二日目・水の妖精⑥
ユナさんの話によると、過去に起きたことは植物の大量枯死。今起きている異常生育とは対象的な現象だった。
「あの、その時動物はどうだったんですか?異常に増えたり減ったりとかはありましたか?」
「わたくしも全ての現象を把握しているわけではありませんので、確実なことは申せません。ですが、動物に関しては大きな変化はなかったように思います」
「動物ではないとなると、他の生物かもしれませんね。例えば昆虫か細菌のたぐい。食糧や物資などに紛れて、寄生生物が入り込んだ可能性はあると思います」
「・・・また外来生物か」
リリティアさんが苦々しくつぶやいた。
「また、ですか?」
「ああ、つる草が異常繁茂していることも問題でな。すぐ目の前の木にも絡みついてるあれだ。あれもこの森に自生するものではなく、外来植物ではないかと考えている」
「あのつる草ですか。そうですね、以前は見かけなかったと思います」
170年住んでいるユナさんでも見たことがないとなると、やはりあのつる草は外来植物の可能性が濃厚だろう。
「ところで樹木が大量に枯れたことまでは聞きましたが、それと今のこの状態とはつながりませんね。今現在の異常は、植物が大量に増えたことですから」
今度は俺が話を戻した。過去に緑が減ったのはわかったが、現在は樹木が多くて問題になっているのだ。
「森の大部分にまで広がったようですが、しばらくして被害が治まりました。その後、植物の数が急速に回復したのですが、かえってその数が以前の何倍にも膨れ上がりました」
膨れ上がるという言葉を聞いて、無意識にユナさんの顔に向けていた視線を下に落としてしまった。
リリティアさんがそれに気付いたのか、こちらをジト目で見ている。
「そ、それで今のような密生状態になった、というわけですね」
リリティアさんに何か言われる前に、慌てて話を続けた。そのため少しどもってしまった。
「植物の数が急速に回復した、とのことだが、その前後で何か変わったことはあったのか?」
そんな俺から視線を離すと、リリティアさんはユナさんにそう質問した。
「回復し始めた後からですが、ドリアードを見たという話がありました」
「それ以前にドリアードはいなかったのか?」
「おそらく、いなかったと思います。それ以前に目にした、という話を聞いたことがありませんから」
それを聞いて、リリティアさんは少しの間考え込んでいた。
「ドリアードか。わかった、後はこちらで調べてみる。助かった」
そう言ってリリティアさんは、頭を下げるだけのお辞儀をした。二頭身フォルムの彼女がすると、それだけでも深々とお辞儀をしているように見える。
「ありがとうございます」
頭を下げているリリティアさんに倣い、両手を地面に付けて上体を屈ませた。昔祖母に教えられた、正しい座礼だ。日本ではないからこそ、日本人らしい振る舞いを取ろうと思った。
「頭を上げて下さい。こちらこそ、精霊様と守護者様には泉の水を元に戻した頂いて感謝しております。水だけでなく、木も抜いて下さったおかげでこうして泉にまた住むことができるのですから」
よほど困っていたのだろうか、泉の件はこの短時間で何度もお礼を言われた。
「あの、それと守護者様なんて大層な呼び方はやめてください。普通に名前で呼んでくれれば結構なので」
「私も様付けで呼ぶのはよしてくれ。普通に名前でリリティアと呼んでくれればいい。ちなみに、これは守だ」
これ扱いになった。リリティアさんの中で、俺の評価がいつの間にかガタ落ちしてないだろうか。
「しかし、それは失礼では・・・」
俺とリリティアさんからの要請に、ユナさんは難色を示した。
「私は様付けて呼ばれるような立場ではない。だから、様を付けられるとかえって困るんだ」
「守護者様、なんて呼ばれるとなんか恥ずかしいです。できればもっとフランクに接してくれたら俺は嬉しいです」
できれば、ユナさんと仲良くなりたかった。美しい女性だから、という下心もないではない。だがそれ以上に、初めて会ったこの世界の人間だからだ。正しくは人間ではなく水の妖精だそうだが、人間と同じ姿をしているのだから同じことだ。
「では・・・リリティアさん、守さん」
ユナさんは遠慮がちに、おずおずと名前を呼んでくれた。しかし、やはり折角呼んでくれるのであれば・・・
「くんで」
「え?」
「守くんでお願いします」
気持ちを伝えた。目を見てまっすぐに。
「えっと・・・守くん?」
「はい!ユナさん、これからよろしくお願いします」
艷やかなお姉さんから君付けで呼ばれる・・・いいな。すごく、良い。
タルの上から虫けらを見るような視線を感じるが、今は気にならなかった。