プロローグ4
「書けました。確認お願いします」
日報を女神アイリアに手渡した。
この森に転送された後、女神アイリアに連れられて一軒家に入った。二階建ての木造建築だった。
家の中を一通り案内された後、日報としてここに来るまでのことをまとめてほしいと言われて二階の寝室にて書き始めた。女神アイリアと契約を結ぶに至った過程や決心した理由を、知らない人が読んでもわかるよう詳しく書いてほしいということだった。何をどう書くか悩みながら書き進めた結果、書き上げるのに二時間ほどかかってしまった。
渡した日報を読むために彼女が椅子に腰掛けたので、丸テーブルを挟んで向かい合って座った。
「では、拝見しますね。・・・まずは自己紹介ですか、素晴らしいですね。あなたのことを知らない方が読みますから、どんな人間が書いたのかがわからないと困りますからね」
「どう書いたらいいか悩みましたがこれでよかったですかね」
結構ですよ、女神アイリアは微笑みながらそう言った。
「次に仕事を辞めた過程が書いてありますね。うーん・・・前職の話がとても詳細ですね」
「退職理由が伝わるといいなと思って色々書きました」
勤めていた会社に対する不平・不満を書き並べていたら止まらなかった。今まで吐き出すところがなかったからかな。気づいたらかなりの文量になってしまっていたが、書いていたらスッキリしたのでそのまま提出したのだ。一応、こんなブラックなところに入ると大変な目にあってしまうことを多くの人に知ってほしかった、という建前は用意していた。
「正直ここまでは求めていなかったのですが、まあよしとしましょう。しかし、他人の個人名が入っているのはいけないので、それだけ訂正してください」
個人名削除、とメモを取る。つい筆が進んでバイトの古株たちのフルネームと悪口を書いてしまったのだ。
「そして私との出会いですね。接見の場を気に入っていただけたようですね。あの場はあなたのような方を呼び出す時に利用する応接間のようなものです。神であることを信じていただくために、人間が持つ天界のイメージに沿うように、様々な仕掛けが凝らされているのです。なので神秘的というあなたの言葉は設計した者が読めばとても喜ぶでしょう」
あの空間そのものを作った神様もいるのか。あまりの非現実っぷりに理解が追いつかなかったが、様々な仕掛けという言葉が気になったのでどんなものがあるのか尋ねた。
「まず一つは、人間には見えない転送システムがいくつもあることですね。私が接見の場に移動したことにも、あなたがこの森に転送されたことにもこのシステムが利用されました」
突然後ろに現れたのはそういうことだったのか。
「他にも芝生が泉に変化して、水面にこの世界や地球の様子を映し出す映像装置もあります」
天界から泉を使って下界を見る、確かにイメージする天界像そのものだ。
他にも色々あるんですよ、というと女神アイリアは日報に視線を落とした。
「あ、私のことを書く時には様はつけないでください。口頭で呼ぶ時も禁止です」
「ダメなんですか?では、どうお呼びすればいいでしょうか。まさか呼び捨てで呼ぶわけにはいきませんし」
「では書く時は女神アイリア、呼ぶ時は・・・アイリアさんとでも呼んでいただければいいですよ」
神に向かってさん付けはさすがにまずいのではないかと思ったが、そう呼んでほしいと譲らなかった。直属の上司と部下のような立場になるからそれでいいのだと押し切られた。
「続きは・・・あら?・・・あらあら。守さん、神々しいまでの美しさなんて少し誉め過ぎですよ?」
そう言いながらもとても嬉しそうだ。平静を装おうと努力しているが顔が少しにやけている。
この家に着くまでの道中に容姿を誉めた時、満更でもない様子をしていたことを思い出してわざわざ書いたのだ。少し恥ずかしかったが、きちんと描写した甲斐があったようだ。
「いえいえ思ったことを書いたまでです」
美人の頼みだから断らなかった、確かにそれも理由の一つだった。日報を書きながら、この話を受けた理由を考えた結果に出した結論だった。
夢だと思っていたから気軽に、無職で失うものもなかったから断る理由もなく、美人のお願いだから承諾した。
「しかし、夢だと勘違いされていたというのは問題ですね。そう思われないような対策を考えなくてはなりませんが、それはひとまず置いておきましょう」
にこやかだった女神アイリアの顔が一瞬で引き締まった。エメラルドの瞳をじっとこちらに向ける。
「守さん、今一度聞きます。森の管理人の任務、引き受けていただけますか?それとも、契約を破棄して元の世界に帰ることを望みますか?」
辞退して元の生活に戻りたいかどうか。それは、夢じゃないと気づいた時、この森にやってきた時点で考えたことだった。
このまま女神アイリアについて行くか、やっぱり元の世界に帰してほしいと頼み込むか。
この家に着く前にはその答えは出ていた。
立ち上がり、少しでも誠意が伝わるようにときちんとお辞儀をした。
「アイリアさん、これからよろしくお願いします」
女神に請われて異世界に旅立つ、そんな夢のような話が現実に起こったのだ。断る理由はなかった。
いや、どんな断る理由があったとしても断りたくないことだった。
「守さんならそう言ってくれると思っていました。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
そう言って両手を差し出すアイリアさんと固く握手を交わした。
「森野守、契約に従い森の守護者となる者よ、あなたに女神アイリアの加護と祝福を与えます」
彼女は両手を握ったまま目を閉じた。
10秒ほどそうした後、手を離した。
「それでは食事にしましょうか。日報を書いてもらっている間に準備しておきました。今夜は守さんの歓迎会です」
二人だけですけどね、とイタズラっぽく笑う顔も、やはり綺麗だった。
19.3.2 五行目が文章としておかしかったので訂正