二日目・水の妖精⑪
水を汲みに行った際、泉ではユナさんに会えなかった。残念だが仕方がない。がっくりと肩を落として家に戻った。
水が入ったタルをキッチンの床にひとまず置いて、昼ご飯の準備をした。朝ご飯と変わらないメニューを準備していると、リリティアさんがやってきた。
「これから昼食か?」
「はい。お腹が空いてきたので、そろそろご飯にしようかと」
リリティアさんがちらりと、キッチンに床に置いてあるタルを見た。
「わざわざもう一度水を汲んできたのか。大変だったな」
「いえ、さすがに癒しの水を使うのはもったいないですから。地図とにらめっこしながら泉まで行ってきました」
なんで癒しの水ではないとわかったんだろうか。タルは全く同じものだ。癒しの水は先ほど蓋をして、ウォークインクローゼットに置いてきた。それをリリティアさんは観ていないはずだ。見た目は全く同じ、無色透明の澄んだ水だ。普通の水と癒しの水は、分かる人には分かるような違いが何かあるのだろうか。
疑問に思いながらもサンドイッチを作り、ホージュの実を切り分けた。自分だけ食べるのも気が引けるな。
「リリティアさん、何か食べますか?」
そういえば昨日初めて会ってから、食べ物を口にしているところを見たことがなかった。俺のいないところで食べているんだろうか。
「そうだな・・・ではホージュの実をもらおう。切ってくれるか?」
「わかりました」
少し驚いたが、当たり前のことだよな。生きているのだから、何も食べないはずがない。
ホージュの実を1個、八等分を更に半分に切り分けてダイニングテーブルの上に置いた。リリティアさんはその前に、ちょこんと正座した。手のひらサイズの彼女は、机に座らないと手が届かないのだ。リリティアさん用の机や椅子を何か考えたほうがいいのかもしれない。
自分の分の昼ご飯を食べながら、彼女が食べる様子をじっと見つめてしまった。女性が食べるところを注視するなんて、マナー違反もいいところだろう。しかし、二頭身の先輩がどうやって食べるのか、すごく気になるのだ。
じっと見ていることにリリティアさんは気付いたようだったが、何も言わずにホージュの実を食べ始めた。小さな両手で赤い皮の部分を掴み、口に持っていく。目が大きい代わりに口が小さいため、一度に少しずつしか口に入らないようだった。
その様子を見て、ハムスターみたいだなと思った。だが、口にはしない。さすがに怒られそうだからだ。
暫くの間、ほんわかとした気持ちでリリティアさんを見つめていた。
当のリリティアさんは一欠片を食べ終えた後、どこからか取り出したハンカチで口を拭っていた。どこから取り出したのかということよりも、彼女に丁度いいサイズのハンカチがあることに驚いた。
「午後からはどうするつもりだ?」
「そうですね。草を材料にしたものを作ろうかと思っているので、つる草を採ってこようかと。ついでに石細工の素材に石ころを集めてきます」
「それはいいことだ。つる草自体は本来駆除するべきものだ。それが人間の役に立つものに変わるのならば言うことはない。できる限りやってくれ」
「はい、わかりました」
「それと石を集めるのならば、北西に大きな岩壁がある。あちらへ向かえばたくさん取れるだろう」
「いえ、そこまで多くは必要ないので。つる草を採るついでに、落ちている石ころを集めれば十分です」
石ころはついででいい。大きな石は重すぎて運ぶことができないから、小さな石像などにするつもりだった。石臼なども候補だったが、重量の問題から選ばなかったのだ。
「そうか、わかった。私は家に残って仕事をする。オストーン北東部の干ばつ被害の報告書をまだ提出していないのでな。何しろアイリアに突然、森へ行ってくれと言われてな。まだ以前の仕事が終わっていないのだ。アイリアも少しは段取りを考えてほしいものだ」
「それは大変ですね」
俺がこの森に来ること自体が突然決まって、そのまますぐにこの森へ転移だったからなぁ。それに合わせてすぐに動かなければならなかったのだろう。
「そういうわけで、すまないが今日は一人だ。作ったものはまた後で確認させてもらう。ああ、一人だからあまり遠くへ行くんじゃないぞ?」
「あ、はい。わかりました」
突然母親みたいな心配をされてしまった。さすがに迷子になる年齢ではないんだけど。まあ、彼女からしたら俺なんて、赤子も同然なのかもしれない。年齢を聞いたわけではないが、話を聞く限り何十年も仕事をしているようだから。
精霊である彼女は一体どれくらい生きるんだろうか。それと、今の年齢は何歳なんだろうか。女性に年齢を聞くなと怒られたので、聞ける機会はないだろうけれど気にはなる。
味気ないホージュの実をかじりながら、そんなことを考えていた。
泉が複数存在しているように読めるため、最初の文章を修正。