三日目・寄せ鍋④
再度、小川を遡上していくリリティアさんの後を追った。リリティアさんは時折草木の中に分け入り、食べられるものかどうか調べていた。
「これは毒草だ。摂取するとひきつけなどの中毒を起こす。煎じると胃腸薬になる薬草と似ているため、間違えて口にしてしまう者が多いから気をつけろ」
これは毒草、と。
「この草に似た野草は食べられるのだが、あいにくだがこれは食べられない。毒はないが、エグみが強くてな。食べられるほうは、比較的乾いた場所に生える」
気になるものを見つけると、リリティアさんは都度その植物についての知識を教えてくれた。説明を受ける度にメモを取ってはいるが、覚えられそうもない。せめてカメラがあればいいのだが、デジカメなどという便利なものが森の中にあるわけもない。仕方なくスケッチで済ませるが、図工や美術の成績が常に平均以下だった俺である。描いた自分で見ても、あまり役に立つとは思えなかった。
「これは食べられる。似た植物もないため、間違える危険性もない」
リリティアさんはヒガンバナに似た、赤い花の近くでそう言った。この花は胸の高さまであり、他の草花よりも背が高い。しかし、指しているのは赤い花ではなく、その根本近くに生えている植物だ。見るとその植物は赤茶色で、渦を巻くような形をしている。ゼンマイの若芽に似ていた。
「下処理に1時間ほど下茹でが必要だが、独特な食感と風味のある山菜だ。実を言うと、川を遡ろうと言ったのはこれが目当てだったんだ」
「好きなんですか?」
「ああ。特に出汁で煮るのが大好きでな。だが、揚げてもおひたしでも美味しいぞ。森の中でも暗く湿った場所に生え、あまり人間が住む場所ではあまり見かけないものだ。だから、町や村では食べられる機会が少ないのが難点だな」
ゼンマイと似ているが、様々な違いがあるようだ。まず、ゼンマイには胞子葉と栄養葉があり、栄養葉だけを採るらしい。それとゼンマイは、茹でたり干したりと下処理に1日かかる。その手間が面倒だったので、大学の敷地に生えていたゼンマイには手を出さなかったのだ。
対してこの山菜には、独立した胞子葉はないようだ。それと、人里離れた場所にしか生育しないというのも特徴だろう。
「では、頑張ってたくさん探しましょうか」
そう言って近くを探すと、意外にもすぐに見つかった。
「・・・結構ありますね」
気合を入れて探し始めたが、頑張らなくても早々に見つかってしまった。少し拍子抜けだ。
「ここは群生しているポイントなのかもしれないな」
「では根こそぎ採集してしまいましょう」
「ああ、待て。全部は採ってくれるな。いくつかは残しておかないと、今後採れなくなってしまう。必要な量だけ採る、それが大切なことだ」
「確かに根こそぎ採ってしまうと、繁殖できなくなってしまいますね。俺が軽率でした」
数本残して採る。少し移動して、また数本残して他は摘み取る。それを繰り返していると、この山菜が徐々に少なくなってきた。振り返ってみると、赤い花はかなり遠くに見える。3,40m程離れているだろう。
「群生ポイントを抜けたみたいですね」
「そのようだな。・・・ふむ、それにしても結構採ったな。これならお前が食べる分だけでなく、町で売る分もあるだろう」
リリティアさんは背負い籠を上から覗き込んでいる。背負い籠をその場に下ろし、自分でも確認する。背負籠は直径50cm程、高さ1m弱だが、二分目くらいまで入っている。
「ところで、この山菜はなんていう名前なんですか?」
「ん?名前はないな」
「え?ないんですか?」
「ああ。先ほど言ったとおり、人間の目につくところに生えていることが少なくてな。存在すら知らない人間のほうが多いくらいだ。こんなにもおいしいのに、もったいと思わないか?」
こんなにも、と言われても食べたことがないからわからない。適当な相づちを打つ俺の前で、リリティアさんは一人でうなずいている。
「しかし、名前がないのは面倒ですね」
「ならば名前をつけたらどうだ?」
「勝手につけてしまっていいんですか?」
「いいも何も、元々名前がないのだから仕方ないだろう。それにあったほうがいいものならば、作ればいいだろう?」
ないから作る。確かにシンプルではあるけれど、そんなに気軽に名付けていいものだろうか。そもそも、ゲームの主人公の名前ですら何十分と悩むのだ。初めて目にした植物に名前をつけろと言われても、どうしたらいいかわからない。
「適当でいいぞ。それこそ、山菜その1とかでも構わない。この山菜を指す記号として私とお前が認識できれば、それで問題ないのだから」
さすがに山菜1はどうかと思う。名前とはいえないし、今後増えていった場合、何番がどんな山菜を表すのかわからなくなるだろう。
さてどうしようか。悩むけれど、便宜上の記号と考えれば簡単かもしれない。名前を聞いた時に、ゼンマイによく似たこの植物をイメージできればいい。
「よし、ではこの山菜の名前はゼンミーということでお願いします」
「ゼンミーか。それで構わないが、どんな意味なんだ?」
「俺の国にはゼンマイという山菜があるんですが、これとかなり似てるんです。それで、ゼンマイを少し変えてゼンミーとしました」
ゼンマイと呼んでしまってもいいのかもしれないが、日本のゼンマイの話をしたい時に困るだろう。どちらのゼンマイなのか、紛らわしくなってしまうだろう。
「この山菜と似たようなものがお前の国にもあるのか。それは是非、一度食べてみたいものだな」
「もし日本に戻れる機会があれば、その時はゼンマイを探してきますよ」
「ああ。楽しみにしているぞ」
それはいつになるかわからない、果たせるかさえ不明な約束だった。