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森林開拓日誌  作者: tanuki
森を守るお仕事
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三日目・寄せ鍋⑭

 その後ユナさんは小屋にある全ての押し花を乾燥させ、その上押し花にできずに放置してあった花々も、全てドライフラワーにしてくれた。ちなみに、ドライフラワーは水の妖精(ウンディーネ)にとって、気軽な趣味として一般的なものらしい。何の道具も必要がないのだから、簡単に作ることができるそうだ。

 家に入りリビングのソファにユナさんを案内した俺は、リリティアさんと一緒に寄せ鍋を作った。その間ユナさんは暖炉や玄関の女神像など、家にあるものを興味深そうに眺めていた。

 そして今、俺とユナさんはダイニングテーブルの椅子に向かい合って座っている。リリティアさんは俺の左手側に、ダイニングテーブルの上で正座している。彼女の目の前にある鍋から、湯気とともに出汁と醤油の匂いが漂ってくる。日本の調味料で味付けができたため、つゆの味付けにはそれなりに自信がある。食材となる、山菜やキノコに合うのかが問題だが。

 顆粒ダシや醤油、味噌などの調味料は、アイリアさんが持ってきてくれていたようだ。味付けくらいは慣れ親しんだものを、という気遣いだろう。アイリアさんはこういうところを配慮してくれる、心優しい女神なのである。更に調味料があることを教え忘れるという、萌えポイントまで抑えている。おかげで今日までその存在を知らなかったわけだが。寄せ鍋に使う鍋や調味料を探している時に、偶然見つけたのは運がよかった。

 ちなみに、リリティアさん用の小さな食器類も、同じ場所に置いてあった。皿やカップ、ナイフやフォークに箸まであった。リリティアさんが食べる分はこの皿の一つを使うことにした。

 「では食べましょうか。いただきます」

 「いただきます」

 手を合わせる俺とリリティアさんを見て、ユナさんは不思議そうにしていた。

 「ささ、遠慮せずに食べてください。お口に合うかどうかはわかりませんが」

 ええ、とだけうなずいて、ユナさんは鍋をじっと見ながら動かなかった。男の俺と同じ鍋に手を付けるのは、嫌だったのかもしれない。

 ・・・無理矢理誘ってしまったしなぁ。そう考えていると、ユナさんが口を開いた。

 「こうして誰かと一緒にご飯を食べるのは随分と久しぶりで、感慨深いものがありますね」

 気を悪くしたわけではないようで、よかった。

 ユナさんは箸を使って、鍋からスエリの葉を取って口に運んだ。何度か咀嚼した後、表情がほころんだ。

 俺も同じようにスエリの葉を食べてみると、確かになかなか美味しかった。というより、見た目通りというか、セリに近い味がした。見た目と味、そして似た毒草の存在。もうこれはセリと呼んでも差し支えないんじゃないかな。

 「確か、170年前にこの森に来たんでしたっけ。それからはずっとお一人で、あの泉にいたんですもんね」

 別の山菜に手を付けながら聞いた。こちらは日本でよく見る雑草に似ていたが、その雑草の名前がわからないため名付けも保留にしていたものだ。食べてみても、あまり味がない。

 「はい。稀にヌシの家族と一緒に食べることはありましたけど、彼らとは食べるものも違いますから」

 「ん?ヌシとはなんのことだ?」

 疑問に思ったことを、リリティアさんに先に聞かれてしまった。

 「泉の周辺を縄張りとしている、ネジレツノのことです。彼を恐れて、泉の周囲には大型生物はあまり姿を現しません」

 「ネジレツノ・・・オオツノマダラシカのことだな。実物は見たことがないが、非常に縄張り意識の強い生物だったな」

 「なんなんですそれ?生き物ですか?」

 一人だけ話についていけない俺は、リリティアさんに説明を求めた。異世界人にもわかるように話してほしい。

 「森に住む大型の鹿だ。まだら模様と大きな捻れた角が特徴だ。ネジレツノとはこの地方の俗称だな」

 「なるほど。ヌシというからには、とても大きいんですね」

 俺の相槌に、ユナさんが答えた。

 「はい。体高はわたくしの倍はあるでしょうか。彼くらい大きなネジレツノは、あまり記憶にありませんね」

 長年この森に住み続けているユナさんですら、見たことがないというほど大きさの個体らしい。そういえば、鳥やトカゲのような小さな生物は目にしたが、大型の生物は見かけなかった。

 今度はシュエード・シアを食べてみる。これは少し芯が残って固い。もっとしっかり茹でて柔らかくしたほうがいいかもしれないな。そんなことを考えていると、ふと一つの疑問が頭をよぎった。

 「ん?大型生物が恐れるような鹿が縄張りにしていて、ユナさんは平気なんですか?それに俺も泉には毎日通ってるんですが」

 縄張り意識から、他の生物を寄せ付けない大型の鹿だ。ユナさんや俺には敵意を示さないんだろうか。

 「ある程度知能の高い生物は妖精を襲わない。理由はよくわかってはいないが、そういう傾向があるようだ」

 そう言いながら、リリティアさんはつゆをすすった。つゆの味には自信があったが、こちらは表情が読めない。

 「それに守くんたちのことなら大丈夫ですよ。わたくしが説明しておきましたから。襲われることはないでしょう」

 そういうとユナさんは、安心させるように微笑んだ。うん、大丈夫なんだろうなきっと。

 話をしながら食べ進めた結果、鍋の具は八割ほどなくなっていた。まだ食べていないものは、あの青いキノコだけである。このキノコは、石づきを落として縦に切った。リリティアさんの皿には、傘の部分だけが入っている。

 食べると言って採取した以上、食べなくてはいけないだろう。だが、あまりの毒々しい色に、未だに箸を伸ばせずにいた。

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