三日目・寄せ鍋⑯
真っ暗な森の中を、俺は手に持った灯りを頼りに歩いていた。光源となっているのは「ひかる君3号」という神々の道具である。これは使用者のマナを使って光る、懐中電灯のようなものらしい。ちなみに3号というのは、小型の1号と光量が大きな2号に続いて製作されたために名付けられたらしい。1号2号両方の良さを兼ね備えた3号、というのがキャッチコピーだと、リリティアさんが言っていた。
闇夜をひたすら歩いているのは、ユナさんを泉まで送っていくためである。帰りのことを何も考えていなかった俺は、ユナさんに泊まることを提案した。灯りのない暗い森を20分歩くなんて、そんな危険なことをさせるわけにはいかないと思ったからである。決して、下心なんて一切ない。ユナさんのような美しい女性と一晩ひとつ屋根の下、それ自体はとても魅力的な状況だ。しかし、俺は本当にユナさんを心配して提案したのである。あわよくば関係をもっと深めようだとか、泉から家に引っ越してもらうきっかけにしたいだとか、そんな計算は全くもってないのである。
空いている部屋はいくつかあるのでと宿泊を勧める俺だったが、ユナさんは固辞した。そこまでご迷惑をかけるわけにはいかない、という返答だった。あまり強引に勧めても下心があると勘違い、そう、勘違いである。不名誉な勘違いを、されてしまうだろう。だから俺は潔く引き下がったのだ。とはいえ夜の森を女性一人で帰らせるわけにはいかない紳士は、せめて送っていくことにしたのだ。それすらユナさんは遠慮したが、ここは譲らなかった。そこまで言って下さるならと、ユナさんが受け入れるまでには数回の押し問答があった。
そのユナさんは少し前を歩いている。夜道を難なく歩く彼女に置いていかれないように、俺は木々の間を縫うように歩く。これでは送っていることにならない。送っていくと言っておいてこれでは、あまりにカッコがつかない。
ユナさんは水を操ることで、数メートル先の状態がわかるらしい。薄い水の膜を周囲に張り巡らせ、それに触れるものを感知することで、周囲に何があるのかがわかるのだと言っていた。漫画の能力者みたいな話だ。
リリティアさんはユナさんの肩に乗って横着をしているようだ。さっき、ちらりとそんな話が聞こえてきた。時折笑い声が聞こえてくる。ガールズトークに花を咲かせているのだろうか。先程から懸命に歩を進めているが追いつけない。そのため、ガールズトークに混ざれずにいる。
結局、後ろをついていくだけで、泉に到着してしまった。
「着きましたね」
「はい、わざわざこんな暗い中を送っていただき、ありがとうございました」
「まあ、こいつはついてきただけで、役には立っていないがな。送っていくと言ったくせに、不甲斐ないやつだ」
「いえ、お気持ちだけでも十分嬉しいですから」
辛辣なリリティアさんに対して、ユナさんは俺をかばってくれた。否定はしてくれないけれど。
「ところで、お前が寄せ鍋に使った水だが、癒やしの水だったことは気づいていたか?」
苦笑いをしているユナさんを見ていると、リリティアさんからそんな質問をされた。
「いえ、全く気付いてませんでした」
「だろうな。使いにくくなるだろうと思って、敢えて言わなかったが」
そういうことは、ちゃんと言ってほしかった。とはいえ、言われていたら気軽には使えなかっただろう。普通の水はもう残っていないから、使わざるを得なかったのだが、つゆの量を減らしていたかもしれない。そう考えると、リリティアさんの判断は間違っていないのだろう。
水を浄化したとすると、泉から家に向かっていた時だろうか。お手伝いをすると言っていたのは、水を運ぶだけではなく、癒やしの水にすることも含んでいたらしい。
「食材の採取でお疲れでしょうと思いまして。少しは回復すると思いますよ」
「少しどころではないんだがな・・・ユナは謙遜がすぎるところがあるようだ」
「持ってもらった上に、また貴重なものをいただいたみたいで・・・しかもそれに気付かずに料理に遠慮なく使ってしまうなんて・・・なんかすいません、ホント」
「いえ、わたくしが勝手にやったことですから。それに大したことではありませんし」
そんなやり取りをしていると、リリティアさんが話題を変えた。
「月も随分と欠けてきたな。そろそろ新月か」
そう言われて空を見上げる。この世界に来て、夜空を見上げるのはこれが初めてだ。
夜空には三日月を、更に細くしたようなものが浮かんでいる。ただ、日本から眺める月に比べると、3倍くらいの大きさに見えた。
「ええ、明後日が新月、月が一番明るく輝く夜ですね」
「え?新月なのに一番明るいってどういうことですか?」
普通、満月が一番明るくて、新月が一番暗いのではないだろうか。
「そういえば教えていなかったな。こちらでは新月の夜に、月が輝くんだ。ここから見る分には綺麗だから、明後日の夜は見てみるといい」
新月に月が輝く。そんな不思議な言葉が気になった。どういうことだろうか。明後日を楽しみに待つことにしよう。
「それにしても、綺麗な星空だな」
視界には無数の星々が瞬いている。明るさも色彩も、一つひとつが異なる輝きを放っている。こちらに来なければ見られなかった景色だろう。そういえば、明後日は町へ行く予定になっている日だ。ふと、ひらめいた。
この満天の星空と輝く月を楽しむ、最高の趣向を思いついたのだ。だが、問題は町で手に入るかどうかだ。こればかりは、町へ行ってみないとわからない。とにかく、町へ行く目的が一つ増えた。それだけは確かなことだった。
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