三日目・寄せ鍋⑩
「この部品をそこにはめて・・・そうだ、次はその部分をこちらに引っぱって・・・」
家に戻ってきたリリティアさんと俺は、リビングで毒を検知する機材のセッティングに勤しんでいた。
倉庫から運び出してきたこの機材は、どきどきポイズンチェッ君というらしい。この名前は色々な意味で言いにくいので、俺は正式名称では呼ばずに「この機材」などのように言い換えて呼ぶことにした。
リリティアさんの指示の下、10分ほどで組み立てが終わった。その間、リリティアさんは説明書に目を通すことは一度もなかった。全て頭に入っているのだろうか。
組み立てている最中、キッチンのコンロでは鍋でお湯を沸かしている。塩茹でをして、山菜のアク抜きをするためである。山菜の食べられない部分の除去と、水洗いは先に済ませてある。
リリティアさんが鍋の様子を見に行くと、俺を呼んだ。
「どきどきポイズンチェッ君については、後は設定して起動するだけだ。だが、お湯がそろそろ沸くので、先に山菜のアク抜きをしてしまおう」
俺が呼びたくない正式名称を、リリティアさんは躊躇なく口に出している。言葉に出すのが恥ずかしい、とか思わないのだろうか。ちょっと聞いてみよう。
「なんていうか、神様たちの道具は名前があれですよね。面白いというか」
かなり婉曲的な表現になってしまった。さすがに、「変な名前ですよね」と直截的な表現をするのははばかられたからだ。
「ん?人間を真似て、キャッチーな名前を付けることもあるからな。この道具もそういった経緯で名前が付けられたんだろう」
「人間のマネ・・・」
「目を引くために奇抜な名前を付けるという考え方は、かつて神々にはなかったらしい。人間の文化を参考にした例の一つだな」
参考の仕方を、少し間違えてないだろうか。
「そうなんですか。なんか、ちょっと言い辛いというか、呼びたくないというか」
「言うな」
「え?」
「それ以上はいけない。直接的には関係ないとはいえ、相手は上位役職者だからな。言いたいことはわかるが、それ以上は口に出すべきではない」
リリティアさんも、名前に関しては思うところがあるようだ。それでもその気持ちを抑えて、目上の者を立てている。それは、リリティアさんらしい律儀さだと思う。
「ともかく、お湯が沸いたぞ。さっさと下処理を済ませてしまおう」
この機材はひとまずそのままにして、キッチンに向かった。
塩茹でをするために塩を一つまみ入れる。そして、沸騰したお湯の中に、山菜を入れていく。入れる量は、今日食べる分として2人前より少し多めの分量。そして、茹でた後に乾燥させる必要がある山菜を、全て入れた。乾燥が必要なものは明日の夕食にして、余れば町で売る。そして、茹でなかった山菜は当然、町で売る予定だ。
山菜を茹で終わると、リリティアさんの支持に従って次の工程に移る。水に晒すものは水に晒す。そして乾燥させるものは、ザルに乗せてリビングの窓の近くで天日干しにした。塩茹でのみで食べられるものは、別にザルで水を切っておく。
これでひとまず、山菜の下処理は終了だ。後は水に晒したものを取り出すだけである。次は毒を検知する機材に戻って、毒キノコと食べられるキノコを選別しよう。
「まず、このボタンを押すと起動する」
リリティアさんが機材の側面にあるスイッチを押すと、ディスプレイが光った。
この機材は、一辺が50cmほどの立方体の形をしており、タッチパネル式のディスプレイはその上部に付いている。そして、立方体の真ん中をベルトコンベアが貫いていて、下部には高さを調節できる脚が四隅に付いている。
「操作は難しくない。対象を設定して、検査開始を押すだけだ」
「対象が選べるんですね」
「もちろんだ。何が有毒なのか、種族によって異なるからな。ほかにも、ウンディーネやドリアードなど主な妖精についても検査できる。当たり前だが神に対する検査も可能だ」
「神様も毒に冒されるんですね」
「それはそうさ。身体に害を与えるものくらいはある。もっとも、お前が受けた加護よりも、強力な浄化能力を持っている。だから少々の毒であれば、健康を害することはない。だからといって、摂取しないに越したことはない」
神様に毒は無効というイメージがあったけれど、有害ではあるらしい。
「検査対象を複数設定できるんですね」
「ああ、最大5つの種族に対して、有害かどうかを判別できる」
「それは便利ですね。手間がかからなくていいです」
検査対象に、人間を設定した。そして、精霊を追加しようした時、リリティアさんにこう尋ねられた。
「しかし、本当にいいのか?」
「ええ。せっかくの寄せ鍋なんで、断られたら諦めますけど」
精霊を追加しながら答えた。今日の夕食は、山菜やキノコを出汁で煮て、寄せ鍋にするつもりだ。本当なら肉も欲しいところだが、スパイスの効いた干し肉は風味を損ねそうなので使えない。
「お前自身の食料すら余裕がないのに、他人に与えるなんてことをしなくてもいいんだぞ?あいつも食べるものは、自力で用意しているだろうからな」
「それはそうなんですけどね。でも、親しくなるにはいい機会ですし。それに、鍋はみんなで囲んだほうが、きっとおいしいですから」
大学生の頃、友人たちと鍋で飲むことが度々あった。一人鍋をするよりも、みんなで飲みながら食べたほうが、ずっと美味しく感じた。
「まあ、お前が採ってきたものだ。お前がそうしたいのなら、そうするといい」
呆れたようなリリティアさんの声を聞きながら、検査対象にウンディーネを追加した。