三日目・寄せ鍋⑤
ゼンマイに似た山菜をゼンミーと名付けた後、俺とリリティアさんは小川を離れることにした。小川を遡ったのは、本当にこの山菜だけが目的だったようだ。あまり家から離れすぎないよう、東北東に向かって進む。小川を離れると、周囲は幹がまっすぐ伸びた樹木ばかりになった。家の周りと同じような風景だ。太いつる草が木々を覆っているのも同じだ。
「食べられるものは私が探すから、お前は地図に小川を書き込んでおけ」
「地図ですね。操作方法がイマイチわかりませんけど、やってみます」
「適当にやってみろ。こういうものは習うよりも、実際に操作して覚えたほうが早い」
地図を取り出して、「表示」ボタンを押した。何も書かれていない地図に、現在地や初日に記入した「果樹林」のマークなど様々なマークが表示される。マップを非表示にするのは、省エネモードのようなものだ。初日の夜に適当に触っていたら、たまたま見つけたシステムである。地図というにはあまりに多機能で、まだ知らない機能がありそうだった。
さて、どう操作すればいいんだろう。
「履歴に、これまでに通ったところが表示される機能があるぞ」
履歴をペンでタップすると、項目がいくつかポップアップされた。
「過去位置確認を押してみろ」
過去位置確認という項目を探し、タップする。すると、赤い線が現れた。赤い線は現在地から下に少し伸びて右に折れ、家を表すマークに向かってまっすぐに伸びている。家の周囲は赤い線が複雑に折り重なっているようだ。
「その赤い線は地図の位置情報を表している。詳細を表示させれば、時間などの情報を出すこともできる。初期設定として直近1日分が表示させられるようにしておいた」
「リリティアさんが設定したんですか?」
初期設定というと、普通はメーカーが最初に設定しておくものではないのだろうか。
「ああ。使用する世界に合わせて、時間を設定する必要がある。それには高精度の時計と同期させるんだが、アイリアがこういった操作が苦手だからな。結局、機械操作のほとんどは私がやるしかないんだ」
リリティアさんはため息混じりに話す。
手のひらサイズの小さな体で飛び回って、あくせくと地図を操作しているところを想像する。大変そうではあるけれど、とても可愛いのではないだろうか。
「お前・・・なにか変なことを考えてないか?」
リリティアさんは半目でこちらを見据えている。
「・・・いえ、まったく」
俺はその視線から逃れるように顔をそらした。
顔に出ていたのだろうか。中々に鋭い先輩である。
「まあいい。履歴を出したまま、地形記入で川を書き込め」
適当にやってみろ。そう言いながらも逐一教えてくれる、面倒見の良い先輩だった。
言われた通りに赤い線をなぞる。川なので、青い線で引くことにした。
履歴表示をオフにして、青い線が引けていることを確認した。川辺を歩いたところしか線を引いていないため、小川の途中のごく一部だけが地図に書き込まれたことになる。
青い線が引かれたことを確認すると、リリティアさんは山菜採りを再開した。それにならい食べられそうなものを探しながら、その後を追った。
「でもこれでは、この小川の一部だけしかわかりませんね。上流も下流も、どれだけ続いているのか不明です」
「それはこれから調べるしかないな。実際に歩いて、確認しながら書き込んでいくしか方法はない」
話をしながらも、周囲を見回しながら歩く。
「既にわかってる場所とかはないんですか?」
最初からいくつかの山や川が描かれている。ある程度はわかっているんじゃないだろうか。
「我々がわかっているのは家の周辺だけだな。山と大きな川や湖が書かれているが、これは衛星カメラから見てわかる地形を書き込んだに過ぎない」
衛星カメラがあるのか。神や精霊という言葉のイメージに反して、随分ハイテクな話だった。
「この世界の人達はこの森の地図を作っていないんですか?」
「この森はそれほど人の手が入っていなくてな。森の奥深くまで入っていく人間はほとんどいない。猛獣もいる深い森だから、訓練をした者でなければ容易に入れないんだろう」
訓練をした者というのは、戦争が起こった時の軍隊を指しているのだろう。しかし、そんな森の中で暮らしていかなければならない俺は、一体どうしたらいいんだろうか。現地の人すら立ち入ることが難しい場所で住み込みなんて、労働環境がブラックにも程があるだろう。
そういえば、ユナさんもあの泉に一人のはずだ。これはとても心配だな。安全のために、そう、彼女の身の安全のために、ユナさんも家に住むべきなんじゃないだろうか。一度提案してみよう。
「また、よからぬことを考えているようだな」
「・・・いえ、まったく」
鋭いなホントに。リリティアさんはエスパーか?
「それにしても、広い森を踏破して地図を作るというのは、気が遠くなりそうな話ですね」
多少強引にでも話を変えた。
「少しずつ、気長にやってくれればいい。この森は我々の調査も及んでいないからな。森の全体像を明らかにすることは、時間をかけるだけの価値が十分にある。それに森の管理をしていく上で、地形を把握しておくことは必要なことだからな」
「そうですね。あ、でも森の全てを歩き回るのは不可能じゃないですか?野宿をするにも限界がありますし」
実際は野宿なんてしなくても、行く先々で小屋を作れば足りる。でも、それを何日も続けるには困難だ。携帯できる食料や道具には限界がある。
「それに関しては、一応の解決法はある。少々不便ではあるがな。だから野宿の心配はしなくていい」
元々、広大な森林を一人で管理しろという話だ。移動手段くらいは考えてあるのだろう。
解決法とはどんなものなのか、気にはなる。しかし、それは実際にそれくらい遠くまで行くことになった際に考えればいいだろう。今はまだ、生活していくだけで精一杯なのだ。