三日目・寄せ鍋①
起床ラッパで目を覚ました俺は、洗面台で口をすすぎ顔を洗った。タル1つ分の水を汲んであるので、どんどん使っても大丈夫だ。それに、なくなったらユナさんのいる泉に汲みにいけばいい。煮沸すれば飲用水としても利用できる。飲める水が安定的に手に入る、たったこれだけのことが、とても大きな安心感を与えてくれる。
少々面倒だが1日に二回汲みに行けば、風呂に入っても十分なほどの量があるだろう。衛生面を考えれば、きちんと入浴したほうがいい。それ以上に、やはり日本人としてはきちんとお風呂に浸かりたい。今まではお湯で温めたタオルで、体を拭うだけで済ましていた。だが、この先ずっとこれではたまらない。いずれはきちんとしたお風呂に入れるようにしたいと思う。
しかし、どうしたらいいだろうか。まず、この家には給湯器がない。水道がないのだから当たり前といえばその通りなんだけど。以前住んでいたボロアパートですら、ガス給湯器で浴槽にお湯を張れた。家自体は立派になったのだが、設備は日本と同じというわけにはいかないようだ。浴槽だけならば、神の門を使って木製の浴槽ならばいくらでも作ることができる。何かいい方法が見つかるといいけれど。
今すぐ解決できない問題を、長々と考えても仕方ない。まずは直面している問題、空腹をなんとかしよう。
気持ちを切り替えて、いつも通りのご飯を作り始めた。サンドイッチの具にするために、干し肉を焼き始める。そこでふと思いついて、干し肉を追加した。
今日は山菜採りに行く。そのために、弁当を用意しようと思ったのだ。サンドイッチならば弁当に丁度いいだろう。弁当用なのか、バスケットは家にサイズ違いで四種類もあった。ついでに、リリティアさんの分も作っておこう。
こうしてサンドイッチを2つ作った。リリティアさんには、小さく切ったバケットに焼いた肉を乗せたものを同じく2つ作った。カッコよく言えば、オープンサンドイッチだろうか。
後はホージュの実でも切ろうかと思っていると、リリティアさんが居間にいることに気付いた。
「おはようございます、リリティアさん」
そう声をかけて、スープ皿に水をすくって洗面台に置いた。
「おはよう。水を用意させてすまないな」
そう言うと、リリティアさんは洗面台に向かって飛んでいった。
リリティアさんは小さな手で器用に顔を洗っている。二頭身フォルムである彼女の頭は、手よりもずっと大きい。何度も両手で水をすくって、まんべんなく顔を洗っているようだ。
顔を洗うリリティアさんを横目で見ながら、ホージュの実を切り分けた。自分用に大きめに、リリティアさんように小さく薄く、サイズを分けて切って皿に並べた。半分は昼食用にバスケットに入れた。
顔を洗い終えたリリティアさんが戻ってきたので、ダイニングテーブルに朝食を並べた。
「朝食も作ってくれたのか。それも、わざわざ食べやすいサイズにしてくれて。ありがとな」
「いえいえ、ついでですしこれくらいは。・・・では、いただきます」
「いただきます」
同じように手を合わせてくれた。食事の度に、俺がいただきますと言ってから食べているのを見て、覚えてくれたらしい。
「うむ、うまいな」
「そうですか、ありがとうございます」
焼いた肉を乗せたバケットを食べながら、リリティアさんが褒めてくれた。干し肉自体に香辛料がまぶしてあるので、俺は切って焼いただけだ。それでも、褒められれば悪い気はしない。
「焼き加減が丁度いい。私好みだ」
焼き加減だけは注意したところだ。というよりも、それ以外に気をつけることがなかった。俺自身の好みに合わせて焼いただけだが、リリティアさんも気に入ってくれたようでよかった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えると、二人共両手を合わせて目を閉じた。
「さて、今日は山菜採りですが、いつ行きますか?もう出ます?」
「そうだな、どれだけ時間がかかるかわからないから、少しでも早い方がいいだろう」
「一応、もう準備はしてあるんで、すぐにでも出られますよ」
昨日、背の高い硬い草を材料にして、カゴを作ってあった。肩に背負うためのゴム紐がついた、背負い籠のようなものだ。それが早速役に立つと思い、昨日の夕食前にそれを家に持ってきておいた。
合わせて軍手と、鎌やナイフなどの道具を詰めた箱を用意した。
そして、バスケットにサンドイッチとホージュの実を詰めて、水筒には煮沸した水を注いである。水筒は、バスケットとセットで置いてあったものだ。遠出をする際の弁当セットとして用意してくれていたのだろう。中には大人数用と思われるサイズもあったのだが、使う機会はあるのだろうか。
今回使用したバスケットは1人用と思われる小さいものだ。だから、バスケットと水筒、道具箱を1つの革袋に詰めても、まだ余裕があった。
「お前はいつも準備が早いな、感心するよ。アイリアはいつも、ギリギリになって慌てているからな」
リリティアさんは少し遠い目をした。リリティアさんがアイリアさんの話をする度に、俺の中にあるアイリアさんのイメージが崩れていく。直接会った時に感じた印象では、アイリアさんは想像上の女神様そのものだったんだけどな。
「対してお前は行動も物覚えも早い。優秀な後輩を持って嬉しいよ。お前の指導員をお役御免になるのも、早いかもしれないな」
そう言うと、リリティアさんは颯爽と玄関まで飛び去ってしまった。
最後の言葉に引っかかりながらも、荷物を持って家を出た。