二日目・水の妖精⑨
リリティアさんと話し込んでしまったため、バケットに挟んだ肉がすっかり冷めてしまっていた。しかし、冷めた肉には熱い時とはまた違った味があった。冷めたことで黒胡椒に似た香辛料の風味が際立ち、爽快な後味が強く残った。
サンドイッチを食べ終え、デザートのホージュの実に手を付ける。やはり中身がスカスカで若干味気ない。
「ああ、後で魔法の粉に餌をやっておいてくれ。使うのはそのホージュの実でいい」
「はい?」
リリティアさんの言ったことが理解できなかった。魔法の粉は・・・確か神の門に使う、石灰みたいな粉だったはずだ。それと餌、という言葉が結びつかない。
「ふふふ、驚くのも無理はないだろう。あの粉はな、実はマナを食べて増える微生物なんだ。だから、マナを含む食べ物を与えれば簡単に増える。そうやって粉を補充することで、無限に使用できるシステムになっているんだ」
この二頭身先輩は神の門が特にお気に入りなのだろうか。神の門について説明する時だけ、とても饒舌になっている気がする。
言われた通りにホージュの実を魔法の粉に与えた。家の倉庫に専用の培養器があり、その中にホージュの実をすりおろして投入した。
その後、自室として使用している部屋に戻り、今日の計画を立てた。神の門の説明書を読み、何が作れるか確認した。石材を使用するものと、草花を利用するものが書かれた章を中心に読んでいった。いくつか候補を見つけたので、片っ端から作ってみることにした。それと、その前の下準備としてしておくべきこともあった。
その為にはまず、材料の採集が必要だ。家を出る前に、通信室の外から声をかけた。中ではリリティアさんが、アイリアさんへの報告を行っている。外出する旨を告げると、「ちょっと待て」と返事が返ってきた。
「どうかしましたか?」
通信室に向かって尋ねると、リリティアさんは少しだけ開いている扉の隙間から出てきた。
「武器と防具を持っていけ。一人で移動する際は、念の為に常に持っていたほうがいい」
武器と防具は、昨日の夜に確認した。大きな革袋に長剣と胸当て、小さな丸い盾が入っていた。どれも金属製だったが、軽くて頑丈だった。重さから考えて鉄製ではなさそうだが、どんな金属なのかはわからなかった。
長剣の鞘は飾りのないシンプルなものだった。試しに抜いてみると、長剣の刀身は無骨で別段特徴のない形をしている。一方拵えは、黒を基調としてふんだんに装飾がなされている。豪奢な拵えと無骨な刀身が似合っていなかった。
しかし、長剣以外はボロボロで、特に盾は年季を感じさせる逸品だった。つまり、使い潰されている、という表現が適切だった。胸当ても、丸い盾ほどではないが、使い込まれた形跡があった。正直に言うと、もっといい装備はなかったのかと言いたかったほどだ。
だが、凶暴な動物もいると言われたら仕方がない。ダイニング・キッチンへ行き、革袋から胸当てを取り出した。紐を背中側で結ぶ構造になっているため、結ぶのが大変だ。姿見の前に移動して結び目を確認しながら、どうにか結び終えた。長剣と盾は革袋の中に入れたままにしよう。
倉庫にハサミがまとめて置いてあったので、使えそうなハサミを2つ選んだ。小さな枝を切るためのものと、つる草などの草花を切るためのものだ。昨日使用した、神の門やバールのようなものなどの道具が入っている革袋も持っていく。それと、採集したものを詰める革袋を2つ用意して、これで準備完了だ。もし、何か必要なものがあったら取りに帰ればいい。少し家の周囲で作業をするだけだ。
まず、樹木の伐採から始めよう。少しでも水汲みを楽にするために、泉のある方角にある樹木を伐採することにした。ゆくゆくは泉までの道を作りたい。舗装しなくてもいいから、木を避けなくても歩けるようにしたいのだ。徒歩で20分の距離だから、決して楽な作業ではないだろうけれど。
まっすぐに伸びた樹木を5本、燃えろノコギリで切断し、バールのようなものを使って切り株を引き抜いた。切り株を引き抜いたところから、虫が勢いよく逃げていく。蜘蛛の子を散らすように、とはこういうことなんだろうか。沢山の虫がいる木と、そうでない木があるようだ。
切断した樹木のうち、3本はつる草が絡まって、傾いただけで倒れて来なかった。しかし、2本あれば十分だ。
この2本を材料に、神の門で10mほどのはしごを作る。相変わらず、魔法陣が光り輝く時は眩しかった。夜中にやったら近所迷惑だよなぁ。まあ、近隣住民なんて誰もいないんだけど。
近くの木にはしごを立てかけて、傾いた木に絡まるつる草をハサミで切り取った。すると、木は地面に倒れた。残りも同じようにつる草を切り取る。はしごを降りて、別の木に立てかけてまた登る。面倒な作業だが仕方ない。2本目も同じように地面に倒すことができた。
最後の1本だけは、枝が引っかかってしまった。高いところにある枝で、このはしごでは届かない。
仕方なく、今使っているものの1,5倍ほどサイズのはしごを作った。この長いはしごを利用して、他の木に引っかかっている枝のところまで登った。当然、手には燃えろノコギリがある。
引っかかっている枝を切り落とし、ようやく5本の木全てを地面に転がすことに成功した。
しかし、これは結構手間だな。5本の木を切り落とすだけで、かなりの工程数が必要だ。こんなことをやっていたら、いつまで経っても森の健全化は進まないだろう。どうにかして、作業を効率化できないものか。
ん?切り倒すのが手間なら、切り倒さなければ良いんじゃないか?うまくいくかはわからないが、それができればかなり手間が省けるんじゃないだろうか。
実際に試してみることにしよう。