三日目・寄せ鍋⑬
「小屋がまだあるんですね」
小屋に入ると、ユナさんはそう尋ねた。
「ええ、家の周りには3つあります。1つは全く使ってなくて、ほとんど何も入ってないんですけどね。調子に乗って作りすぎてしまいました」
そう言って苦笑すると、ユナさんもつられて笑った。やはりこの笑顔には癒やされるなぁ。
小屋の床に置かれている、木箱をそっと持ち上げた。木箱と床の間には、紙が挟まれている。これを慎重に剥がすと、赤い花が姿を現した。つる草に咲く花である。
「よかった。形が崩れてない」
「それは何をしているんですか?」
一連の作業を興味深そうに見ていたユナさんが、俺にそう尋ねた。
「これは押し花といって、花を乾燥させて長持ちさせる手法です。俺の国だと、栞などに使われるんですよ」
草木は神の門で材料として使えたが、花はこれといって売れそうな使い道がなかった。そのまま売ろうとしても、売る前に萎れてしまう可能性がある。悩んだ結果、とりあえず押し花にしてみることにしたのだ。
床の隅に置いてある紙束から、新しい紙を2枚使って赤い花を挟んだ。
「こうやって一週間毎日紙を交換して、上から圧をかけると水分が抜けるんです」
アイロンやレンジを使う方法もあるらしいが、そんなものはここにはない。時間はかかるが、昔ながらのやり方で乾燥させるしかなかった。一週間かかるため、明後日には間に合わないだろうけれど仕方がない。
重石代わりの木箱を乗せようとした時、ユナさんが言った。
「少しいいですか?」
「え?はい、どうぞ」
訳がわからないまま答えると、ユナさんは紙に挟まれた赤い花を優しく取り出した。そして、花を両手でそっと包んだ。
ふと、泉で起こったことを思い出した。ユナさんが、タルの中に手を入れた時のことだ。
「はい、これでどうでしょうか。確認、お願いできますか?」
ユナさんはそう言って、赤い花を俺に手渡した。
受け取った赤い花は、触るとカサカサした感触があった。すっかり水分が抜けている。少しシワができてしまったが、これならば十分だろう。
「押し花ができてます。どうやったんですか?」
「水を操ることができるのは、先程もお見せしましたね。花に含まれる水を、同じように操って抜き取ったんです」
水を操ってタルを自由に動かしているところはさっき見た。でも、花に含まれる水分まで抜き取れるのか。そうなると、彼女にかかれば俺の体の水分だって簡単に抜き取れてしまうのだろうか。
そう考えると、ユナさんを見る目が変わってしまう。怒らせないようにしないと命が危ない。
「あ、あの、人の体内の水までは操れませんから心配しないで下さい。直接触れている水以外は、操作できません。だからそんなに怯えないで下さい」
考えていることがわかったのだろうか、とても慌てて釈明した。
その慌てぶりを見て、少しいたずら心が湧いた。
「いえ、わかってます。できることを敢えてできないと言って安心させようという心遣い、きちんとわかっておりますとも。だから私めは決して、ユナ様に逆らったりは致しません」
「だから違うんです。そんなこと言わずに信じて下さい」
ユナさんは、表情を崩して必死に誤解を解こうとしている。ここまで必死になると、少し申し訳ない気持ちになる。
「冗談ですよ。それに、できたとしてもユナさんはそんなことしないでしょうし」
それを聞いて、ユナさんは安心したようだった。
しかし、さっきの困り顔のユナさんは、とても可愛らしかった。
長かったので2つに分けましたが、本来⑫と⑬は1部分として書いてました。1800字前後が丁度いいんじゃないかと考えているのですが、今回は両部分とも少し短くなってしまいました。