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森林開拓日誌  作者: tanuki
森を守るお仕事
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二日目・水の妖精⑦

 ユナさんと別れて、家に戻ることにした。名残惜しいが仕方ない。すぐ近くに住んでいるのだから、またいつでも会えるだろう。何しろあの泉には、毎日水を汲みに行かなければならないのだ。往復40分かけて水を汲む、そんな日本ではあり得ない面倒な作業も、あの艷やかな水の妖精(ウンディーネ)に会えると思うと楽しみにもなる。

 癒しの水を詰めたことにより重くなったタルを担いで、鬱蒼とした森の中を進む。時折、タルが木にぶつかって中の水が波打った。

 「ところで、ドリアードとは一体どんなものなんですか?」

 表情を伺いながら、恐る恐る尋ねた。先ほどの視線が頭をよぎる。思い返してみると、昨日はもっと優しい目で俺を見ていたはずだ。たぶん、朝タルを作った時も大丈夫だったはず。

 となると、ユナさんに会って以降か。ワンピースを押し上げる二つの膨らみに、度々視線が引き寄せられていたのを快く思っていないのかもしれない。いや、普通誰が見ても快くは思えないか。気をつけよう。・・・難しいけど。

 「ああ、説明していなかったな。木の妖精、ドリアードとは木を司る妖精だ。樹木に限らずあらゆる植物の生育を促進させることができる。植物の数が急速に回復したというのは、おそらくはドリアードが来たからだろう」

 表情を見る限りは、怒ってはいないようだった。

 「それで、現在の異常生育も同じように、そのドリアードが原因だということですか?」

 「おそらくそうだろうが、いくつか疑問がある。まずはどこから来たのか。ドリアードはそれほど頻繁に移動をする種族ではない。それに、森の荒廃に合わせて現れたこともタイミングが良すぎる」

 樹木の流行病が広まり、それに対応するかのように現れた。それが偶然とは、確かに思えない。

 「たまたまかもしれませんが、確かに都合が良すぎますね。誰かが連れてきたんでしょうか」

 「そう考えるのが妥当だろうな。連れてきた者として、可能性が高いのは前任者だ。それが正しいかどうか、これから調べる」

 「前任者ですか?」

 「ああ、アイリアがこちらに赴任する前、こちらを担当していた神がいた。その神がドリアードを連れてきていたのであれば、資料が残っているはずだ。それがないかアイリアに調べてもらおうと思う」

 先ほどの話だと戦争の終結が43年前。その後しばらくして樹木が枯れて、ドリアードの目撃証言が出た。アイリアさんとリリティアさんが、この森と近隣の地域を担当することになったのが8年前だ。ドリアードが来たのは、リリティアさんたちが赴任する30年くらい前のことだろう。

 もし、本当に前任の神が連れてきたのであれば、引き継ぎくらいなかったのだろうか。引き継ぎがうまくいかず、後から知らない話が出てくる。そんなことは日本では珍しい話ではないけれど、神たちも同じなのかもしれない。

 引き継ぎの不備によって誰も知らなかったとしたら、8年間神たちからの接触がなかったことになる。

 仮に、自分がそうなったらどうだろう。異世界の森に一人置き去りにされて日本にも帰れない。そう考えたら、会ったことのないドリアードがすごく不憫に思えた。

 「異動せずに残った方は誰もいなかったんですか?」

 「ああ。一緒にいた精霊はみな神について行った。だから、赴任当初は私とアイリアしかいなかったんだ。過去の資料に関しては、正直に言うと確認しきれていないものもある」

 その横顔を見ると、しまったな、という顔をしていた。店舗で例えると、初めて店長になった者と一緒に新店舗を二人だけで回せ。そう言われているのと同じことだろうか。それは想像したくもない話だ。手落ちがあったとしても、誰も責めることはできないだろう。人手不足は神々の世界でも同じなのだろうか。

 「他にもいくつか気になる点はあるが・・・さて、家に着いたようだな。朝食がまだだっただろう、朝食にするといい」

 促されるように家に入り、朝食の用意をする。他にもいくつか気になる点はあると言っていたが、それに対しての言及はないようだった。

 昨日と同じように干し肉を焼いてバケットに挟み、サンドイッチにした。肉もバケットも半分近く消費してしまった。

 昨日と違う点は、ホージュの実をデザートにすることだけだ。この赤い果実を八等分に切り分けて、別の皿に盛った。代わり映えのしない食事の唯一の変化点だ。

 ダイニングキッチンにあるテーブルにサンドイッチとホージュの実を並べて、さあ朝食にしよう。

 手を合わせて「いただきます」と言う俺を見て、リリティアさんが怪訝そうな表情を少しだけ見せた。しかし、すぐに表情を戻した。日本の習慣だと納得してくれたのだろう。

 「ところで、お前はこれからどうしたい?」

 食べ始めたところで、リリティアさんからそう聞かれた。

 今日の予定は何も考えていなかった。泉の様子を確認する、それ以外に何も頭になかったのだ。

 「そうですね・・・もう一度水を汲んで、ホージュの実も穫りに行こうかと思います」

 期せずして貴重な水をいただいてしまったが、それがかえって常用として使いにくかった。気兼ねなく使える普通の水を汲んでこよう。ついでに、ユナさんにまた会えるかな。

 「今日の予定もそうだが・・・聞き方がまずかったな。今後の予定が聞きたかったんだ」

 「今後の予定ですか?それを聞かれても、まずはアイリアさんにドリアードについて調べてもらってからでないと、何もできないんじゃないですか?」

 ひとまず、前任者がドリアードを連れてきたという予想が、本当に正しいかどうかを確認してもらう。その他に有益な情報があれば、その情報を基に計画を立てる。それ以外に方法はないだろう。

 「ドリアードの件については、確かにその通りだ。アイリアからの報告を待てばいい。しかし、過去の資料を調べるからには時間がかかる。アイリアだって他にも仕事があるからな。結果が出るまでの間、何かしたいことはないか?」

 そう言われて気付いた。日常業務の暇を見つけて資料を探す以上、時間は当然かかるのだ。

 「時間はどれくらいかかるんですか?」

 「0から探すことになるから・・・おそらく15日から20日くらいは必要だろう」

 「そんなにかかるんですか?何十年も前の資料なので、探すのも大変なんですね。それに、日常業務の片手間にやるわけですから、仕方ないですけれど」

 「資料がきちんと整理してあれば、それほど時間はかからないだろうが・・・まあそんなことはないだろう」

 アイリアさんは資料を整理できないタイプのようだ。しかし、アイリアさんの結果を待つしかない俺たちは、かなり待たされることになる。

 さて、それまでの間に何をしようか。

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