二日目・水の妖精④
「おお、癒やしの水か。見るのは初めてだ」
組んだ手から水が出てくる様子に驚き、俺はタルをただ眺めていただけだった。その横でリリティアさんは、別のことに感心していた。
「ええ、あなた方には泉を元に戻して下さったので、少しでもお礼になればと思いまして」
「少しどころではない。この量の癒しの水ともなれば、人間にとってはかなりの価値だぞ」
リリティアさんは少し興奮気味だった。そんな彼女の様子を見て尋ねた。
「これ、そんなに価値があるんですか?普通の水のように見えますが」
「ああ、ウンディーネに浄化された水には、万物を癒やす力がある。もっとも、有害な成分や疾病の原因となる細菌の類がいない水というだけでも、十分に価値があるのだがな」
この世界の衛生環境はあまりよくないようだ。まあ、蛇口をひねれば殺菌された水が出てくる現代日本のほうが、よほど珍しい状況なんだろうけど。
「万物を癒やす力・・・それはすごいですね。本当にそんな水をいただいていいんですか?」
「もちろんです。あなた方はこの泉を元通りにして下さいました。本来であればこの程度では足りないくらいです」
「いえいえ、そんな大したことはしてないですよ。半日程度しか作業していませんし」
「いや、半日で終わらせたことも、この量の癒しの水を作り出せることも、そんなに簡単なことではないんだが・・・」
互いに恐縮しあっていた俺とユナさんから少し離れたところで、リリティアさんが何か言っているようだ。
「ところで、ユナさんにとってこの泉は何か大事なものなんですか?」
そうでなければ、わざわざお礼なんてしないだろう。
「はい、元々わたくしはここに住んでいたのです。それが数年前から水が湧き出さなくなってしまって・・・わたくしも色々手は尽くしてみたのですが、どうにもならずに困っていたのです」
「住んでいるんですか?泉に?」
「ウンディーネは水と同化することができますから、十分な水さえあればその中に居ることが一番安全なのです。人間と同じように家を建てて、そこに住む者もいますけどね」
「なるほど。確かに、水の中なら人間や肉食獣の多くは入ってこられませんね」
相槌を打つ俺に対して、ユナさんは優しく微笑んでいる。
美女の笑顔は癒やされるなぁ。この笑顔にも癒やしの効果があるんじゃないだろうか。それに、癒やしの効果ならこちらも・・・
「視線が随分と下を向いているようだが。人と話す時はきちんと顔を見て話せ」
いかんいかん、知らず知らずの内に視線が吸い寄せられていたようだ。
「今まで近くの川に避難していたのですが、あちらはそれほど水量もなく住むのには適していませんでした。どうしようかと思案していたところ、水が湧き出したようなので様子を見に来たのです」
「近くの川?確かに、ここから東に小川があったはずだが、あそこまでは結構遠くないか?」
リリティアさんが驚いたように尋ねた。
「そうですね、歩いて半日ほどの距離でしょうか。町にも近いので、こちらに戻ってこられてよかったです。精霊様、森の守護者様、本当にありがとうございます」
ユナさんはそう言って、深々とお辞儀をした。握手は通じなかったが、お辞儀はこちらの世界でも共通のようだ。
「そうか。それほどの距離を・・・」
「それは大変でしたね。森の状態を元に戻すことが俺の仕事ですから、気にしないでください」
リリティアさんは思案顔で、俺は明るく言った。
それを聞いたユナさんは、安堵の表情を浮かべていた。