれた癒しの水は本当に素晴らしいもののようだ。
「おっと、少し話が長くなってしまったがそういうことだ。今日も一日歩き通しになるだろうが、アイリアの加護とユナの癒しの水がある。安心するといい」
つまりは、普通の状態では過酷なことだけれど回復するから気にするな、ということだろうか。
「とはいえ、無理に明日までに町に着かなければならないわけでもない。食料が手に入るのが少し遅れるだけだからな。本当に厳しい時はきちんと言ってくれ。その時はすぐに家に戻ろう」
「バケットが今日で底をつくので、町へ行く日を遅らせたくはないですが・・・それに、途中で引き返しても、結局歩くのは同じではないですか?」
先へ行くのも来た道を引き返すのも、どちらも歩くことには変わりないだろう。
「その心配は無用だ。町へ行くと決めた一昨日から準備はしてある。少々持ち運びに不便な道具だが、現時点ではあれが最善の方法だろうからな」
「何か神様たちの道具があるんですね。道のりが楽になるようなものが」
「まあそういうことだ。正常に作動することは確認してある。朝食を済ませたら、倉庫からあれを取り出して出発しよう」
一日中歩くのは二度とゴメンだと思っていたが、異世界の町へ行けるというのならば我慢もできるというものだ。どんなところなのか、どんな食べ物があるだろうか。そう考えるとわくわくする。気分も軽いのは、癒しの水の効果ではないだろう。