三日目・寄せ鍋⑮
「リリティアさん、キノコ食べないんですか?」
口に入れることに二の足を踏んだ俺は、リリティアさんに食べるよう勧めてみた。
「ん?ほしいのならお前が食べてもいいぞ?」
そういうとリリティアさんは青いキノコを箸で挟んで、こちらに渡そうとした。誰もその青いキノコのことだとは言っていないのだが。
「お二方とも、どうしたんですか?」
押し付け合う俺たちに、ユナさんがそう問いかけた。
「まあなんというか、見た目があれなんで、その青いやつは少し手を出しにくくて・・・毒はないんですけど」
機材で調べたところ、毒はなかった。意外だったが、毒はなかったのだ。だからといって、簡単に手が出せるわけでもない。食べるのに勇気が要るのである。
俺の答えを聞きながら、ユナさんは青いキノコを取ってまじまじと見た。そして、おもむろに口に入れて咀嚼した。
俺とリリティアさんがその様子を呆然と眺めていると、ユナさんは目を大きく見開いて言った。
「これは美味しいですね。コリコリした食感の後に、鼻を抜ける香りが素晴らしいです」
「ホントに?!」
「・・・ユナは度胸があるな」
ユナさんの言葉を聞いて、自分も思い切って口に入れた。随分と温度が下がっているため、熱くはなかった。一度噛んでみると、柔らかく変形しながらも歯を押し返してくる。そして、弾力のある食感の後からやってくるのは、少々苦味のまじった滋味深い味わいだった。それは椎茸とシメジを足し合わせ、更に旨味を凝縮したような味だった。それを咀嚼し嚥下すると、芳醇な香りが鼻に抜ける。
「なんだこれすごくうまい!」
訝しそうにキノコを凝視していたリリティアさんだったが、俺とユナさんが美味しそうに食べているのを見て、恐る恐るだが口に入れた。ゆっくり噛みしめると、大きな目をまん丸にしていた。こころなしか頬も緩んでいるように見える。
「これは・・・こんな美味しいものは初めて食べたぞ。風味絶佳とは、正にこのことを言うのだろうな」
リリティアさんも大絶賛だった。
いかにも食べられそうにない見た目のキノコが、こんなに美味しいとは思わなかった。あの時決め事を曲げて採らなかったら、この先もずっとこの味を知らずにいたことだろう。思い切って採取してよかった。
残りの具をユナさんと分け合って、寄せ鍋を完食した。シメの雑炊といきたいところだけれど、残念ながら米がないのだから作ることができない。食事はこれでおしまいだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
手を合わせる俺とリリティアさんを見て、ユナさんがこう質問した。
「食事前にもやっていましたけど、神様へのお祈りですか?」
これを説明するのはやはり難しい。古くからの習慣で、なんとなくいいことだと思ってやっているだけなのだ。
「祈りとは少し違うんですけど、俺の国の文化なんです。食べ物になったものと、食事になるまでに関わった全てへの感謝の意味で、命をいただきます、ごちそうさまと」
「なるほど。南東にある島の文化に似ていますね。その島の人間の方々も、食事の前後に手を合わせて何か唱えていました」
「そうなんですか?こちらの世界にも、似たような文化はあるんですね」
異世界でも、いただきますのような風習がある地域があることは驚きだった。異世界でも考えることは結構同じなのかな?
そんなことを考えていると、リリティアさんが尋ねた。
「南東の島国というと、ファンライのことだな。わざわざ人間の船に乗っていったのか?」
「いえ、乗船はしていません。通行証がありませんから」
「では、どうやって渡ったんだ?結構な距離があるだろう」
「水の中なら自由に動けますから、連絡船の後をついて行きました。船についていけば海でも迷いませんし、人魚にも出会いませんから」
「確かに、その方法なら通行証も不要だな」
ユナさんとリリティアさんの話を不思議そうに聞いていた俺に、リリティアさんがこう補足してくれた。
「オストーンでは、入出港の際に通行証を提示する必要がある。水の妖精であるユナが通行証を取得するのは困難だ」
「通行証ですか。難しいというのはどうしてですか?」
「わたくしはあの国の貨幣を持っておりません。ですから、通行証発行の際の手数料が払えないんです」
「それと、危険だからだ。水の妖精に限らず、妖精は好事家に高く売れる。役所で通行証取得の手続きをするなど、その存在を公言するに等しいからな」
リリティアさんの言葉を聞いて、ユナさんは少しばつが悪そうにしている。
人間である俺に遠慮して、貨幣の問題だけしか言わなかったのだろう。
「ひどい話ですね。人身売買は条約で禁じられているというのに」
「いや、そんな条約は存在しない。それに、人ではなく妖精だからな」
「そんな細かいことはいいんです。ユナさんに危害を加える人間は許せません」
突如怒り出した俺に対して、ユナさんはかなり驚いているようだ。
「まだユナが襲われたわけじゃないんだがな」
対して、リリティアさんは冷静に指摘を入れる。
「ともかく、危険な人間に狙われたらすぐに逃げてきてください。俺が守りますから」
人間と水の妖精、そういう線引きをされたくない。俺は俺、ユナさんはユナさんだ。人間と水の妖精なんかではない。そもそも、俺にとっては異世界人であるか人間に似た別種族であるかなんて、はっきり言ってどうでもいいことである。ユナさんには、人さらいと同じだと思ってほしくなかった。
「守るとは言っても、お前にユナを守れるのか?ロクに戦闘経験も格闘訓練もしたことがないんだろう?」
あくまでリリティアさんは冷静に指摘をした。折角カッコいいこと言ったのだから、水を差さなくてもいいと思うんだが。もっとも、平和な日本で暮らしてきた俺が戦えるはずがないというのも、まったくもって事実ではある。
「ま、まあそれは追々考えます。とにかく、危険を感じたら遠慮せずに逃げてきてください。一応は森の守護者なんで、森の住人であるユナさんに危害が及ばないように努力します」
「ありがとうございます。そんなことをおっしゃって下さる方は初めてです」
「できるかどうかは、わかりませんけどね」
そう付け足すと、ユナさんは屈託のない笑顔を見せてくれた。
清楚で冷静な印象の彼女だが、意外と表情が豊かなのかもしれない。一緒に夕食を食べたことで、ユナさんの新しい一面を知ることができた。それが何よりだと思う。