プロローグ3
「協力とは、いったい何をすればいいんですか?」
この時の俺はまだ夢なのか現実なのか、判然としていなかった。現実とは思えないような景色と絶世の美女は、俺にここが現実世界ではないと思わせた。しかし、ほおをなでる風や足をくすぐる丈の長い芝生には、夢とは明確に異なるリアルな感覚があった。
夢なのか現実に起こっているのかわからなかったが、とりあえず話を聞くことにした。美人の話を聞くことに比べたら些末なことだろうし、話を聞いてから考えても問題はないだろう。
「話を聞いていただけるのですね。ありがとうございます」
「聞くだけですけどね。協力するかどうかは、お話を伺った上で判断させていただきます」
話を遮って明言した。依頼を受ける前提で話を進められては困ると思ったからだ。それと、胡散臭い話を何も疑わずに真に受けている、そう思われないように釘を刺すためでもあった。
「それはわかってます。一通り説明させていただきますので、ご理解した上でご決断ください」
こうして、女神アイリアの説明が始まった。
「単刀直入に申し上げますが、あなたには森の管理をお願いしたいのです。というのも私の担当区域・・・こほん、私の守護する土地に大きな森があるのですが、少し前から異変が起きていて森に住む動植物の生命力が弱まっているのです。あなたには原因を突き止めて解決し、活気あふれる森にしていただきたいのです」
「森の管理人ですか?俺は林業や農業は未経験で何もわかりませんよ?役に立てるとは思えませんが」
あいにく、働いた経験は1年ちょっとのファミレスと大学在学中にやっていたラーメン屋のバイトだけだ。親戚に農家がいて手伝いをしたとか、そういうこともない。業界未経験者がスカウトをされる理由なんて全く思いつかなかった。そもそも、どうして自分なんだ?
「いいえ、あなたは選ばれたのです。森野守さん、私はあなたにお願いしたくてこうしてお呼びしたのですよ」
「俺が選ばれた、ですか?そう言ってくれるのは嬉しいですが、なぜ俺なんですか?俺なんかに何ができるとも思えませんよ」
「あなたには適性があるのです。私の加護の下に森を救い、私の守護する土地をよい方向へと導く適性が。私にはあなたの助けが必要なのです。お願いできませんか?」
実を言うと夢か現実かという疑問に対しては、この時点では夢だろうという結論に傾いていた。美人に請われて仕事をする、なんて都合のいい夢だろうか。
「お話はわかりました。でも、俺にできますかね」
夢だと思いながらも、美人から必要だと言われれば嬉しいものだ。だが、だからこそ安請け合いはできなかった。
「ご心配やご不安はわかります。しかし、ご安心してください。ちゃんとサポートマニュアルがありま・・・こほん、私のほうで可能な限りの支援はさせていただきますから。それと、先ほど林業や農業は経験がないとおっしゃっていましたが、それはさして問題にはならないでしょう。管理していただく森は異世界にありますから。似たようなものがいる場合もありますが、全く同じ動植物はいません」
異世界、という言葉に驚きながらも少し納得していた。女神が守護しているなんて話現代日本では到底考えられないからだ。
「それに、あなたも困っているのではありませんか?仕事を辞めてお金も底をつきはじめている。困窮から抜け出す道が目の前にあるのですよ」
この時俺は、夢の中とはいえこの女神容赦なく現実を突きつけるなぁと感じた。だが、働かなくては来月の家賃すら払えず、生活に困っているのは事実であった。
「わかりました。あなたに協力させていただきます。森の管理人のお仕事を引き受けます」
どうせ夢だしな。夢じゃなかったとしたらむしろ仕事が見つかってありがたいことだけれど。そう思っていた。
「ありがとうございます。ではよろしくお願いしますね」
両手を握られた。柔らかいすべすべとした感触が心地よかった。
「ではこちらの契約書にサインをお願いします」
「あ、はい。でも印鑑とか今持ってませんよ?」
「印鑑・・・そちら独自の制度ですね。お名前以外は不要ですので、サインだけで結構ですよ」
急に生々しい話になったな、と思いながら名前を書く。前の会社に入社した時に、本社で諸々の書類を記入したことを少し思い出した。
「では、契約は締結いたしました。早速現地へ赴任していただきましょう」
女神アイリアがそう言うと、突然俺の足元が光り輝きはじめた。光は徐々に強くなっていき、放射状に広がり視界を覆い尽くした。その眩しさに目が眩んだ。手で顔を覆いながら目をつむった。
目を閉じていたのは五秒ほどだっただろうか。恐る恐る薄めを開けると光は消えていた。
周囲を見ると、木々と草花が所狭しと生えている。そこは、薄暗く鬱蒼とした森の中だった。
「ここが、これからあなたに管理をお願いする森です」
隣に女神アイリアがいた。またしても突然現れたので驚いた。
「仕事は明日から、ということでひとまず今日は家で休みましょう。あなたのために一軒用意してありますので、今日からはその家で生活してください」
そう言って女神アイリアは獣道を登っていく。その後をついていきながら、ようやく気がついたのだった。
夢だと勘違いしていたことに。