二日目・水の妖精③
「お前は・・・ウンディーネか」
ただ見ているだけの俺の代わりに、リリティアさんが言葉を返した。
「お初にお目にかかります。わたくしはウンディーネのユナと申します」
「そうか。私は精霊リリティアだ。この地を守護する神、アイリアに仕えている」
「まあ、精霊様でいらっしゃいましたか」
ウンディーネ?人間じゃないのか?いや、人間が泉の真ん中に立っていたらそちらのほうが怖いか。
「そちらの方は、ウンディーネを見るのは初めてのようですね」
かがんだまま目を白黒させていた俺に、ユナと名乗る女性は優しく話しかけてくれた。そして、水に浮かんでいたタルを手渡してくれた。
触れられるほどの距離で微笑む彼女を見て、心臓が跳ねるのを感じた。アクアマリンを思わせる瞳と、ほんのり赤みが差した頬が印象的だった。
さらさらとした長い水色の髪が水をまとい、差し出された細い腕にまとわりついている。白くて華奢な二の腕が日の光を浴びて眩しい。
彼女はノースリーブのワンピースを着ていた。ワンピースと言っても、白い布を体にゆるく巻いたような簡素なものだ。しかし、そのゆったりとした服装がかえって、彼女の身体的な特徴を際立たせていた。
つまり、二つの膨らみの豊かさを、だ。彼女は体型のわかりにくいゆったりとした服装をしている。それでもなお隠しきれず主張する双丘に、目を奪われてしまった。
タルを手渡す際、彼女は少しかがんだ。その体の動きに合わせて揺れる胸元。それを見て気付いた。ひょっとしたら、つけて・・・
「おい、サッサとタルを取らないか」
リリティアさんの声で我に返った。慌ててタルを受け取ると、適当に近くに置いた。
「ありがとうございます。俺は森野守です。よろしくお願いします」
そう言って手を出した。
ユナと名乗る女性はキョトンとした表情をしながらも、同じように手を差し出した。握手という文化はないのだろうか。
ともかくその手を握り、握手を交わした。吸い付くような手の感触が心地よかった。
「鼻の下が伸びているようだが」
横からそう指摘された。いわれのない中傷だ。全くもって心外である。
リリティアさんに反論をしようと思っていた時、ユナさんが俺の顔をまじまじと見ていることに気が付いた。艷やかな美女に見つめられ、ドキリとしてしまう。
「・・・失礼ですがあなたは人間ですか?少し雰囲気が違うようにお見受けしますが」
「え?あ、まあ人間ですけど」
間違いなく人間だ。そりゃあ、昔は第八世界の神だとか、堕天した熾天使だとか思っていた頃もあった。しかし、それはとうに卒業している。・・・まあ、森の守護者ってのも結構そういう雰囲気あるけれど。
「ああ、この男は異世界人だ。女神アイリアと契約して、この森の守護者としてこちらに来てもらった」
リリティアさんが補足説明をしてくれた。
「あの、俺が森の守護者だと言ってしまっていいんですか?それに、アイリアさんのことも」
こういうことは大抵秘密なのではないのだろうか。大体、神や神の使いだと言っても信じられないだろう。
「彼女たち妖精は、我々のことを知っている。まれに、協力してもらうこともあるくらいだ。だが、ほとんどの人間は我々を知らない。神を祀ることはあるが、見当違いのことをやっている場合も多い。だから、人間に対して森の守護者だと言っても、簡単に信じてはもらえないだろう」
確かに、突然現れて「私は神に仕える者だ」と言われても怪しさしかないだろう。
「それで、ウンディーネとは一体どういった・・・妖精なのですか?」
「わたくしたちウンディーネは水を司る妖精です。水と同化し、水を操ることができます」
「その他は、水の浄化だな。彼女たちに清められた水は毒素を消し、癒しの水となる」
ユナさんの説明に、リリティアさんが補足してくれた。
「実際に見ていただいたほうがわかりやすいですね」
そういうと、ユナさんは指を絡めて両手を組んだ。その手をまっすぐにタルの上に突き出した。
すると、手と手の間から水が溢れ出した。水は、すぐ下にあるタルの中にみるみる内に貯まっていく。
「これくらいですかね」
七分目まで貯まったのを確認したユナさんがそう言うと、溢れ出していた水が止まった。
「この泉に水を汲みに来たのでしょう。どうぞ、これをお持ちください」
この人には驚かされてばかりだな。そう思いながら俺は、タルに貯まった澄み切った水を眺めていた。