三日目・寄せ鍋⑧
昼休憩にするとは言っても、山菜の上に腰を下ろすのは躊躇した。後で食べるものを踏みつけ、その上に座るというのは避けたい。足蹴にしたものや尻に敷いたものを食べるのは、あまり気持ちのいいものではないのだ。
なのでシュエード・シアと呼ばれる山菜を採取しながら、日の当たる場所まで進んだ。それを見ていたリリティアさんが訝しんで言う。
「踏みたくないという気持ちはわからないでもないが、森の動物たちは踏んでいっていると思うぞ?」
「いや、まあそうなんですけどね。なんというかそれはそれ、これはこれというか。はっきり言って気分の問題ですね」
そして座るスペースを作るために、一畳分のシュエード・シアを抜いた。これでようやく、昼休憩にすることができる。
しかし、土の上に直接座るのも嫌だな。下に敷くものは持ってきていなかった。ピクニックシートでも持ってくればよかった。あるのかどうかわからないけど。
何か代用できるものはないだろうかと考えた結果、革袋を敷くことにした。2つある革袋はどちらも中身が入っているが、取り出してしまえばいい。中に入っているキノコと横に置いて、革袋の上に座る。リリティアさんが座る革袋は、道具箱やバスケットを入れていたものだ。ついでに、バスケットからリリティアさんの昼食を取り出して渡した。
「どうぞ」
すまないと言って受け取ると、リリティアさんは昼食を食べ始めた。俺も、自分の分の昼食を取り出して食べ始めた。
「地面に直接座るのは、この姿では何かと危険でな。大型の動物は元より、ネズミやトカゲのような小さな動物でも案外驚異になるんだ。さすがに食われるほどのことはないがな。それでも助かるよ、ありがとう」
リリティアさんは手のひらほどの大きさしかない。ネコやイタチなどが餌にするには、ちょうどいい大きさだろう。だからいざという時には、俺が小動物を追い払おう。まあ、飛べるリリティアさんよりも、俺が肉食獣に襲われる危険性のほうが高いと思うけど。素人が剣を振り回して、果たして猛獣を撃退できるだろうか。ベルトに吊り下げた剣に触れると、カチャリと音が鳴った。
「ところで一つ気になっていたんだが、盾は持ってきていないのか?」
ちょうど剣のことを考えていた時に、盾の話が来た。
「盾は持ってきてないですね。ちょっと使えそうになかったので」
「どこか壊れていたか?アイリアには、使えるのかきちんと確認してから用意するように伝えたんだが」
アイリアさんがやること一つひとつにリリティアさんが指示を出しているのだろうか。この二人、どちらが上司なんだっけ?
「いえ、盾は問題なく使えそうでした。ただ、剣が両手剣だったので・・・」
昨日、小屋やハシゴなどを作っている合間に、試しに剣を振ってみた。その時に、重くて片手では振ることができないことに気が付いた。両手で振っても少々重いくらいだ。盾を装備しながら振ることは難しそうだった。
「そうか・・・アイリアは適当に持ってきたんだな。まあマシンガンやレーザーガンを持ってこなかっただけマシか」
「レーザーガン?!」
SFチックな名称が出てきた。持っていたサンドイッチを危うく落とすところだった。
「ああ、兵器や武器を専門に研究・開発する部署があるんだ。そこの個人携行用開発2課へ行って、不要になった武器をもらって来いと言ったんだ。間違えて1課に行っていたら、剣ではなく銃火器がおいてあっただろう」
「でも、もらえるなら剣よりは銃のほうがいいんですけど」
銃で遠くから攻撃したほうが安全だ。マシンガンなら、撃ちまくれば一発くらいはあたるだろう。素人剣法では自傷の危険すらある。
「弾薬の補充ができないから、撃ち切ったらただの金属の塊になるが、それでもいいか?それに、人間がもし近くにいたら、少々不都合があるかもしれないからな。何しろ、この世界にはまだ銃火器は存在しない」
「なるほど。突然マシンガンなんて見たら、確かに卒倒しかねませんね」
火縄銃が日本に伝来した時も、かなりの衝撃的な出来事だったらしい。まして神々が製造したマシンガンでは、文明レベルが違いすぎるだろう。
「レーザーガンもダメだ。あれは音はしないが、周囲の木々まで薙ぎ払ってしまうからな。威力が高すぎてかえって危険だ」
木々を貫通するほどの高威力レーザー・・・それも個人携行火器で、である。地球の技術すら及ばない、圧倒的な科学力だった。
「でも、神様たちも武器を作ってるんですね。そういうものとは無縁の存在だと思ってましたけど」
杖を振ると雷が飛ぶ、とかを想像していた。
「ああ。我々自身の技術をベースに、人間の技術を参考にして発展させているんだ。武器に限らず、人間の技術を利用して、科学技術や産業を発展させている」
「神様も俺たち人類から学んでいるんですか?」
「我々は人間を、ただ助けている訳ではない。人間が文明を進歩させる過程で生み出す様々なアイデアや技術を、我々の世界でも活用する。そのために人間を守護し、その発展を促しているのだ。お前のこの森の守護者としての職務も、その一端を担っている」
「神様たちにも我々人類にも、双方に利点があるということですか?」
共存共栄がなされているのなら、悪いことではないだろう。相互に利益がある関係こそ、最も良好な関係だ。
「まあそういうことだ。ただお前の場合は、立場的には人間側とは言い辛い、微妙な立場だがな。神や精霊ではないが、かと言って守護される側とも言えない。我々からすれば、外部協力者という位置付けにはなるのだが」
契約書を交わした時点で、正社員のような立場だと思っていた。しかし、外部協力者ということは、そうではないのだろう。外部協力者というと、派遣社員に近いだろうか。だが派遣元がない以上、派遣社員ではない。
となると、個人事業主が企業から業務委託されている形に近いだろうか。そうだとすると、雇用すらされていないことになる。先輩だと思っていたリリティアさんも、実は客先の社員という関係なのかもしれない。しかし、そうなるとおかしい点がある。
「でも、アイリアさんは自分のことを直属の上司と言ってましたよ?外部協力者というのなら、上司ではないんじゃないですか?」
「いや、外部というのは、神でも精霊でもないという意味だ。契約を結んでいる以上、お前はアイリアの部下で我々の仲間だ。人間なのに神の部下であるという点が、微妙な立場という意味だ」
わかるようなわからないような話だったが、とりあえずリリティアさんは先輩ということでいいようだ。それと、はっきりと「我々の仲間」と言い切ってくれたことは、結構嬉しかった。