二日目・水の妖精⑤
「ところで、お前はこの森にいつから住んでいる」
そうリリティアさんが尋ねた。
「ええと、正確な時期は覚えておりませんが、170年くらい前だと思います」
「ひゃくななじゅう!?」
驚いて大声を出してしまった。えっと、今が平成30年だから、明治・・・よりまだ前か。江戸時代から住んでいることに?いや、こちらの世界で日本の元号を気にしても仕方がないけれど。
「ユナさんって今おいくつ・・・?」
「こら、女性に年齢を聞くのは失礼だぞ。それに、ウンディーネの寿命は3000年ほどと言われているから、別に驚く年数でもない」
リリティアさんが叱りながらも、そう教えてくれた。一桁違う数字に思わず聞いてしまったが、こちらの世界でも女性に年齢を聞くのはマナー違反なのか。覚えておこう。そもそも寿命が違いすぎて、見た目と実年齢を比較できるわけでもないのだが。
「すいません。とんだ失礼を」
とりあえず謝った。
「わたくしは気にならないので、お気になさらなくて構いませんよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」
たおやかに微笑むユナさんに、俺は少し照れながら礼を言った。
わたくしは気にならない、ということは年齢を気にするかどうかは、人(妖精?)それぞれということなのだろうか。
「話を戻してもいいか」
会話が途切れたタイミングで、リリティアさんが言った。俺とユナさんは同時にリリティアさんの方に顔を向けた。
「この森に起きている異変については、170年も前から住んでいるのならば気付いているだろう。この異変について聞きたい」
言い終わると、リリティアさんは俺の目の前を横切ってタルの上に座った。
「わたくしにわかることでしたらなんなりと」
そう言うとユナさんは泉から上がり、タルに座るリリティアさんに向かい合うように地面に正座した。
それを見て、俺もタルの横に座り直した。ユナさんに合わせて正座だ。
「まず、いつからこれほど植物が増えたのかわかるか?私が8年前に来た時には、現状のような密生状態ではなかったはずだが」
そう尋ねたリリティアさんに対して、ユナさんは少し思案した後でこう問い返した。
「精霊様がこちらに来られたのは8年前が最初ですか?」
「ああ、私がこの地域に来たのが8年前だ。その際、現地の確認でこの森に入ったのが最初だ」
「でしたらご存知ないかもしれません。かつて、この森を挟んだ二つの国で戦争があったのです。その頃はまだ、この森は普通でした。樹木の数も、現在の三分の一ほどしかありませんでした」
「その戦争なら知っている。43年前にオストーンが侵攻したが、イングラが周辺諸国をまとめあげて撃退した戦いだろう。確か経済力と造船技術に長けたイングラが周辺諸国に軍艦を貸し与え、海戦に勝利したことで終結したはずだ。海戦が主で、この森は戦場とならなかったのではないのか?」
40年以上前の戦争の話になったが、今の話で初めて国名を知った。この世界の人間に関わる情報は、近くに町があるということだけだったんだよな。俺はまだこの世界の人間とは会ったことないんだよなぁ。
「その戦いの折、この森も侵攻ルートとして利用されました。実際に森を越えて、ニース村に一度だけオストーンの兵が侵入しています」
「ニース村というと、この森に隣接した村だな」
「結局、この広大な森を越えての進軍を断念して、海路に方向転換したようです」
「そうか。大きな海戦があった、ということしか知らなかったな」
「オストーン軍が撤退した後、この森の植物が突如として枯れていくようになりました」
「その原因はわかっているのか?」
「はっきりとしたことはわかりません。ですが、進軍ルートに沿って被害が広がっているらしいので、オストーン軍となんらかの関係はあると思われます」
「そうか・・・」
リリティアさんにも、原因はわかりかねているようだった。